叛逆の皇女-09
世の野心溢れる紳士淑女が権力を求めてやまないその理由の一端を、俺は今回の事から大いに学ぶことが出来た。
エリアルデ支局長は改竄書類に堂々と承認の判を押し、さらにその改竄の辻褄合わせのために別の捏造書類を用意した。支局長の権力を以てすれば、その程度の書類の偽造は朝飯前だそうだ。俺がやろうとしていた小細工なんかよりも遥かに安全で大胆な隠蔽を、支局長の立場ならばできるという訳だ。俺が作ったストーリー通りに事実がねじ曲げられていく様は愉快そのものだった。
なるほど、ギルドが不正の温床だと言われる理由も分かろうというものだ。
これで俺もエリアルデ支局長も立派な裏切り者なのだが、先に俺を裏切ったのはギルドの方だ。訳の分からない独善的な理由で俺と俺の同僚と上司を殺しかけた奴らに、今更ご大層な忠誠心を抱けるはずもない。
ギルドの上層部にも、異種族排斥を唱えるあのクソ宗教に感化されている奴が居るということは、ハリカさんがこっそりと行った調査で分かっている。もしエアリアの件をバカ正直に報告したら、面倒事に発展することは目に見えているのだ。
これが現実だ。
間違っていることがまかり通るから、間違っていることでその誤りを誤魔化す。正直者は馬鹿を見て、悪人が高笑いする。馬鹿を見たくなければ、自身もまた自衛としての悪行に手を染めるしかない。
盗賊がその欲望のままに罪なき人を殺すことは、間違いなく悪だ。では、盗賊から身を守るために、盗賊を殺すことは悪ではないのか?
正当防衛という言葉で殺人すらも正当化されるならば、今回の俺たちの行為には、『正当背任』とでも名付けよう。
要するに何が言いたいかというと、小心者で小市民な俺は、エリアルデ支局長が鼻で笑い飛ばす程度の背任にも、理由を付けなければ罪悪感で行為に及べない、ということだ。
この世界に来てもう6年になろうとしているというのに、俺はやっぱり日本人のままなのだ。物事には正義があると考え、『道理』を通すことを美徳とし、『和』を重んじる甘ったれた日本人の気質が、まだ俺の中には残っている。
もちろん、今の俺は全部が全部『和』や『道理』で何とかなるとはこれっぽっちも考えていない。空虚な性善説や机上の空論で何となるほどこの世界は平和ではない。
『和』や『道理』を重んじる性質は、この世界では決定的な弱点かもしれない。だけど、それらはこの世界に欠けているもので、この世界が獲得すべきものだ。
次代の神の1柱として絶大な力を秘めるとされる『龍神の御子』・くーちゃんには、『裏切り』や『不義理』よりも先に『和』や『道理』を教えよう。きっとそうすれば、いつの日か、この世界も復讐の連鎖と弱肉強食の原理から解放されるかもしれない。
エアリアのように、何の罪もない人が復讐のためにねじ曲がる様を、俺はもう2度と見たくない。
♢♢♢
「ただいま」
「あ、ハル! おかえり!」
もうくーちゃんは帰りの挨拶を間違えない。突進は相変わらずなので、俺は部屋に着くといつも中腰になってくーちゃんを受け止める構えを取る。そうしないと、龍族故に見かけよりも強い力を持つくーちゃんの突進を下腹部に食らって悶絶することになる。
最近のお気に入りらしい白いふわふわしたパジャマに身を包んだくーちゃんは毛糸の袋に入れた湯たんぽのようで、抱き抱えると日没後の外気のせいで冷え切った俺の体が、ポカポカと温まっていくのが分かった。
「くーちゃん、すぐにご飯にするから、もう少しだけカーテナと一緒に遊んでてね」
「うん!」
くーちゃんを下ろし、荷物を片付けると、俺は調理に取り掛かった。
エリアルデ支局長と共に偽装工作に精を出していたら、いつの間にか遅くなってしまった。あまり時間のかかるものを作っている余裕は無いから、今日は手っ取り早くビッグボアの生姜焼きでいこう。
主菜を決定し、お手製冷蔵庫からビッグボアの肉の塊を取り出して、薄くスライスしようとしたまさにその時のこと。
「ハル、こっち来て!!」
くーちゃんの大声が聞こえた。
何事かと思い、包丁を置いてリビングに行くと、くーちゃんもカーテナもリビングには居なかった。
「……!」
すぐに、その理由は判明した。
2人共、隣の寝室に居た。寝室には布団を1枚敷いて預かった少女を寝かしていたのだが、くーちゃんはその布団のすぐ横に座り込んでいた。
カーテナは、今まで昏々と眠り続けていたはずの少女の背中を腕で支え、体に力が入らない様子の少女の身体を起こしていた。
変人だが医術だけは確かなアルベルトに1週間は目を覚まさないと保証されていたはずの少女が、目を開け、確かに意識を取り戻していた。
焦点が合っていないのか、少女の視線はフラフラと揺れていたが、やがてピタリと眼前の俺に合った。
その目が大きく見開かれ、少女の表情が驚愕に染まり、口をパクパクと動かしている。
何だ?
俺の顔に何か付いているのか?
それとも、大けがを負ったショックで混乱しているのか?
もし後者だとしたら、精神的ショックを治療する術を持たない俺にできることは、今すぐこの少女を眠らせて、アルベルト医院に運び込むことだけだ。
しかし、どうやら俺が想定していた解答はどちらも誤りだったらしい。
少女は、数日寝ていたせいか、ひどく掠れた声音でこう言ったのだ。
「……タカス……ハルト……」
今度は俺が驚愕に目を見開く番だった。
短いですが、ご勘弁を。




