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叛逆の皇女-10

 高須春人。

 両親がくれた名前を、俺は気に入っている。


 18年に渡って『名前』という名詞に特定の人を示す記号以上の役割を見出したことが無かった俺だが、この世界に来てから、特にアルキドアからバックれてからというもの、俺の名前にはもう1つ別の役割が加わった。

 即ち、『神殺し』としての俺を知っているかどうかを判別すること。

 アルキドア帝国に所属していた頃、俺は『タカス・ハルト』と名乗り、宮廷魔術師の最上位である『筆頭』の地位を手にした。その後色々あって東国から戻ってからは、俺は一貫して『ハルト』と名乗っている。

 アルキドア帝国時代の関係者以外で『タカス・ハルト』の顔と名を一致させているのは、エリアルデ支局長、テンペスタさん、エアリア、ハリカさん、カーテナ、くーちゃんの6人だけだ。ジェラルドを始めとしたギルド上層部にもバレているっぽいが、こちらは全貌不明なので置いておく。くーちゃんはごくまれにタカス・クリスと名乗ることもあるが、相手がその姓を知るべきでない時は俺がこっそり『タカス』の部分を『投影』で聞こえないよう遮断しているので、『ハルト』という名前と『タカス』という姓を繋げることは困難だ。

 つまり、俺の周りの6人以外が俺の顔を見て俺のことを『タカス・ハルト』と呼んだ場合、その人物は高確率でアルキドアの関係者だ。

 アルキドア帝国に喧嘩を売り、いくつかの勢力と共にその動きをけん制している俺は、かの国にとって目の上のたんこぶ以外の何物でもない。冗談抜きで刺客とか送り込まれてもおかしくないことをした。

 そうでなかったとしても、ジェラルドの一例のように、俺の命を狙う者である可能性は非常に高い。


 カーテナに支えられてやっとのことで起き上がっているこの少女は、俺の顔を見て『タカス・ハルト』と言った。


 つまりそれは、この少女は俺の敵である可能性が非常に高いということ。


「……お前、何者だ」


 最低限くーちゃんだけでも守れるよう、俺は五感をブーストして少女の動向に注意を払う。くーちゃんはキョトンとしているが、カーテナは少女の言葉の意味に気付いたらしく、少女の身体から左腕を離し、黄金色の光を纏わせている。


「……ず……」


 掠れた声音で、少女は何か言った。


「……ず……み……ず……」


 水……?


「お水欲しいの?」


 くーちゃんが問いかけると、少女は首を縦に振った。

 さらにその直後。

 くーきゅるきゅるという、腹の虫が大暴れする音が聞こえた。少女は赤面してうつむき、それっきり何も言わなくなってしまった。


 微妙な沈黙の中、少女の腹の虫の音だけが間断なく鳴る。


「お腹すいてるの?」


 くーちゃんの問いかけに、激しく首を縦に振って首肯する少女。

 

 ……それもそうか。既に3日近く飲まず食わずなのだから、喉も乾くし腹も空くか。


「カーテナ、そのまま警戒しておいてくれ」


 尋問するにも、まずはこの少女の最低限のコンディションを確保してからだ。そう判断した俺はカーテナに指示を出すとキッチンに戻り、コップ1杯の水と商店街のパン屋で買った長細いパンを用意して、少女の前に置いた。


 少女は警戒するように一瞬チラリと俺を見たが、しかし空腹には抗いきれなかったようで、脇目も振らずにパンにかじりつき、コップの水を喉を鳴らして飲んだ。


 ガツガツと恐ろしい勢いでパンを平らげ、水を飲み干すと、少女は途端に元気を取り戻したらしく、けふっと小さくゲップなんだか咳なんだかよく分からない音を発し、改めて俺を見据えてきた。

 

 そしてニッと笑い、初めてまともな声を発した。


「いや~うまかった! ありがとね、タカス・ハルト。おかげで助かったよ」

「……誰だ」

「あれ~? もしかして私のこと覚えてない?」

「……」

「もう、これだからお堅い魔術師は。私よ、カミラよ。覚えてない? アルキドア帝国皇位継承順位3位の、カミラ」


 そう言われた瞬間、俺の中でくすぶっていた違和感が意味を成して繋がった。掘り起こすまでもなく、脳の奥にしまい込まれていた記憶が噴き出すように再生された。

 母親の陰に隠れながら俺を睨む、活発そうな顔立ちの子供。俺のローブにいたずら書きをしたり、魔術の解析や研究をしていると邪魔しに来たり、かと思えば母親に連れて行かれてガミガミ怒られていたり。

 いずれもまだ俺がこちらに飛ばされて間もない頃、『投影』の力と魔力量を買われて宮廷入りした頃ぐらいの記憶だ。


「……宮廷のイタズラ小娘!」


 それらの記憶に登場した生意気な子供の顔と、目の前の少女の顔が重なった。


「やっと思い出したみたいね」


 満足げに頷く皇女。

 なるほど、子供の成長は早いというが、御多分に漏れず、カミラもここ数年で急成長を遂げたらしい。身長は20センチ以上の伸びたようだった。活発そうな顔立ちからは子供っぽさがかなり抜け落ち、代わりに母親譲りの美貌の片鱗が見え隠れしている。カーテナが『スタイルいいし』とぶーたれるだけあって、身長以外にもいろいろ成長しているようだ。


「あれ? そういえば私、死にかけてたような気がするんだけど」

「死にかけてたよ。傷は治した」

「……ああ、やっぱりあれ、夢じゃなかったんだ」


 腹の辺りをペタペタと触るカミラ。もう傷跡すら残っていないはずだ。俺の魔力を前人未踏の領域まで削り込んだのだから。


 しかし、曲がりなりにも一国の皇族の1人であるカミラ皇女が瀕死の重傷を負ったとすると、新たな疑問が生じる。


「どういうことだ。お前のような立場の人間が、どうしてあんなところで……」

「今の私は『あんなところ』で死にかけるような立場にいるってことよ」

「……お前は皇女だろ?」

「皇女だった。正確に言えばね。今や帝国に仇なす叛逆者なんて呼ばれてるんだから、もう笑っちゃうわ」

 

 叛逆者。カミラはそう言った。

 その単語に、俺は何か引っかかるものを感じた。

 

 記憶の引き出しをひっくり返す。そう古い話じゃない。ごく最近、その単語を目にした。


 そう、確か。

 エアリアのために組んだ連続クエストの1つが、『叛逆の皇女』捕縛クエストだった。

 詳細は不明だったが、アルキドア帝国からの直接の依頼だったし、『叛逆の皇女』という仰々しい肩書きはカミラの言葉と互いに裏付けあっている。


「カーテナ、『破断』はもういい」

「でも、主様」

「大丈夫だ。こいつに俺たちを攻撃するメリットは無い」

「……分かりました」


 少し渋ったが、カーテナは大人しく『破断』を解除し、カミラから腕を離した。


 俺たちに危害を加えても、カミラには不利益こそあれ利益は1つも無いのは明らかだ。

 ギルドに出された依頼とカミラの大怪我を鑑みるに、カミラがアルキドア帝国に命を狙われているのはほぼ間違いない。

 傷の影響か、幾分弱っている様子の今の彼女に必要なのは、安全な隠れ家であり、彼女を守り得る用心棒だ。

 この家には、アルキドア帝国に反旗を翻した『魔神』と『妖刀』、『龍神の御子』が住まい、隣室には『嵐龍王』と呼ばれた最強クラスの龍族とその孫娘が、さらに階下の部屋には、とてもそうは見えないが、今代の『龍神』である俺よりも強い大家のババアが住んでいる。

 ゲームに例えて言うなら、レベル5のターゲットモンスターの周囲にレベル80のネームドモンスター6体がうろついているような状況だ。もっとも、今目を覚ましたばかりのカミラには俺以外の5体分のネームドモンスターについては認識できていないだろうが、俺だけでもアルキドアの雑兵程度であれば何千人押し寄せてこようとも蹴散らせることは、カミラも知っているはずだ。

 この状況下では、完全に体力を取り戻すまで大人しくしているのが正解だ。カミラは確かにお転婆で、俺も散々手を焼いたクソガキだったことは間違いないが、決して馬鹿ではなかった。命を狙われている現状、わざわざ自身の身を危険に晒すようなことはしないだろう。


「何この子、超可愛い! へぇ、ハルト、アンタ子供居たんだ」


 くーちゃんの絹のような白髪に指を絡めるようにしながら頭を撫でるカミラと、気持ちよさそうにされるがままのくーちゃん。


 俺はカミラの幼いころを知っている。

 この子は、平気で人を踏みにじれるような外道ではない。この子の父親は正直言って最悪のクズだが、この子自身は母親の教育もあって健全な精神を獲得している。

 性格的にも立場的にもカミラがくーちゃんやカーテナに危害を加えることは多分無いとは思うが、一応念のため、くーちゃんとカーテナの周囲に一定以上の衝撃に反応してオートで展開されるいつもの障壁を発生させると、俺は部屋を出て、遅めの夕食の調理に取り掛かった。


 『少女を救ったら厄介ごとに巻き込まれた』なんて展開は、古今東西どころか世界をまたいで使い古された感もある物語の幕開けだが、まさかそんな面倒事が俺自身に降りかかるなんて思いもしなかった。

 事実は小説よりも奇なり。

 この言葉の意味を、俺は実感を伴って理解した。

10月に連載を始めて、もう12月も終わろうとしています。これが2013年最後の投稿になります。

2013年は4万人(ユニークアクセス数)もの方に読んでいただいて、アイディアや厳しい感想をいくつかいただきました。ありがとうございました。2014年も続けますので、どうぞよろしくお願いします。

私の場合、まずは受験ですけど。


それでは、よいお年を。

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