叛逆の皇女-07
「ただいまー…………」
背に未だ意識の戻らない少女を背負い、俺は心地よい朝日を浴びながら我が家の扉を開けた。
施錠はされていなかった。
身を滑り込ませるように部屋に潜り込み、後ろ手に音が立たないようにして扉を閉める。床板が立てるギシギシという音に肝を冷やしつつ、俺はゆっくりとリビングへと向かった。
リビングの隣の普段寝室にしている部屋にはくーちゃんが1人で寝ていて、カーテナはリビングの食卓に身を預けて静かな寝息を立てていた。
すっかり冷めきった何らかの料理がその傍らにある。全く手が付けられていないあたり、多分俺の分だ。
結局昨日家に帰れなかった俺の代わりにカーテナが夕食を作ったのだと思う。『破戒』を使うために家に戻ったとき、俺はカーテナに『遅くなる』とは伝えたけど、まさか朝になるまで戻ってこないとは思っていなかったのだろう。
くーちゃんにもカーテナにも申し訳ないことをしてしまった。この埋め合わせはそのうちするとして、取りあえずやらなきゃいけないことがある。
「カーテナ、起きろカーテナ」
肩を揺すり、カーテナに覚醒を促す。
「ん……ぅふ……ぁん……主様ぁ……」
喘ぐな。どんな夢見てやがんだ、この変態。
「カーテナ!」
「ひえっ!?」
大き目の声でカーテナの名を鋭く呼ぶと、オモチャのように体を跳ね上げた。
目をぐりぐりとこすり、体重をかけていたために赤くなった頬をぺたぺた触るカーテナ。多分痺れて違和感があるのだろう。俺も授業中よく居眠りをして、顔に変な跡を付けたり、痺れたりしたことがあるからわかる。
「……あれ、主様?」
「おはよう。とりあえず涎拭け」
言われ、袖元で口元を拭うカーテナ。顔立ちは可愛い部類に入るはずなのに、寝起きの姿を筆頭にいろいろと残念過ぎて、色気が欠片もない。
寝ぼけ眼を擦っていたカーテナだったが、ようやく普段の思考回路を取り戻したようで、俺、正確に言えば俺に背負われた女の子を凝視していた。
「……この浮気者」
「……やっぱりか」
女性を家に連れてくると不機嫌になるというカーテナの性質は、今に始まったことではない。エリアルデ支局長然り、エアリア然り、ハリカさん然り。
そして、今度は名も知らないこの少女だ。
「そうやって毎度毎度女ばかり連れ込んで来てしかも今度は私とくーちゃんを蔑ろにして朝帰りするし連れ込んだ女は金髪で私とキャラかぶってるしめちゃくちゃ美人だしスタイル良いし――――」
ぶつぶつと何かを呟きだした。
普段のように癇癪を起さない分、こちらの方が対応しづらいし、何より怖い。
とりあえず、俺は意識のない少女をソファーに転がして、カーテナの説得を試みることにした。
カーテナは決して分からず屋ではない。きちんと理由を説明すれば、少々不機嫌になることはあっても、最後にはきっとわかってくれるはずだ。
♢♢♢
俺は弱い炎熱系魔術を使って、カーテナが作ったらしい料理を温めると、スプーンを使ってジャガイモを口に運んだ。一晩経ってコンソメの味が染みたジャガイモは、昨晩から何も食べていなかった俺の胃を活発にさせた。
コンソメ自体は俺が常に冷蔵保存していたものだったが、カーテナがここまで見事に料理できるとは驚きだ。味も見た目も悪くない。どころか、結構おいしい。
見た目も味もポトフのようだったが、この世界ではポトフのことを何と呼ぶのだろうか。
「うまい」
自然とそんな感想が漏れた。
するとカーテナは、視線を不自然に逸らして、
「……そ、そんなこと言ったって、朝帰りのことは絶対に許さないんだから!」
ツンデレか己は。
「だから何度も言ってるじゃん。朝帰りって言っても魔力全部持ってかれて、病院で半分気絶するように寝てただけだって。何ならエアリアにでも聞いてくれ」
「誰があんな泥棒トカゲ2号なんかに。それに、主様ほどの魔力量の持ち主から魔力を全部吸い上げるって、一体どんな化物なんですか、あの子は。信じられません!」
評価されているんだか、されていないんだか、いまいち分からない。
確かに不可解なことではあるが、あの子が異常と言える程に高い魔力耐性を持っていることは事実だ。俺やエリアルデ支局長、くーちゃん、カーテナも相当高い耐性を持つが、彼女ほどではない。俺たちは意図的に耐性を強化して、せいぜい魔抗銀を上回る程度。対してあの少女は、無意識にも関わらずオリハルコン一歩手前の魔力耐性を示した。
魔力耐性は魔力を用いる術全般に対する抵抗力のことであり、当然高い方が攻撃魔術への耐性は上がるが、同時に回復魔術なども作用しにくくなってしまう諸刃の剣だ。
故にあの少女の治療に、魔力だけは馬鹿みたいにあるはずの俺が、魔力の大半を持っていかれる事態になったのだ。
「信じてくれよ。そもそも俺はよっぽどのことが無い限り、お前はともかくくーちゃんを放置して朝帰りするような人間じゃないことぐらいわかってるだろ?」
「私はともかくって何なんですか!? 私はどうだって良いって言うんですか!?」
しまった。失言。
カーテナは口をへの字に曲げて怒り出してしまった。
「そういうことじゃない。お前はこうやって自分で料理して食事を摂ることもできるけど、くーちゃんはそうじゃないだろ?」
「それは……その通りですけど……」
「俺はお前ならできると、お前を信用していた。それなのにお前は俺を信用してくれないのか、哀しいなぁ」
「……うぅ……」
早くも揺らぎ始めたカーテナ。後もうひと押しだ。
「何も言わずに朝帰りしたことは謝る。だけど、本当に仕方なかったんだ。魔力を使い果たすってのは予想外の事態だったけど、もし治療しなかったらその子はまず間違いなく死んでいた」
「……本当に、疾しいことは何も無いんですね?」
「神、いや、くーちゃんに誓って何もなかった」
限界ギリギリまで魔力を削り取られたのは、多分初めてだ。今までも『死闘』と呼べる闘いは何度かあったが、魔力封印状態を除けば、魔力を全て使い切るような局面に遭ったことは無い。
魔力の大半を失った結果、ほとんど気絶にまで至ったのだから、疾しいことなどあろうはずもない。
「……わかりました。信用してあげます。それで、あの子はいつまで預かればいいんですか?」
「3日だ。3日後には医院のベッドに空きができるらしい。もしそれまでの間に目を覚ましても、医院に連れて行けば後の面倒は見てくれるってさ」
ソファーに寝かせた少女の顔を見る。
既に全身の傷は、俺の魔力と引き換えに完全に治癒しているはずなのに、少女は今もまだ目を覚ましていない。
アルベルト曰く、よほどの精神的ストレスをかけられた状態が何日も続いたことで、精神の方が疲弊しきっているらしい。
目を覚ますまでに1週間はかかるというのが彼の目算だ。
「舌の根も乾かないうちに……」
カーテナが恨みがましい視線を向けてきていることに気付いて、俺は慌てて少女の顔から目を逸らした。
「違うわ! ただ、何か引っ掛かる。どっかで見たことがあるような……」
人形のように整ったその顔立ちを見ていると、何か引っかかるような感じがするのだが、それが何なのか俺は掴みきれずにいた。
「ま、いっか」
俺の気のせいだろう。他人の空似の可能性だってある。
カーテナが作ったポトフを食べきった俺は、空の食器片手に台所へと向かった。
俺の朝食はこれで十分だが、カーテナとくーちゃんはそうもいかない。いつも通り、和な朝食を作ろう。
仕事もあるし、昨日のクエストの後始末もまだ終わっていない。やるべきことは山積みだ。
驚くほど忙しくなってきました。頑張りますが、学業優先にせざるを得ないので、少々の遅滞には目を瞑ってくださいませ。
1日早いですが、メリークリスマス。




