叛逆の皇女-04
エアリアが泣き止むのを待ってから、俺は後処理を始めた。
まず最初に、血塗れで衛生上非常によろしくない状態のエアリアに浄化魔術をかけ、全身をもとの状態に戻した。
次に囚われていた人質を解放した。
人質は子供と女性の2組に分けられ、教会の右奥と左奥にまとめられていたのだが、問題はそのまとまりの外に居た3人の女性だ。
何をされていたのか、すぐに分かった。
3人のうち1人は気絶、2人は心神喪失といった状態で、反応が無い。止む無く俺は、この3人の身柄を一時的に引き受け、病院に搬送することを解放した女性の1人に告げ、エアリアと共に村に戻ってもらうことにした。
俺とエアリアの正体を訝しんでいたその女性だったが、俺がクエストの受注証明書と、俺の職員証を出すと、すぐに納得して引き下がってくれた。
助かった。
何しろ今から俺が行うのは完全に非合法な処理だ。
俺がエアリアと人質たちを村に帰したのは、『この非合法な処理を見られないようにするため』という理由もある。
ともかく何より先に行うべきなのは、盗賊共の欲望の捌け口に使われて消えない傷を負った3人の女性の治療だ。心の傷は魔術では消せないが、体の傷は魔術でも何とかなる。今の俺にできることと言えば、それぐらいだ。
魔力を封じた状態にあるので、『神の薬』のようなアホみたいな量の魔力を消費する術式は使えない。止む無く俺は、高等魔術『癒しの光』で代用することにした。治療にはそこそこ時間がかかるので、その間に『処理』を行うとしよう。
魔方陣の内側に3人を移し、周辺に光を100%遮断する障壁を張る。簡易的な暗幕だ。
まず目をやったのは、3人のすぐ近くから伸びている半ば乾いた血のラインだ。ラインの先端にはズタズタに裂かれた人間だったものが転がっていた。血の渇き具合を見るに、死んだ盗賊連中の中では多分最初に殺されている。
恐らくあの肉塊3つが現在治療中の女性3人に性的な暴行を加えているのを見て、エアリアのタガが外れたのだろう。
『投影』によって肉塊3つを浮かび上がらせ、教会のすぐ外に放り出す。他にも明らかに死亡している肉塊をいくつか教会の外に出し、俺は人の原型を留めている者の生死を確認していった。
結果、生存者はわずかに2人。全体としての生存者はわずか3人だ。
1人は俺がエアリアの爪を止めたおかげで命を拾ったラッキーな男。もう1人は片腕が無くなっていたが、しぶといことにまだ息があるようだった。最後の1人は教会上空に『風蛇』で囚われて失神していた男だ。
腕が無い方の男は放っておけば出血多量による死が確定しているが、女性3人に『癒しの光』をかけている現状、こいつにまで回復魔術をかける余裕はない。次善の策として、俺は火炎系魔術で傷口を焼くことにした。気絶というかほとんど仮死状態みたいな状態だったので、痛みを感じることはなかっただろう。
俺が仮にここで苦労して腕を繋げたとしても、こいつの末路はどうせ死刑だ。
エアリアが憎しみに我を忘れることなく、粛々とクエストをこなしてこいつらを憲兵に突きだしたとしても、結局どうせこの盗賊共は死んでいた。この世界の未発達な法律でも、いや、未発達だからこそ、割と簡単に死刑が下る。
そのあたりに、俺が『処理』を行わなければならなくなった理由がある。
どうせ死ぬなら別に誰が殺しても同じことだと思うのだが、法律というのはそうもいかない。
エアリアが、いかに盗賊とはいえここまでの数の人間を殺したとリアナ公国の中央に知れれば、ほぼ確実に面倒なことになる。完璧に機能しているとは言い難いこの世界の司法システムだが、そこに『種族間対立』が絡むと話は別だ。
断言しよう。確実にエアリアを恣意的に罰しようとする輩が現れる。
経験則からいって、ほぼ間違いない。アルキドア帝国に居た時もそんな感じのことがあったし、この国でもそういうことは何度かあった。
強い力を持つ龍族を筆頭に、異種族を排斥しようとする人間は少なからず存在する。この国の大公は異種族に寛容な立場をとっているが、その下は一枚岩ではない。中には龍族その他を目の敵にしている輩だっている。そういう連中にこの事を知られたくない。エアリアをそんな面倒事に関わらせたくない。
受験勉強時、俺の最大最強の敵は世界史だった。世界史では世界の至る所で起きた種々様々の戦争についても習うが、かなりの割合で人類が起こす戦争の火種は『宗教』か『民族』だった。
それはこの世界でも同じだ。
いや、性質の悪さという点では元の世界を上回っているかもしれない。
異種族の弾圧を正当化する『宗教』の一派が存在していて、そこそこ広まっているのだ。
『神の名の下』という枕詞がつけば、彼らはそれで自らの行いが正当化されたような気がするらしい。宗教意識が異常に希薄な国に生まれた俺には理解できない話だが。
そういう奴らは『悪逆の盗賊を村人を助けるために殺した』というストーリーよりも『龍族が多数の人間を殺した』というストーリーを好む傾向にある。だから『神の名の下』に龍族を排斥するのは当然だ、と主張する。
俺が恐れているのは、リアナ公国がエアリアの敵に回ったり、或いはクソ宗派の総本山あたりからエアリア討伐クエストが発注されるような事態だ。
今から俺が行う『処理』は、エアリアが殺した盗賊達を秘密裏に埋葬し、教会内に残る証拠を全て隠滅することだ。
この1件が中央に知れると決まったわけではない。俺は神経質になり過ぎているかもしれないと思わないでもないが、用心するに越したことはないと思う。
当然これからの俺の行動は犯罪である。
殺人の隠蔽に、死体の遺棄といったところか。
しかしどうせこの国の司法はまともに機能していないので、バレることは無いはずだ。
そもそも盗賊なんて輩が存在し、無法者が平気な顔をしてそこら辺を歩いているこの世界で、犯罪もクソもない。そんなことをイチイチ気にしていたら、この世界では殺されてしまう。
クソな法を運用する側までクソなので、この世界における『法』とは、異種族弾圧の道具か、権力者の権力発露といったところだ。
もっと別の言い方をすれば、『守った方が良いけど守らなくても別にいいもの』になる。単なるお飾りだ。
要するに、自分の身は自分で守れ、ということだ。
クソッタレの法がどうせ俺たちの身を守ってくれないのならば、先手を打って俺たちに降りかかろうとする火の粉を払うしかないのだ。
理不尽だが、それこそがこの世界の原則だ。
♢♢♢
人質を引きつれて村に戻ると、村人達が憔悴しきった顔に笑みを浮かべ、あれほど荒みきっていた目に涙を浮かべて、盗賊の脅威が去ったことを喜んだ。
先ほど私の胸ぐらを掴んだ男が進み出てきて、興奮気味に言う。
「言われた通り、包帯と焼きゴテを用意したぞ。盗賊共はどこだ」
「……済まない。捕獲クエストは失敗した」
「失敗した……? じゃあ、まさか奴らに逃げられたのか!?」
男が声を張り上げると、喜びに湧いていた村人たちが、水を打ったように静かになった。
言いだし辛いことではあったが、しかし、言わねばならない。どうせ人質には知られていることだ。
「違う。殺した」
「殺したって……、ガルムの連中全員をか!?」
「全員ではない。2、3人は生きているはずだ。そいつらは今頃ギルドの職員が憲兵に引き渡した頃だと思うが」
静まり返る集会所。
次の瞬間、炸裂するように轟き、場を満たしたのは歓声だった。
村人たちが喜びを爆発させる中、集会所の扉が開いた。誰も気に留めてはおらず、騒ぎ立てる声はやまない。どころか、私が消毒薬代わりに要請した酒を呑み出す者も居て、宴会のような様相を呈し始めている。
誰にも注目されない中、扉を開けて入った来たのは、ハルトだった。
「エアリア、村長と話したい。どの人か分かるか?」
「中央に座ってる老人だ」
ハルトは老人の許に歩み寄ると、他の村人達の声にに掻き消されて聞こえないぐらいの音量で村長と会話を始めた。多分、ギルドの人間として、私のクエストの失敗についていろいろと話し合っているのだろう。報酬の支払いがどうとか、返金がどうとか。
本当に申し訳ない。ハルトには迷惑をかけっぱなしだ。
ハルトと村長の2人だけが歓声から切り離されて真剣な表情を浮かべているが、他の村人たちは気色満面だ。
盗賊の死を喜ぶ村人たちの歓声は、私に複雑な思いを抱かせた。
こんな風にその『死』を喜ばずにはいられないほどに、盗賊はこの村で暴虐を働いた。
金目の物を奪い、抵抗する者を殺し、女子供を人質に更なる要求を突き付ける。死んで当然の奴らだとは思う。
この歓声は、私が犯した殺人を正当化しているようなものだ。
しかし、私がしたことは本質的には盗賊とは何も変わらないのだ。
自分の内側から湧き上がる感情に任せて力を振るい、命乞いを踏みにじって殺す。
欲望の赴くままに人を傷付け殺す盗賊共と何が違うというのか。
歓声がイコールそのまま略奪者としての私を称える声にも聞こえて、私はいたたまれなくなった。
何も人を殺すことが初めてだという訳ではない。龍族の娘はそれだけで命を狙われることだってある。生き残るために私の命を狙う者を殺したことは1度や2度ではない。
おじいちゃんに会いたい一心でとにかく名を売ろうとしていた頃なんて、特に酷かった。『粋がってる龍族の娘が居る』という理由で、よく分からない宗教組織から刺客を送り込まれたりした。そういう人間を、私は『自分が生き残るため』というある意味最も利己的な理由で叩き潰してきたのだ。
それなのに、どうして今頃盗賊を殺したことでここまで動揺しているのか。
その理由は分かっていた。
生き残るためという喪失を避けるためのパッシブな理由からではなく、過去の憎しみから生じた殺意というアクティブな理由で人を殺したことは、これが初めてだからだ。
なんて、村人たちを遠巻きに見ながら考えていた私の許に、男が1人進み出てきた。
男性にしては長い金髪を後ろで縛った、黒々とした肌を持つ男性だ。
周囲の笑みを浮かべている村人たちとは対照的に、その男の表情は曇ったままだった。
「あの、娘さん」
「エアリアだ。何だ」
「人質に取られてたうちの嫁がいないんだ。人質は、全員連れ帰ってきたのか?」
息を呑む。
恐らく、ハルトが治療のためにカタリナ支局近くの病院に搬送すると言った3人の女性の1人が、この男の嫁なのだ。
どうして連れ帰ってこれなかったのか、その理由を説明すれば、この男はどうなってしまうのだろうか。
しかし、言わないわけにはいかない。いつかは知れることだ。
意を決して、私は口を開いた。
「……連れ帰ってこれなかった人質が、3人居る」
「連れ帰ってこれなかったって……まさか!」
私は首を振って省かれた言葉の先を否定する。
「生きている。傷は全部治療済みだが……、正直目も当てられない状態だった」
問題なのは、体の傷ではない。
身体の傷なら魔術でどうにでもなる。しかし、心に負った傷は、魔術ではどうしようもない。
「……そんな……まさか……まさか……」
「そこで村長と話しているギルド職員が良い病院を知っている。ひとまずそこに運び込んで、一通りの治療を施す予定だ。連れてこれなかったのはそのためだ」
男は崩れ落ちるように座り込み、両手で顔を覆った。
「……間に合わず、済まなかった」
「……いいんだ。君はよくやってくれた。命があっただけでも……」
そう言う男の声は震えていた。
かつての私と同じならば、哀しみ、悔しさ、怒り、無力感が入り混じった複雑な感情を持て余し、今すぐにでも暴れたい衝動に駆られているはずだ。
彼女たちを傷付けた盗賊は、『風刃』を使って最大限の苦痛の中削り取るように殺したことを伝えても、この男にとっては何の意味も無い。
私の里親を殺した盗賊が引き裂かれる場面を見ても、何にもならなかった。それと同じだ。
ただ、この男の嫁は生きている。心に傷を負っても、まだ生きている。生きていればやり直しは利く。先に進むこともできる。
失われた命は2度と返らない。殺したという事実も、殺されたという事実も、2度とは覆らないのだ。
書き上げてから「重たすぎるかな」と思いましたが、『弱肉強食の異世界』を描く上で必要だと思ったので、そのまま行くことにしました。




