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叛逆の皇女-12

『ハルト……居るか?』


 ドアを隔ててくぐもった声が聞こえてきたのは、俺が粗方の事情を聴き終えた頃のことだった。


 戸を開くと、そこに居たのはエアリアだった。

 精神的にダメージを受けていたところにカミラの治療で魔力を持っていかれたエアリアは、俺以上に疲労困憊だったはずだが、もう良いのだろうか。


「こ、こんばんは……」


 何やらモジモジしているエアリア。心なしか、頬が赤く染まっているような気がする。

 やはり、どこか具合が悪いらしい。

 精神的ストレスがかかっていたのに限界ギリギリまで体力を削られれば、そりゃ体調を崩すに決まっている。


「ちょうどいい、エアリア、上がってくれ」

「え……、いや、私は別にここで」

「カミラが、預かってた女の子が目を覚ました。一応会っておくべきだろ」


 渋っていたエアリアを部屋に招き入れると、俺は戸を閉めた。夜の冷気はこの短時間で部屋の温度を少し下げたようだった。


「あ、あの、ハルト」

「ん、何?」

「こ、これ!」

 

 エアリアは俺に何かモコモコとしたものを差し出してきた。

 受け取って広げてみると、それは白いセーターだった。


「色々お世話になったのに、私何もお返しできてなかったから……」


 普段の泰然とした、どこかエリアルデ支局長に似た態度は吹き飛び、顔を紅く染め上げたエアリアは、か細い声でそんなことを言った。


「……ありがとう。最近寒かったし、嬉しいよ」


 社交辞令でも何でもなく、実際本当に寒かったので、俺はもらったばかりのセーターを着てみた。程よく余裕のある仕立てで、かなり着やすい。編み上げも丁寧で、毎日着ても数年は保ちそうだ。


 そこでようやく俺は、エアリアが真っ赤になってプルプル震えていることに気が付いた。根っこにあるのが羞恥心であることは間違いない。放っておけば脱兎のごとく逃げ出してしまいそうな様子だった。


「ほほう」


 突然リビングの方から聞こえた声に、ギョッとして振り返ると、カミラが好奇心に瞳を輝かせてこちらを覗き込むように見ていた。


「いやぁ☆ ハルト殿も隅には置けませんなぁ。乙女殺しの妙義をその年で、しかも多分無意志的に身に着けてるなんて」

「……訳の分からんこと言ってないで座ってろ。この人はエアリア。お前の命の恩人だ。この人がお前に気付かなかったら、お前は多分死んでたろうな」


 簡潔にエアリアのことを紹介すると、戸口に身体を隠していたカミラはエアリアの正面に躍り出て、雰囲気を一変させて、気品に満ちた微笑みを浮かべた。


「助けていただき、本当にありがとうございました。アルキドア帝国皇女、カミラです」


 丁寧な言葉遣いで自己紹介をすると、腰を折って一礼。


 誰だお前。

 腐っても叛逆しても皇女は皇女。一応対外用の猫かぶりもこなせるらしい。


「は、初めまして、エアリアです」


 エアリアも釣られて似たような挨拶をした。

 一通りの『儀式』が終わると、カミラはかぶっていた猫を脱ぎ捨て、地を炸裂させた。 


「ああ、そんなに硬くならなくていいよ。皇女つっても、今や国に徒名す叛逆者だし。親父をぶっ殺して皇帝になるつもりだから、具体的なお礼はまたその時にするわ。出世払い出世払い」


 覗きの女→気品あふれる皇女→バカの3段変化にエアリアのキャパシティは限界を迎えたらしく、目を白黒させていた。しかし、どうにも『カミラ』という生物を理解できなかったらしく、最後には俺の方に懇願するような視線を送ってきた。


「……アルキドアに居た頃の知り合いだ。国でいろいろゴタゴタがあって、今はアルキドア帝国から公式に捕縛命令が出てるらしい。皇女っていう肩書に騙されちゃいけない。本質的にはただのバカだ」

「ちょっとハルト! 主君に向かってその言い草は何なの!」

「俺はお前の臣下じゃねぇ!」


 俺とカミラがやり合っていると、エアリアはくすっと小さく笑った。

 それをきっかけに、普段の調子を取り戻したように見えた。


「息ピッタリだな。ハルト、まだ家にやり残したことがあるから、今日はここで帰らせてもらおう」


 それだけ言うと、まだ頬を若干赤く染めたエアリアは、ほとんど逃げるように部屋を出て行った。普段の調子は、まだ取り戻せていなかったようだ。


♢♢♢


 ハルト、カーテナ、くーちゃんの3人が完全に寝静まったことを確認すると、私はこっそりと布団を出た。

 最強の魔術師も、古の妖刀も、随分と丸くなったものだ。今なら私でもその命を奪うぐらい容易いのではないかと思える程、無防備を晒している。

 命からがら逃げまくり、夜もおちおちと寝ていられなかった私からすれば、その無防備さはむしろうらやましいぐらいだ。私と同じ叛逆者なのに、その強さの差故に私は怯え、ハルトはぐっすりと眠る。分かってはいたが、やっぱりこの世は力が全てなのだ。


 物音を立てないようにしながら、ハルトのものらしい黒いローブを羽織る。かなり慎ましく生活しているハルトには申し訳ないが、ローブは頂くことになる。


 私はハルトに、いくつか嘘をついた。


 1つ目は、母さんのこと。

 母さんが処刑されたのは、私を産んだから、ではない。もちろんそれも間接的な要因には違いないが、直接的な要因は別にある。

 母さんは、魔魂石の製造を止めようとした。それがクソ親父の逆鱗に触れて殺されたのだ。私が吸血鬼だったことが分かった段階で、母さんの立場は針のむしろだった。異種族を認めないメシア教ゼノン派出身の人間が何人も居る宮廷内部では、母さんや私を擁護すること自体が既に危険な行為になっていたぐらいだ。結局母さんを救うために奔走した数人の魔術師や騎士と共に、母さんは殺された。


 2つ目は、私の『行く当て』のこと。

 結構適当なことを言ったが、実は既に反体制派の人間は数多く存在し、旗頭さえ用意すればいつでも蜂起できるレベルにある。ただ、クソ親父を殺すには決定的に戦力が足らない。魔魂石で武装した帝国軍は、一度はハルトによって壊滅的な打撃を加えられたらしいけど、すぐに再建された。『神殺し』が大暴れしてやっと何とかなるレベルの軍隊相手に民衆蜂起では、心もとないどころか意味が無い。

 だから、劣勢を覆す一手を打つ。

 1つ目の当ては、そこで爆睡しているハルト。しかし残念ながら、こちらは戦争に乗り気じゃない。誘っても応じてくれないのはほとんど間違いない。昔から争いごとを嫌う性分だったのが、アルキドアを去ってからますます強まっているようだ。子供を養う立場なのだから、しょうがないとは思うが。


 だから『2つ目の当て』だ。

 

 音を立てないように扉を開け、月明かりに薄く照らされた夜へと踏み出した。

 アパートの前は何故か不毛地帯になっていて、何故かクレーターが所々にある。しかも、それぞれのクレーターは形成された時期が異なるらしく、既に塞がりかけたものから真新しいものまで全く統一感が無い。まるで戦闘の跡のようだが、一体何なのだろう。

 そんな不毛地帯に、灰色のローブを纏った長身の女性が立っていた。


「ご苦労様。さて、協力してもらうわよ」


 強力な力を秘めた龍族の女性。名をエアリアと言ったか。


 吸血鬼が持つ固有能力の1つに、『魅了チャーム』というものがある。魅了といっても異性限定というわけではなく、実際は万人に通用するマイルドな『テイム』だ。『魅了チャーム』にかかった対象と私の間には魔術的なラインが構築され、言葉に依らない意思伝達が可能となり、完全に意のままに操れるようになる。

 ハルトやカーテナ、くーちゃんには異常に強力な障壁が張られていて全く手を出せなかったが、この女性はハルトの防衛範囲から外れていたらしく、障壁の類は1つも無かった。

 私はそこにつけ込み、こっそりと『魅了チャーム』をかけて、つい先ほどここに呼び出したという訳だ。 

 

 ……本当は巻き込みたくはなかったのだけれど、まさか無関係な人間の血を吸う訳にもいかないし、だけど私1人じゃ十中八九目的地到達前に殺されてしまうので、少しだけ協力してもらったらすぐに解放するつもりだ。


 この女性が操風系魔術の達人だということはラインを構築した段階で分かっている。


『私をアナギルド高原に連れて行きなさい』


 命令を受けたエアリアが私に掌を向けると、私をすっぽりと覆う魔法陣が広がった。魔法陣から緑色の魔力を帯びて薄く光る風が吹き出し、私の体を覆っていく。

 ガクンと揺れるような感覚の後、急に足下の感覚が消失した。

 下を見ると、私の体は既に浮き上がっていた。


 高位の操風系魔術、『飛翔』だ。

 やはり、私が見込んだとおり強力な術式を扱う。


 続いてエアリアも浮き上がる。


 渦巻く風が一層強く輝いたかと思えば、砲弾のような速度で私の体を夜空へと打ち上げ、馬車なんて比べものにならない速度での飛行が始まった。


 必ずアルキドアを手中に収める。そのために必要な力は、どんな手段を使ってでも手にしてみせる。

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