くーちゃんとの生活-07
「ハル、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。もう少し休んだら、一緒に遊ぼうね」
「うん」
心配そうに俺を覗き込むラブリーマイエンジェル・くーちゃん。
是非とも大丈夫だと強がってくーちゃんとおままごとでもしたいところだったが、残念ながら、大家に刻み込まれたダメージがそれを許してくれない。
神殺しとか、元筆頭宮廷魔術師とか、元勇者とか、プライドの方は大家との4回目ぐらいの喧嘩で粉微塵になっていたので、特に問題は無い。
「しっかし、旦那がここまでやられるってのはどういうことなんだろうな。俺にはあの婆さんがそこまで強いようには見えねえんだが」
アパートの軒先に生じたクレーターの中で延びていた俺を、テンペスタさんが回収して看病してくれていた。
くーちゃん分を摂取した俺は徐々に回復し始めていたが、快癒にはもう少し時間が必要だ。
「だったら一度戦ってみるといいですよ。あの婆さん、障壁を展開しても余裕で突き破るし、音速で突進しても受け流されるし」
「……人間か……?」
「に、見えるんですけどねぇ。もしかしたら魔族かも……」
「魔族でもそんな奴は数えるほどしか居ねえよ。俺も現役時代は魔族の連中とも相当戦ってきたが、あいつら魔術一辺倒で、体術の方はそうでもなかったがな」
恐ろしいババァだ。
「俺から言わせりゃ、お前も大概だけどな。電気纏って音速超えるってのは、一体どんない仕組みなんだい?」
「ああ、あれ……」
言っていいものか。
俺は一瞬迷ったが、しかし相手は恩人であるテンペスタさん。
まあ、いいか。
この世界には、科学というものがない。学問の盛んなベルナ共和国でに行けば、もしかしたらその萌芽ぐらいはあるかもしれないが、少なくともこのリアナ公国とかつて仕えていたアルキドア帝国には全くと言っていいほど科学は無い。
あるのは魔術とおばあちゃんの知恵。おばあちゃんの知恵の方は科学と言えば科学だが、厳密な話をすれば、経験則を科学ということはできない。
大概のことが魔術で何とかなってしまう世界で、科学が発展するわけがない。
ということで、大学受験に際して物理と化学をアホほど勉強していた俺は、この世界では2番目の科学者でもある。
この世界ではまだ未発見の数々の物理法則を、俺は公式と付随知識付きで把握している。
それらのうちの一つ。
「ローレンツ力っていう力がありまして」
「ろーれんつ……?」
「電気と、磁石が砂鉄を引き寄せるときの効果を組み合わせると、そういう力が発生するんです。あれはそのローレンツ力を使ってるんです」
「何だかよく分からんが……、旦那が俺には及び知らねぇ力を扱えることだけはよく分かった」
この世界に科学は無い。故に、中途半端な出力しか持たないが、抜群の応用性を誇る俺の『投影』と科学を組み合わせれば、この世界にその仕組みを理解し、正面突破以外の対策を練られる奴はいない。魔術阻害も効かない。そもそも『投影』からして魔術じゃない。
「ま、ゆっくり休みな。クリス様の相手なら、俺がやっておくからよ」
「ありがとうございます」
徹夜の魔獣討伐と大家との戦闘ですっかり疲れ切っていた俺は、自分でも気づかないうちに眠っていた。