叛逆の皇女-17
「梅宮さん!?」
「久しぶり、高須君」
朝出勤してみれば、誰よりも早くギルドに到着していたエリアルデ支局長の横に、梅宮さんが居た。
「他の者が出勤してくる前に物騒な話は片付けてしまいたい。手短に頼むぞ」
どうやらエリアルデ支局長が取り図ってくれたらしい。俺は東方8ヶ国連合側の意思を確認するメッセージを送っただけだったから、こうして向こうの代表が来てくれれば、面倒な話を省略できるのでありがたい。
「ウチは高須君との調整も要らないぐらい条件丸呑みだから、すぐに終わりますよ」
梅宮さんは言う。
冬ということで、毛織物から作ったらしい暖かそうな着物風の旅装の上に、丈の長い綿入れのような服を羽織っている。腰に差している日本刀は、カーテナと同種の魂を持つ剣、アスカロンだ。防寒対策なのか、こちらも鞘の上に毛皮を巻いている。
「ちょっと状況が切迫してるみたいだから、僕だけ大急ぎで来た。『魔王』の予知によれば、近いうちに西の国で争いが起こるってさ」
「カミラのクーデター……」
「十中八九それだろうね。で、こっちは高須君が提示した条件を飲むことになった。通商路の確保はこちらがやる代わりに、通行税の徴収権を貰う。アルキドア帝国は今後東方との商業活動に参加してもらい、西側の窓口になってもらう。代わりに僕達はアルキドア帝国のクーデターの支援と、新皇帝の承認を行う。これでオッケーだってさ」
本当に、俺が提示した条件を丸ごと呑んだだけだ。これは俺が譲歩し過ぎたのか、それとも向こうが寛容なのか。判断に困るが、しかし間の面倒くさい交渉を省けるならそれに越したことは無い。
あまり時間があるとは言えないのだから。
「助かります。あの……東方からの人員は梅宮さんだけですか?」
「今の所はね。必要に応じて僕が『道』をこじ開けて援軍を呼ぶから、軍事力の心配はしなくていい。それよりも、お姫様はどこだい? 彼女が居ないと僕も動きようがないんだけど」
「逃げられました。彼女の元側近たちが探し回ってますけど、見つかるかどうかはちょっとわかりません」
「お得意の魔術で何とかならないのかい?」
「アイツの特殊体質のせいで魔術による捜索はできませんでした」
一応エアリアに手伝ってもらって上空からの捜索も続けているが、成果は上がっていない。
しかし俺やエアリアに見つけられないということは、彼女の命を狙う側も苦戦しているということだろう。俺がそうであるように、足と目に頼った捜索以外にカミラを見つけ出す方法は無いのだから。
「となると、実際に行動に出るまでにはもう少し時間があるってことだね?」
「そうですね。見つけ出せるまではどうしようもないですし……」
「じゃあ、僕はアルベルトを訪ねようかな」
研究者同士相性がいいのか、梅宮さんとアルベルトは仲が良い。
梅宮さんが純粋に科学だけが存在していた元の世界で、何の研究をしていたのか、俺はまだ聞いたことがないけれど、梅宮さんが医療の心得があることは分かっている。
魔術の医療方面での応用を研究しているアルベルトとの共通点は、その辺りにあるのかもしれない。
仮に同じ研究をしていたところで、俺はあの変態に進んで会おうとはしないだろうけれど。
カミラを連れて行ったときは緊急を要するシリアスな局面だったからアルベルトの変態成分はかなり抑えられていたが、もし急患が居なかったら一体どうなっていたことか……。
気付けばいつの間にか人を実験動物にしているような奴だ。実際のところ、カミラの治療に使った魔方陣だって実験みたいなものだった。まあ、その実験のおかげでカミラは一命を取り留めたのだから、そこについては文句をつけるべきではないが。
「……進展があり次第連絡します」
苦笑いしつつ、俺は答えた。
俺は自分のデスクに放置してあったメモ用紙に音声限定の伝送魔術の魔方陣を刻み込み、梅宮さんに渡した。
進展が無かったら。
仮にカミラを見つけ出せなかったらどうするのか。
その時は、俺がこの手で皇帝を殺す。武力によって都市機能を支配し、全てを明らかにした上でカミラか、彼女が殺された場合には彼女に準じる思想を持つ者を無理にでも皇帝に据える。
ただ、これはあくまでも最後の手段、1種の賭けだ。
解放すれば『トール』であろうと粉砕できる魔神の力だが、俺は完全にその力を使いこなせるわけではない。都市機能を抑える前に俺自身がアルキドアに敗北するリスクを捨てきれないのだ。
過去痛い目を見ているので、出来れば採りたくない選択肢ではある。
しかし、甘いことも言っていられない。
アルキドア帝国は現体制のまま放置すれば、近い将来確実に俺の、そしてくーちゃんの最大の脅威となる。
現体制を叩き潰すのは、いつかはやらなくてはならないことなのだ。
そうなったら、今度こそは、容赦しない。
過去2度、結局俺は鬼になることができなかった。その気になれば、妨害が間に合わない勢いで神級魔術を連発すれば、それだけで帝都は吹き飛んだはずだったのに、俺にはできなかった。それ故に失敗した。
第1希望は、『国』の力を借りて余計な犠牲を徹底的に省き、カミラを皇帝に据えること。
第2希望は、どれだけの犠牲を出そうとも反抗勢力を皆殺しに、魔魂石反対派の人間を皇帝に据えること。
何なら俺が帝位に就いて魔魂石を放棄させた後、帝国を解体して民主制に以降してもいい。この世界初の共和制国家の誕生だ。
どちらに転んでも行動に移れるよう、俺も覚悟を決めなくてはならない。
♢♢♢
アルキドア帝国の帝都と目と鼻の先の距離にある、あるボロボロの教会。打ち捨てられたはずの教会が、今は数百からなる人で溢れていた。
表面に複雑な紋様を浮かばせるカードを口元に当て、私は呟いた。
「始めるわ。『火種』に火を付けて頂戴」
カードの表面に浮かぶ魔方陣は、カミラの声を遠方に開いた複数の同種の魔方陣に伝送し、伝送先から音を返してきた。
接続先はアルキドア帝国軍中将ガウェイン、大財閥を統べる亡命貴族ジャン・ボニス、若き宮廷魔術師テオドール。
いずれも元々は母親の協力者だった人達だ。今は『魔魂石を根絶する』という母親の遺志を継いだ私に協力してくれている。
『了解しました。御武運を、未来の陛下』
『孫の仇を、頼みましたぞ、カミラ様』
『成功を祈ります』
各々、こうして私に協力していることが露見すれば、確実に命は無い。
何しろ、今から私が行おうとしているのは、暴動の誘発、皇帝と皇太子の殺害、権力の掌握、その他様々な現体制への叛逆だからだ。
人は私の行いを何と呼ぶのだろう。親殺し、兄殺し、革命、クーデター、政変、反乱。
何だって構わない。
クソ親父が握る権力の全てを剥ぎ取り、私の手で殺す。
これは、国民を虐殺したクズへの裁きであると同時に、母を殺したクソ親父への復讐だ。
ハルトに止められ、エアリアに諌められたが、私はこの復讐を止めるつもりは無い。命がけで私に協力してくれる者達のためにも、私はここで立ち止まるわけにはいかない。
アイツを殺す。
この手で、確実に。
「姫、出立の前に、こちらを」
昔から私に仕えてきた世話係の老騎士、『礼服の剣士』パーシヴァルが、私の傍らに跪き、一抱えほどの箱を私に差し出してきた。
「これは……」
蓋を開けると、中に入っていたのは、赤黒い液体で満たされた円筒形の容器だった。30本近くある。
血液。
私が吸血鬼としての力を発揮するためのトリガー。
「姫のため、多くの者が血液を提供してくれました」
驚いて周囲を見渡すと、私と共に城を攻めることになっている兵士達が、腕を掲げていた。皆腕にガーゼが巻かれている。
「……ありがとう」
これだけあれば途中の魔力切れを気にすることなく、全身全霊を以て戦える。龍族に匹敵するといわれる吸血鬼の本領を、遺憾なく発揮できる。
私が箱を持ち上げたのとタイミングを同じくして、カードに再び伝送魔法陣が浮かび上がり、ガウェインからの連絡が入った。
『火がつきました。各所の反乱軍が動き始めています。後はお任せいたします、陛下』
遂にこの時が来た。
パーシヴァルに視線で合図を送る。
「静聴!」
パーシヴァルが叫ぶと、思い思い会話をしたり、武器を研いだり、装備の点検をしたりしていた兵士達が、一斉にこちらを向き、後ろ手に手を組んで整列した。
静まり返った教会に漂う物々しい空気の中、私は口を開いた。
「現皇帝は民を犠牲にして即席の軍事力を求め、逆らう者を不当に罰し、大勢を殺した」
母も、母の賛同者も、皆殺された。
母は見せしめのために側近と共に公開処刑され、それ以外は魔魂石の原料にされたと聞いている。
「魔魂石が秘める力は、確かに大きい。一介の魔術師をかつての『神殺し』に匹敵する程に強化し、古代兵器を起動し、机上の空論でしかなかった魔砲を実用化した。だが」
渦巻く怒りが形を変えて、私の口から漏れ出す。言葉は、少し震えた。
「魔魂石の原料は人間だ。罪なき国民に濡れ衣を着せて捕え、裁判も無しに死刑判決を下し、石の原料にする。こんなことが、許されるはずがない。皇帝と今代の筆頭宮廷魔術師のライオネルは、許されざる所業に手を染めたのだ。生産された魔魂石は、城に駐屯する宮廷魔術師と騎士達にのみ与えられ、クズ共の権力強化に使われている。民が魔魂石のカラクリに気付いて蜂起したところで、弾圧して抑え込める力を確保するために、だ」
兵士達の目つきが鋭くなったのが分かった。後半部分はテオドールが直前の士気高揚のために最後の最後に教えてくれた極秘情報だった。彼の目論みは、どうやらうまくいったようだ。
兵士達を欺いているようで、私自身はあまり採りたくない方法だったが、確かに一定の効果はある。パーシヴァルの説得を聞き入れて正解だったな。
どんなことをしてでも、このクーデターは成功させなければならない。
「事態を知った『神殺し』が、2度に渡って帝国に挑んだことを知っている者は多いはずだ。1度目の攻撃の後、彼は皇帝に温情をかけ、代わりに魔魂石の製造を止めるよう脅した。しかし、これは無視された。2度目の攻撃の後、『魔神』、『魔王』、『龍神』、『龍王』、『神殺し』と東方の国々によって与えられた改心と償いの機会をも、皇帝は踏みにじった」
元々、権力欲の強い男だった。それが、ライオネルという邪智暴虐の魔術師を側近に得たことで、加速した。
権力者という存在が何のためにあるかを忘れた男に、もはや温情は要らない。
「3度目の機会は、もう与えない。クズ共を排除し、魔魂石は根絶する。下らない権力欲を満たすために国民が殺される暴政の日々は、今日を以て終わる。終わらせる」
私は母の形見としてパーシヴァルから受け取ったダガーを抜き、具現魔術でダガーを核にサーベルを形作った。
「私は争いが嫌いだ。吸血鬼だが、人の血など見たくもない。しかし、今こうしている間にも、罪なき民の血が流れ、クズ共は更に私腹を肥やし、権力を強化しようと画策している」
私はサーベルを振り下ろし、叫ぶ。
「ならば、私は剣を取ろう。肉を引き裂こう。血を浴びよう。クズを屠り、民を守るためならば、私は本物の鬼になってやる。さあ、諸君、革命の時は来た! 諸君らが失った家族の、友人の、恋人の顔を思い浮かべろ! 彼ら彼女らの無念を無駄にするな! 覚悟を胸に! 剣を手に! 誰に恥じることもない我らが祖国を、クズの手から取り戻すぞ!!」
教会の老朽化した建材を揺るがすような兵士たちの応答が起こった。全ての人員が各々の武器を手に取り、あらかじめ任命した部隊長に先導されて教会を出立していく。彼らはこれより、帝都を包囲し、その主要な機能を掌握するために動く。
兵士達は機敏に動き、僅か10秒程度で教会内には私の近衛兵と一部の城を攻め落とす主要な戦力が残るのみとなった。
近衛兵たちもまた浮き足立ち、興奮を隠しきれずにいる。
そんな高揚からは一歩距離を置いて、腕を組みながら静観している男が居た。
「大層な演説だ。で、俺は何をすればいいんだ」
「アナタには城に格納されている『トール』という兵器を破壊してもらうわ。強化魔抗銀製だけど、大丈夫かしら」
「俺を見くびるな」
「そうだったわね。『トール』を破壊したら、次は私たちの部隊に加わって頂戴。内側からの裏切りもあるけど、それにしたって城内に駐屯する騎士団や宮廷魔術師は強力よ」
「了解した」
クーデターに必要な人員は、ガウェインとジャンが集めてくれた。ハルトに代わる、魔魂石を配備した軍団に対抗し得る戦力も手に入れた。
待っていろ、クソ親父。
お前は、全てを賭けて守るべき民を殺し、私の母を殺した。
お前だけが、のうのうと生きていられるなどと思うな。
注意:今作中で、時系列は跳んでいません。同日の朝と夜の違いぐらいです。




