表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/159

叛逆の皇女-05

 病院の名前を村長に伝えて集会所を辞去し、俺は荷車を曳きながら、カタリナ支局から程近い町、テルンを目指して歩いていた。

 下腹部に当たる荷車の梶棒が地味に辛い。とっくの昔から息は荒くなっていて、『涼しい』から『寒い』に切り替わりつつあるこの季節に俺は汗までかいていた。成人女性3人が乗る荷車を曳いているのだから、当たり前と言っちゃ当たり前なのだが、体力の衰えが如実に感じられてショックだった。

 それも後15分ほどの辛抱だ。テルンはもうすぐそこだ。


 女性達は現在昏睡に近い深い眠りに落ちている。もちろん俺の魔術だ。

 女性の1人――サマンサというらしい――が、集会所で村長と報酬の返金や入院費の相談をしていたときに目を覚ましたのだが、彼女は激しく錯乱して大暴れし、挙げ句に自傷行為におよび始めた。このままでは自殺しかねないと判断した俺は、魔術で彼女を強制的に寝かしつけ、今に至る。

 『投影』で疑似テレポートを繰り返して帰ることも考えたが、村からテルンまでの距離を考えると到着よりも先に俺の脳が限界を迎えそうだったので、俺は村長に荷車を借りて2本の脚を使うことにした。たまには体を使うべきだ。


 テルンには『アルベルト医院』という小さな病院がある。院長のアルベルトはどこに出しても恥ずかしくない、いや、恥ずかしいのでどこにも出したくない変人だが、その腕前は確かだ。

 半年前、重傷を負っているのにオリハルコンのせいで回復魔術が効かないジェラルドを搬送した先がアルベルト医院だった。

 アルベルトはどうやったのか、オリハルコンを避けるようにしてジェラルドの傷を魔術で塞ぎ、その失われかけていた命をつなぎ止めて見せた。繊細に魔術を制御すれば誰にでもできるとアルベルトは言っていたが、同じことをやれと言われて真似できる気がしない。殊治療に関して言えば、俺なんかよりも遥かに高い技術を持つ男がアルベルトなのだ。流石、エリアルデ支局長が一目置くだけのことはある。


 残念ながら、今の俺の魔力量では彼女達の傷は完治とまでは至っていない。俺がこの女性達にできることと言えば、知っている範囲内で最高の医療を提供することだけだ。


 叱られた子供のようにしゅんとして俺の後ろをついてくるエアリアの様子が気になるところだったが、下手に声をかけるよりはそっとしておいた方が良いと判断し、俺は敢えて自分から声をかけることはしなかった。

 結局会話の1つも無いままテルンのすぐ近くにまで到達した俺たちだったが、無言はエアリアによって打ち破られた。


「ハルト……ちょっと待ってくれ!」

「ん?」


 突然の制止に驚いて振り向くと、エアリアが山道の両サイドに鬱蒼と茂る森の奥を凝視していた。

 俺もその視線の先に目を遣るが、暗くて何も見えない。

 龍族の視力に受験勉強で弱った俺の視力が太刀打ちできるわけもないのだけれど。


「何か居るのか?」

「……誰か倒れてるように見える。ちょっと待っててくれ」


 エアリアは『飛翔』を無詠唱で発動させると、空中を滑るように飛んで行った。

 すぐに灯火魔術の光が灯り、森の奥にぼんやりとした光源が生じた。

 

「ハルト、来てくれ! 人だ! まだ生きてる!」


 単純な距離と、茂る木々に遮られて減衰したエアリアの声が響く。

 俺は荷車に物理障壁と魔力障壁を掛けて保護すると、疑似テレポートを繰り返して灯火魔術のぼんやりとした光を目指し、移動した。


 エアリアは掌の上に薄い橙色の光を放つ球状の魔方陣を浮かばせ、草木が茂る中、しゃがみ込んでいた。


 橙色の光源が照らしていたのは、うつ伏せに倒れた1人の少女だった。

 

 フード付きの黒いローブを纏うその身は秋も終わりかけたこの季節の寒さに体温を奪われて、ひどく冷たい。長く伸びた金髪を後ろで1本に束ねていたらしいが、紐が解けかけていて髪が乱雑に広がっている。橙色の光の下でもはっきりとわかる血の気のない頬に、紫色に変色した唇。

 それでも首筋に手をあてると鼓動を感じるし、口元に手をやれば微かな吐息を感じる。まだ生きている。

 行き倒れだろうか。

 それにしては、小奇麗過ぎる気もするが。


 ちょうど病院に行く途中だ。ついでに運び込んでやろう。

 そう思って少女の身体を持ち上げようと、両腕を少女の身体の下に差し入れたその時。


 手に、生暖かいヌルヌルした何かが触れた。

 

「っ……!」


 何なのか、すぐに分かった。手を引き抜き、エアリアの灯火魔術の光で確認すると、やはり俺の腕は赤黒い液体で染め上げられていた。


「それ……!」


 以心伝心、言葉による意思の伝達なしに、エアリアと協力して少女をひっくり返し、仰向けにする。

 

 左下腹部に直径1センチほどの穴が開き、その周囲が湿っている。黒いローブのため赤くは見えなかったが、それが血だということは今更確認するまでもない。

 幸い寒さで代謝が低下しているためか、出血は傷の派手さに比して少ないようだった。しかし、腹に風穴が空いていることは変わりないし、出血が完全に止まっているわけではない。放っておけば命に関わる。


 改めて少女を担ぎ上げ、肩にかけるように持つ。血が服に染み込んできて不快だが、心臓の位置が傷口より低くなるので少しは止血効果もあるだろう。左手を差しだし、エアリアに指示を出す。


「エアリア、 俺の手首をつかんでくれ」


 俺の『投影』による疑似テレポートは直接皮膚が接触していることが条件となる。梅宮さんとは違って、そうしなければ正確な座標のイメージが難しいからだ。

 温かいエアリアの手が俺に触れたことを確認すると、俺は位置座標の書き換えを実行した。ほとんど一瞬で荷車の近くまでたどり着くと、荷車を覆っていた障壁を解除し、荷車の梶棒を掴む。

 女性達も荷車の一部として扱い、『投影』による座標の書き換えを連続で実行した。

 ここまで同時転移させる量が増えると、脳にかかる負荷も高くなる。徒歩にして僅か15分程度の距離だったからこそ可能な荒技だ。

 

 テルンに着いてからは人目に触れないよう上空で転移を繰り返したが、アルベルト医院の前に転移したその時だけはやむを得ず、人目もはばからずに空間移動を実行した。人の命がかかっているのだ。俺の都合は二の次だ。


 扉を蹴破るようにして医院に入る。


「もう診察は……まあ大変! 坊ちゃん、坊ちゃんっ!」


 流石にこの時間では営業していないようだったが、俺が血濡れの気絶した少女を抱いているのを見て、受付に立っていた老女――アルベルトはばあやと呼んでいた――は目を丸くして奥に駆け込んでいった。

 程なくして現れたのは、ボサボサ頭のくたびれた印象の男性、アルベルト。

 赤茶けた色の頭髪は、まるで泥に汚れているように見える。年の頃は30そこそこに見えるが、エリアルデ支局長の知り合いだから年は見た目通りではない可能性が高い。慌てふためくばあやとは対照的に、こちらは『もう少し慌てろよ』と思わずには居られないほどのんびりしている。

 

 そんなスーパーマイペース・アルベルトも、俺が抱きかかえている少女を見ると、ドタドタと慌ただしく車輪付きの木製ストレッチャーを運んできて少女を乗せるよう俺に言うと、奥の部屋に少女を連れて行ってしまった。

 この間僅か20秒。

 前回ここを訪れた時は、あまりのマイペースぶりにエリアルデ支局長が苦言を呈していたぐらいだ。ジェラルドを監視するためにこの医院に滞在していた俺は終ぞ機敏なアルベルトを見たことが無かったから、アルベルトは機敏に動けるという事実に俺が驚いてしまった。

 逆に言えば、アルベルトがマイペースで居られない程に少女は切迫した状態だったということでもある。


 とりあえず一番緊急を要する患者は預け終わった俺だったが、肩の力を抜くのはまだ早い。後3人、治療をお願いしなければならないのだから。


「ばあや、お久しぶりです」

「お久しぶりです。驚きましたよ、どうしたんです、あの子」

「ここに来る途中、森の中で倒れていたところを見つけました。アルベルトがあそこまで慌てたのも初めて見ましたよ。相当やばかったんですね」

「坊ちゃんは生命力を見る『目』を持ってますからね。あそこまで慌てるのは、患者の命が本当に危なくなった時ぐらいです」


 第三者の言葉を受けて、肝が冷える思いをした。負荷を無視してでも『投影』を使用して本当に良かった。うかうかしていたらあの少女は事切れていたかもしれない。


「後のことは坊ちゃんに任せておけば大丈夫ですよ。お茶でもお出ししましょうか?」

「いえ、先に入院手続きをお願いしたいんですけど」

「入院? どちら様が?」

「連れてきます」

 

 エアリアと共に荷車から女性を1人ずつ抱えて医院の待合室に置かれた柔らかいソファーに寝かせていく。

 ばあやはその女性たちの様子を見て、口に手をあてた。

 3人とも、着衣の乱れが激しい。ばあやはその様子から、俺が何故女性達をここに運んだのか察したのだろう。


「惨いことを……」

「強姦の被害に遭っています。『癒しの光』で応急的な手当てはしましたけど、完治には至っていません。真ん中の人は精神的なショックが大きかったらしくて、錯乱して暴れたので、3人ともまとめて眠らせています」

「……わかりました。傷の方は坊ちゃんがすぐに治してくれるでしょう。心の治療は、このばあやにお任せください」

「ありがとうございます」


 ばあやに深く頭を下げて礼を言う。

 今度こそ、俺は肩の力を抜いた。これで、やるべきことは全てやった。残った仕事は些末なものだ。

 リラックスした状態で、俺はばあやが入れてくれた紅茶を頂きながら、入院に必要な書類に筆を走らせていく。村長から聞くべきことは聞いていたので、これはそれほど困難ではなかった。

 全ての書類を書き終え、『紅茶美味しいです』と言ってからずっとニコニコしているばあやに書類一式を手渡した、その時。


「ばあや! エリアルデを呼んでくれ!」


 焦燥に駆られて頭をかきむしり、ボサボサの赤茶けた髪をさらにかき混ぜながらアルベルトが奥の部屋から出てきた。


 新たな波乱の気配がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ