叛逆の皇女-13
「おい、カーテナ」
くーちゃんを起こさないように声量を絞って、カーテナの肩を揺する。
「むぅ……朝から激しいですよ、主様……」
「馬鹿言ってないで起きろ!」
「あたっ」
デコピンを1発食らわせると、カーテナはのろのろとした動きで上体を起こした。眠たそうに目を擦りながら、キョロキョロと辺りを見回す。
金髪が絡まってうねってとんでもないことになっているが、今はそんなことに頓着している場合ではない。
「何ですかぁ、まだ起きる時間じゃないですよねぇ」
不満たらたらのカーテナ。酒に酔った性質の悪い状態と同じような口調に思わず身震いがしたが、泥酔時よりは理性があるようで、キス魔になったりはしていないようだった。
「カミラが居ない」
「……主様が知らない女の名前出した」
「寝ぼけてないでいい加減起きろ。昨日目を覚ましたアルキドアの皇女だ。お前、何か知らないか?」
「何にも知りませんよぉ。グッスリ寝てたんですからぁ」
せめて抜け出した時間帯だけでも分かれば捜索範囲を絞れるのだが、それも不可能か。
吸血さえしていなければ、カミラの運動能力は普通の人間とさして変わらない。それならば虱潰しでも何とかなるが、そうであるという確証はどこにもない。
魔力耐性が高すぎるから、サーチ術式による検索は不可能。
つまり、地道に探す以外の方法でカミラの現在地を捕捉することはできないということだ。
「悪かったな。もう少し寝てていいぞ」
「うぁい」
なにやら不明瞭な返事をして、カーテナは再び布団の中に潜っていく。体が冷えてしまって寒いのか、手近な熱源、つまりくーちゃんに抱き付いて、すやすやと寝息を立て始めたカーテナ。
俺だってくーちゃんに引っ付きたいが、残念ながら、先にやるべきことができてしまった。
詳細は一切不明だが、カミラを狙う刺客がこの国にも侵入してきているらしい。そうでなくともギルドに出された依頼のせいで彼女は世界中から狙われる立場にある。今外を出歩くのは危険すぎる。一刻も早く彼女を安全な所にまで退避させなければならない。
彼女が居る居ないで、今後のアルキドア帝国に対する方針が全く変わってしまう。
俺はいつもの黒いローブを取ろうとした。が、いつもローブをかけているはずの場所にローブが無い。
「……アイツ、ローブ持っていきやがった」
無いものはしょうがないので、ガウンのようなゆったりとした上着をクローゼットから取り出して纏うと、俺は日の出を迎えたばかりでまだ凍えるような寒さが居座る外へと出た。
「寒っ」
日中はそうでもないのに、この時間帯の寒さはまさに『刺すような』という形容こそ相応しい。
『投影』で物理障壁を張り、冷たい風から逃れる。しかし、空気の流れである風は遮断できても、その場にある空気までは遮断できないので、寒い事に変わりはない。
あのお転婆め。見つけたら尻100叩きの刑だ。
♢♢♢
結局日の出から2時間も粘ったのに、カミラを見つけることはできなかった。
せめて魔力の跡だけでも見つかればと思って残存魔力を調べたりもしたけれど、そちらも空振りに終わった。元々俺はそういった細やかな魔術は苦手なのでただ見逃しているだけという可能性も捨てきれないが、どちらにせよ、俺にこれ以上できることは無かった。
だから、次善の策を採ることにした。
「……というわけです。支局長、カミラの討伐依頼を取り消すことってできないですかね」
エリアルデ支局長に直談判し、カミラを取り巻く危険因子を可能な限り除去すること。
現時点で俺が取り得る唯一の選択肢だ。
「この支局だけならばクエストを停止することは可能じゃが、ギルド全体となると無理じゃな。妾の権限もそこまでは及ばん」
「分かりました。それだけでもお願いします。それと、梅宮さんに連絡を取りたいんですけど」
「あ奴が残していった伝送魔法陣がある。妾から連絡しておこう」
「お願いします」
後は、俺自身の準備だ。
まず行うべきは、アルキドア帝国の皇帝と皇太子の廃位と、魔魂石の技術の処分。
『トール』のような魔力喰らいの兵器も、魔魂石があれば何十体も同時に稼働させることが出来る。一介の魔術師が、魔魂石の補助を受けて魔神に迫る程の勢いで神級魔術を連発できる。
あの魔具は危険過ぎる。
そんな危険物を持つ国が俺のスイートマイエンジェル・くーちゃんを狙っているというのだから、俺の危機感たるや過去最高の域にまで達している。
とりあえずくーちゃんを兵器扱いしたクズ共には丁寧に『教育』する他あるまい。金輪際2度と『神殺し』タカス・ハルトに関わろうなどと、『龍神の御子』クリスを兵器として捕らえようなどと思えないように、その肉体と精神の両方に刻み込んでやる。
と言っても、俺1人の力で出来ることなどたかが知れている。1度目の奇襲はそこそこうまくいったが、2度目からは警戒されてしまって、上手くいかないどころか返り討ちに遭いかけた。
ならば、どうするのか。
正当な条約に基づいて、国という単位をバックに帝都を電光石火で攻め落とす。
要は口実と後ろ盾があれば何だっていいのだ。何ならリアナ公国に声をかけたっていい。恨み骨髄に徹す仇敵であるアルキドア帝国を攻めると言えば、この国は喜んで力を貸してくれるだろう。
しかしそれでは意味が無い。リアナ公国とアルキドア帝国の戦争になれば、後に起こるのは惨劇の連鎖だ。
惨劇は憎しみを生み、憎しみは復讐を生み、復讐は更なる憎しみを生み、連鎖していく。
そうなってしまえば、俺が望む『平穏』は大きく遠ざかることになる。
だからこその東方8ヶ国連合だ。
彼らの目的は、平たく言えば『金』だ。
魔境を隔てた東側に住まう彼らには、西側の国家に干渉する理由が無い。では、何故前回は俺たちを助けてくれたのか。
理由は2つ。
1つ目は、『魔神』という脅威の誕生を畏れたから。
2つ目は、西の国との間で通商を行うため。
前回の干渉では俺という『魔神』に気を払い過ぎた結果、通商は果たせずじまいだった。
だから、アルキドア帝国の皇帝廃位に協力する見返りとして、通商を認める。そうすれば、東方8ヶ国連合も動いてくれる。最低でも梅宮さんを、できれば精鋭を数人送り込んでくれれば、アルキドアの帝都軍と戦うには十分すぎる戦力となる。
俺は魔魂石というくーちゃんと俺達の穏やかな生活を壊しかねない物品が完全に失われる様を見届けなければならない。
降りかかる火の粉は火の手が上がる前に払う。
くーちゃんを守るためなら、俺はどんなことでもして見せる。
「ま、それだけじゃないけど」
小さく独り言を発した。
ただ皇帝を廃するだけなら問答無用で『神の業火』を帝都に放ち、結界や魔力耐性の高さ故に焼け残った全てを魔神の力で消滅させればいい。
俺の主義には大いに反するが、どう考えたってそうするのが1番確実で簡単で、何より安全だ。俺は遠くの方から魔術を放つだけで良いのだから。
そうしないのは、カミラにとってアルキドアは守るべき人民が住まう国だからだ。
ローラ夫人にはお世話になった。彼女の忘れ形見であるあのお転婆を助けることが、少しでもローラ夫人に恩を返すことになるのなら、俺は喜んであのバカを助けよう。
くーちゃんを教え導く役割を担う俺が、受けた恩を仇で返すような真似をするわけにはいかない。




