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叛逆の皇女-08

「……おあよ……」


 小さな口で大あくびをしながら、くーちゃんがペタペタと歩み寄ってきた。

 朝に弱いのは相変わらずだが、冬になって殊更弱くなったような気がする。龍族も爬虫類同様変温動物で低温に弱いのか、それともただ布団の中が恋しいだけなのか、イマイチ判断に困る。

 ただ、クーちゃんはしばらく抱き上げていると汗が出て来るほど温かいから、変温動物ではないような気がする。


「顔洗っておいで」


 俺が促すと、くーちゃんはフラフラと頼りない足取りで洗面所へと向かっていく。

 白いモコモコっと膨らんだ冬仕様のパジャマに身を包んだくーちゃんは、さながらクッションのようだ。着ている服はとても温かそうで良いのだが、そろそろ裸足は辛いのではないだろうか。


 出汁に味噌を溶き、豆腐を刻んで味噌汁の体裁を整えるまでの間に洗面所から聞こえていた水の音は止み、しっかりとした足取りのくーちゃんが現れた。


「あ、ハルだ!」


 完全に目を覚ましたくーちゃんは俺を認識すると、砲弾のような勢いで突進、抱きついてきた。


「うおっ!?」


 包丁を握っていた俺は慌てて流しの桶に包丁を投げ込み、着弾した白い砲弾を受け止めた。


「ハルが帰ってきた、テナちゃん、ハル帰ってきたよ!」

「ほら、言ったとおりちゃんと帰ってきたでしょ。でも、くーちゃん、ハルがお料理してるときに邪魔しちゃだめだからね? 怪我しちゃうからね?」

「はーい……」


 カーテナに注意されてしょんぼりするくーちゃんの頭を、『投影』で浄化した手で撫でてやる。

 手のひらに当たる角の感触もだいぶはっきりとしてきた。髪の隙間に目を凝らしてみれば、膨らみを肉眼で判別できる程に、くーちゃんの角は成長してきた。


「ハル、くすぐったいよ」


 今だに感覚が敏感らしく、撫でるとくすぐったがるのは相変わらずだ。

 

「くーちゃん、昨日はごめんね。大丈夫だった?」

「うん! くーちゃん、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ寂しかったけど、テナちゃんがご飯作ってくれたから大丈夫だった!」


 ちょっとだけ、という部分を強く強調して気丈に振る舞ってはいるが、実際のところは寂しかったのだろう。実に子供らしい気の使い方だ。

『おじいちゃんとおうちで遊んでたよ。お寿司屋さんなんか行ってないんだからね』みたいな感じで、バレバレなのだけれど。

 というか、本当にちょっとだけしか寂しくなかったのだとしたら、俺の方が寂しい。親離れは子の成長の証だけど、まだ早い。早すぎる。俺はまだまだくーちゃんの親代わりで居続けるつもりだ。


 くーちゃんを下ろし、『カーテナと遊んでおいで』と促してやると、とても寝起きとは思えない勢いで隣の部屋に駆け込んでいった。

 子供というのは、どういう理屈であれほどのエネルギーを産み出しているのだろう。魔術や『投影』も大概物理法則を無視しているが、子供の活発さに同列に加えられるんじゃないだろうか。


 焼きあがった味醂干しを皿に移して味噌汁をお椀に注ぎ、俺は朝食の用意を終えた。


♢♢♢


「ハル」


 エリアルデ支局長に呼ばれた俺は、思わずビクンと反応してしまった。

 人が名を呼ばれたぐらいでこんな反応を示す時とはどんな時か。何かやましいことをしている時に決まっている。

 俺は今、エアリアが盗賊を殺しまくった事実を隠蔽するために、書類の改竄を行っている真っ最中だった。

 典型的なギルドへの背任行為だ。


「はい何でしょう」


 意識的に無表情を繕って振り返ると、ニヤニヤしながら俺を見下ろすエリアルデ支局長の姿があった。

 思わず冷や汗が垂れた。


「アルベルトが今朝見苦しいぐらいに興奮して家を訪ねてきての。何でもあ奴が作った治療魔法陣が50%まで稼働したそうじゃ」


 世間話をするような調子でエリアルデ支局長は言う。


「妾でも10%程度しか稼働させることができなかったのに。一体誰じゃろうな。アルベルトが言うに、そ奴は灰色の衣を纏った、何となく妾に似た龍族の娘と一緒に、患者を4人も連れてきたそうじゃ。ハル、何か知らぬか?」

 

 冷や汗が背中から額にまで北上し、こめかみの辺りで垂れた。

 

 なるほど、道理で朝早くからアルベルトが行方不明だったわけだ。たかだか魔法陣の稼働率が半分を越えただけで朝からアポも無しに人の家を訪ねる無神経さとフットワークの軽さは、流石変人・アルベルトと言わざるを得ない。


 少々理不尽だとは分かっているが、アルベルトに対する怒りが沸々と湧いてくる。

 彼からすれば、ただ自分の研究成果を数少ない友人に自慢しただけなのだろうが、何しろその友人がエリアルデ支局長だ。

 姪のエアリアがギルドに来たことも、彼女が受けたクエストも知っている。

 そんなエアリアが俺と一緒に医院に患者を連れ込んだとなれば、勘の良いエリアルデ支局長なら何が起きたのか、気付いている可能性は高い。

 いや、絶対この人分かった上で言っている。


「……ええと……」


 考えても、言い訳は思い付かなかった。

 俺に残された道は、1つしかない。


「……エアリアのクエストで問題が発生しました。黙っててすいませんでした」


 椅子を立ち、威圧的な笑顔を浮かべるエリアルデ支局長に頭を下げる。

 周囲で仕事をしていた職員の何人かが、何事かとこちらをちらちらと伺っていることに、エリアルデ支局長も気付いたようだった。周囲に聞こえないような声量で、囁きかけるように言葉を発した。


「……続きは支局長室で話そう」


 エリアルデ支局長に続いて、エアリアに土下座を敢行して以来1度も足を踏み入れていない支局長室に入る。と言うか、エリアルデ支局長でさえもあまり使用していないので、随所に埃が目立ち、特有の古臭い臭いがする。エリアルデ支局長は基本的に支局を見渡せる位置に設置した自分の机に陣取っているので、ここを使うのは人目に触れてはまずい書類を扱う時ぐらいだ。


 口火を切ったのはエリアルデ支局長だった。

 

「おおよその予想はしておるが、汝の口から事情を聞きたい」

「分かりました」


 こうなっては隠しようがない。

 包み隠さず、全てを話すことにした。

 エリアルデ支局長が好意的な、つまりギルドから見れば背信的な対応をしてくれるよう祈るしかない。


♢♢♢


「……以上です」


 エアリアがかつて見舞われた惨劇から、アルベルト医院での出来事まで、俺はいかなる要素も省かずにエリアルデ支局長に話した。


 俺の説明を聞き、しばらくの間目を瞑ったまま沈黙を守っていたエリアルデ支局長。

 一見すると平然としているように取り繕っている俺は、内心ビビりまくっている。


 ①配慮に欠けたクエストの斡旋

 ②ギルド職員によるクエストへの干渉

 ③殺人の隠匿

 ④書類改竄


 1つだけでもエリアルデ支局長を怒らせそうな不祥事が4つだ。

 『神殺し』であろうと『魔神』であろうと、1人の社会人として生きている以上、解雇は怖い。何しろ俺には養うべき存在が居るのだから。そして、今俺の生殺与奪の権利を握っているのは、氷のように冷たい印象の美貌を完全な無表情に変えた、敏腕支局長だ。

 これで恐怖を感じない奴が居るのなら、そいつは多分知的生命体じゃない。


「ハルよ」

「っ……はい」

「妾は今、怒っておる」


 お気持ちはよく分かります。

 仮に俺が同じ立場だったら、今頃怒鳴り散らしていますもん。


 しかし、続くエリアルデ支局長の言葉は俺が予想していたものとは大きく違っていた。


「じゃが、それは汝が組織を裏切るような行為に手を染めたから、ではない」


 何だ。一体、何を言っている。


「どうして、黙っておった。何故、妾に言わんかった」

「……?」

「妾は頼られれば、いくらでも力を貸す。まして、妾の姪が起こしたことじゃ。どうして妾を頼らなかった」

「それは……だって……、あなたはここの支局長で、責任だってあるはずだから……」

「それがどうした! 汝の正体を知りながら匿い、中央から送られてきた刺客と殺し合いまでした妾が、今更責任なんぞのために尻込みすると思うたか!」


 怒鳴られ、思わず身をすくめる。

 そう言えば、エリアルデ支局長に怒られたことはあっても、怒鳴られたのは初めてかもしれない。普段あまり感情の起伏を表に出さない人だから、なおさらエリアルデ支局長の言葉は俺の胸に突き刺さった。


「もっと妾を頼れ。何でも1人で背負い込むのは、汝の悪い癖じゃ。アルキドアでのことを、忘れたわけではあるまい」

「……」

「今回の1件は妾も手伝う。妾の力を借りねば無茶な部分もあるはずじゃ。良いな」

「……はい」


 怒鳴られて初めて気が付いた。

 俺は、またアルキドアの二の舞を演じようとしていたことに。

 

 何でもかんでも1人で抱え込んで1人で悩んだって、1人にできることなんてどうせ限られている。

 本当に、俺はまだまだ未熟者だ。

センターまでもう1月無いので、今は勉強の合間の休憩(10分)にコツコツ書き進めています。かなりペースが落ちていますが、許してください。

未完放置はしませんので、長い目で見守ってくださいませ。

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