叛逆の皇女-11
「ぷはー、食った食った! あのお堅い根暗魔術師がこんな家庭的になってしまって、カミラは嬉しいよ」
ビッグボアの生姜焼きを供すると、カミラはこれもペロリと平らげてしまった。
一心不乱に。とても上品とは言えない食べ方で。
諸事情あって今は皇位継承権を失っているようだったが、一応皇女だというのにその食べ方は無いだろうと思ったが、そういえばこの子はこういう子だった。
「くーちゃん、くーちゃんはこういう食べ方はしちゃダメだからね。こういう動物みたいな食べ方してると、お外で食べる時に恥ずかしいからね」
「……くーちゃんあんなに食べられない」
それもそうだ。何しろ生姜焼きほとんど肉一塊分に、ご飯7杯(足りなかったので急遽炊きなおした)だ。体の小さいくーちゃんはもちろん、俺でもあの量は食べられない。
「こらハルト! この高貴な私に向かって『動物』とは何だ!」
「お前高貴って言葉の意味知ってるか?」
「私のような人間のことだろ。それぐらいバカでも知ってる」
「じゃあお前はバカ以下だな」
一応そんなに頭は悪くないはずなのに、決定的に何かがずれている。どうすればあの母親からこの娘が生まれてくるのか、正直俺には理解できない。
こいつの母親、ローラ第3夫人は、それこそ俺が見惚れるぐらい美しく、気品にあふれ、知性的で、何より強い芯を持っていた。
アルキドア帝国で俺が魔術を好き放題研究できたのはローラ夫人のおかげだった。俺が持つ物理学を始めとする自然科学の知識を国にとって有益と判断し、当時は今ほどの自由度を持たなかった『投影』の能力を買ってくれたおかげで、俺は安定した暮らしを手に入れることが出来、さらに魔術を学ぶために様々な援助をしてくれた。
……引き換えに、お転婆クソガキのカミラの遊び相手となることを求められたが。
さて、そろそろ本題に移ろう。
カミラには色々と聞かなければならないことがある。
「カーテナ、向こうでくーちゃんと遊んできてくれないか」
「解りました」
こういう時のカーテナの理解力はかなり優秀だ。
……普段からもうちょっと賢い子で居てくれよ、母親代わり。
カーテナはくーちゃんを『一緒に工作しよう』と誘い出し、隣の部屋の戸が閉じられた。
それを見届けて、俺は口火を切った。
「お前、叛逆者になったって言うけど、ローラ夫人はどうしてるんだ?」
あの人は自分の娘が命を狙われるような状況に置かれることを放置できるような冷血ではない。
俺の問いに、カミラは笑みをひっこめて、沈鬱な表情で答えた。
「死んだ」
「……は?」
「クソ親父に殺された。汚れた娘を産んだお前は、アルキドア家を汚した魔女だと言われて」
「どういうことだ。汚れた娘って、お前の事か」
「……ねえ、ハルト。吸血鬼って知ってる?」
カミラは唐突に、そんなことを聞いてきた。
吸血鬼。
俺の元居た世界では、吸血鬼は『伝説の妖怪』とされ、不死、吸血、数々の異能等、様々な特徴を備えるファンタジーの常連だった。そういえば、FUOにも少し出てきたっけな。
そしてこの世界では、吸血鬼は実在する『体質』だ。吸血によって増殖するのではなく、ある日突然普通の人間が吸血鬼に目覚める。遺伝子的なものだと俺は推測している。吸血鬼の特性を持つ人は『例外なく異常に高い魔力耐性』を獲得し、血を介して他者の魔力を取り込み爆発的な力を発揮することが出来る。彼らに血を吸われても吸血鬼が感染することはない。あくまで血を媒介にした能力を扱うというだけなのだ。
突然変異で生まれてくる、異常能力者。それがこの世界における吸血鬼だ。
「……まさか、お前……」
「私は、2年前吸血鬼の力に目覚めた」
「……そうか。お前の異常な魔力耐性は、吸血鬼の力か」
「まあね。私が力を発現させたとき、あのクソ親父は母さんを死刑台に送った。魔女の汚名を被せて。私は訳の分からない研究室みたいなところに送られて、アンタの後任の筆頭宮廷魔術師に体質を徹底的に調べ上げられた」
「ああ、確か、ライオネルだったかな」
名前を出すと、カミラは露骨に嫌そうな顔をした。
「その名前を出さないで。胸糞悪い。アイツとクソ親父のせいで、私の人生も、国民の生活もぐちゃぐちゃになったんだから」
絞り出すように、懇願するようにカミラは言う。
ここまで追い詰められたカミラを、俺は今まで一度たりとも見たことが無かった。
「私の体質を基にあいつらが開発した魔具は、帝国の軍事力に革命をもたらした。宮廷魔術師1人1人が多種多様な魔術を本来のキャパシティを超えて扱えるようになる、量産すれば世界すら支配できる魔具だよ」
「魔魂石、だな」
その特質は、嫌というほど理解している。アルキドア帝国と関わる場面になると、必ずと言って良い頻度で俺の前に現れたアイテムだ。
「知ってたんだ。じゃあ、その原料は?」
「生きた人間だろ」
吐き捨てるように俺は言った。
「そう。人間一人の全ての血液を媒介にその全魔力を抽出して、結晶化する。これぐらいの魔魂石を作るのに、大体100人ぐらいの人間が消費されてる」
親指と人差し指で2センチ程の間隔を示し、カミラは続ける。
「多分、もう数万人もの国民が魔魂石の製造のために殺された。あのクソ親父の命令でね」
「数万人……、そんなに……」
想定していたよりも桁が1つ多かった。俺はせいぜい数千人規模の話だと高を括っていたが、現実には更に凄惨なことになっていたらしい。
「だけど、半年ぐらい前に東方8か国連合が圧力かけて止めさせただろう」
「ああ、あれね。それで止まったのは最初だけだった。その後すぐに水面下で同じことが再開された」
半年に1回のペースで梅宮さんが視察に来ることになっているのに、あの国は……。
半年の間に俺たち全てを相手取って勝利できるだけの戦力を蓄えられる自信があるのか、ただの愚か者なのか。
「それで、ちょっと前に私は少しずつ溜めた魔力で看守を『チャーム』で操り人形にして、牢から逃げた。その時に宮廷魔術師の何人かから血を失敬して魔魂石の製造プラントを全壊させた。で、帝国に刺客とか差し向けられて、とうとうやられて、もう終わりだと思ってたら、ここで目覚めたってわけ」
カミラの話を聞いた俺は、目を瞑り、その内容を頭の中で反芻した。
吸血鬼の力の覚醒。母親の処刑と体質の調査。魔魂石の製造。俺が魔神の力を覚醒させた時の一件と、その後。
筋は通っているように思われた。
ただ、1つだけ疑問が残る。
「お前、逃げた後はどうするつもりだったんだ? 行く当てがあったのか?」
「まあ、一応ね。アルキドア帝国から亡命した有力者を訪ねて、戦力を集めるつもりだった」
「戦力? 何のために?」
「クソ親父と、同じくらいクソな兄貴を殺して、皇帝の位を私が簒奪するために、よ」
「……本気で言ってるのか」
「本気よ。これ以上アイツらを放っておいたら、どれだけの国民が殺されるのか分からない。魔魂石を完全に根絶するためには、絶大な権力が居る。だったら、アイツらを殺してでも皇位を奪うしかないじゃない」
どこかデジャヴを感じるようなカミラの言葉。
言っていることは正しい。これ以上の犠牲を回避するためには、カミラが言うようにあのクソ野郎共を殺して誰か別の人間を権力の椅子に座らせる以外にない。
しかし。
「止めておけ」
「……アンタは、国民が殺されるのを黙って見てろって言うの」
「違う、そうじゃない。現実的じゃないって言ってんだ。どれだけ戦力を集めても、一国を落とすってのは容易なことじゃない。だから、止めておけ。あのクソ野郎を権力の椅子から転がり落ちた後、代わりに座るべき人間が死に急ぐな」
俺の諫言が気に障ったらしく、カミラ唇をギリッと噛むと、机を拳で殴りつけた。
「早々とアルキドアから逃げたアンタが口を出すな!! アンタは何も分かってない!!」
「分かってるよ。東方8ヶ国連合が圧力をかける前に、俺は帝国に2度挑んで、どちらとも結果的には失敗した」
俺という個人の力だけでは、結局どうすることもできなかった。個人の力では大国の方針をねじ曲げることはできなかったのだ。
「俺はお前が皇位に就くことまで否定してはいない。だが、お前のやり方は現実的じゃない」
「そんなの、同じことじゃない。それに、魔魂石の製造プラントを吹っ飛ばせる私の力なら」
俺はカミラの言葉に問いをかぶせて遮った。
「お前、俺より強いか?」
「え?」
「俺より強いなら、何も言わない。それでようやくスタートラインだ」
「……」
押し黙ったカミラ。俺が言わんとすることの意味を察したのだろう。
現時点で相当数の魔魂石を備蓄していると推測されるアルキドア帝国は、もはや一介の魔術師の力でどうにかなるものではない。
ならば、同格の力を使うしかない。
即ち、圧倒的な力を背景に持つ国という力をぶつける。
アルキドア帝国が力持つことは俺の比較的平穏な生活に波風が立ち始めることを意味する。俺の命を狙い、さらにはくーちゃんの身柄を狙っている万死に値するクズをこのまま放っておくわけにはいかない。
個人の力で以て脅しても、大国の力で脅しても、懲りずに何度も同じことを繰り返す愚か者には、そろそろ権力の座から降りてもらう必要がある。
東方8ヶ国国連合と俺、場合によってはアルキドア帝国と敵対しているリアナ公国も誘って帝国を攻撃し、皇帝と皇太子を捕え、退位させる。代わりにカミラを女帝に据え、東方8ヶ国連合には見返りとして通商を認める。
概ねこんなところだろう。
だから、カミラを無駄死にさせるわけにはいかない。
このお転婆には、皇帝としてアルキドアを生まれ変わらせるという仕事があるのだから。
あけましておめでとうございます。




