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叛逆の皇女-03

「様子を見に来て正解だったな」

「ハルト……」


 悪戯がバレた時のような、嘘が露顕した時のような気まずさがあった。

 この人には見られたくなかった。血にまみれた今の私を、この人にだけは見られたくなかった。


 私は半ば無意識的に部分解放を止めて、爪と鱗を引っ込めていた。


 寸でのところで命を拾った盗賊最後の生き残りは失神していた。


「エアリア」


 何を言われるのか恐ろしくて、私は思わず体をピクリと震わせた。

 否定される。糾弾される。他でもない、ハルトに。

 それが堪らなく恐ろしい。


 しかし、ハルトはそうはしなかった。


「俺は君を否定しない」


 言葉を選ぶよう、逡巡しながらハルトは言う。


「ノーリッドの渦中に居た君は、俺なんかよりもたくさんのものを奪われたんだと思う。憎しみを募らせて当然だ。少し考えれば分かったことなのに、無神経なクエストを斡旋した俺が悪かった。すまなかった」

「違う……ハルトは悪くない」


 悪いのは、私。

 自分を制御できなくなって、憎しみと恨みのままに爪を振り回し、魔中を行使した。


「私は……私は……」

「エアリア、もう一度言うぞ。俺は君を否定しない。君は盗賊共を殺したが、それ以前にこいつらは何人もの人を殺してきている。君は悪くない」

「……悪くない……?」

「君は悪くない。だから俺は盗賊を殺したことに関してとやかく言うつもりはない。まあ、クエスト失敗については文句を付けるべき立場なんだけど、正直どうだっていい。だけど」


 そこで、ハルトの表情が曇った。

 何を言われるのか恐ろしくなって、私は一歩後ずさった。それだけにとどまらず、膝から崩れるように座り込んでしまった。


「憎しみだけのために力を振るうのは、これっきりにしよう。力には使い方がある。道を踏み外せば、君もこいつらの同類になってしまうかもしれない。君にそうなって欲しくない。完全に俺のエゴだけど、とにかく嫌なんだ」


 血塗れた手を見る。

 こんな風に憎しみに囚われて、盗賊を血祭りに上げていった先に残るのは何だろう。

 

 人の死は少なからず周囲に影響を与える。その死が他者によって理不尽に強制されたものだとしたら、尚更だ。

 悲しみは怒りと憎しみを生み、怒りと憎しみは復讐を生む。ちょうど、今の私のように。

 そうやって連なった復讐の鎖に自分を加えれば、いつかは私も誰かの憎しみの対象になる。


 私は、もう鎖の1つになってしまったのだろうか。それとも、まだ戻れるのだろうか。


 ハルトが『そうなって欲しくない』と言うのなら、私は……。


「私は……まだ戻れるのか?」


 縋るように、ハルトに問う。

 ハルトは笑みを浮かべ、手を差し伸べてきた。


「もちろん」


 差し出された手を握ろうとしたところで、自分の手が血で汚れていることに思い至り、握る直前で躊躇してしまった。しかしハルトは、そんなことは全く気にしていないようで、中途半端なところで止まった私の手を握りしめた。


 その手の温もりを感じた時、私の心を席巻していた憎しみが再び奥深くまで封じ込められていった。憎しみが消えることは無い。一緒に生活したもう1つの家族を私が忘れない限り、この憎しみが消えることは決してあり得ない。だけど、もうこの憎しみに振り回されるようなことは無いと――根拠はなかったけれど――思えた。


「う、うぅ……」


 目から零れ落ちる涙を、自然と漏れる嗚咽をもう止められなかった。


 私はノーリッド村の皆が殺され、ハルトが彼らを殺した盗賊を皆殺しにした後、結局1度も涙を流さなかったのだ。

 泣いたら負けだと、そう思っていた。私自身の命以外のほぼ全部を奪っていった盗賊共に、心まで屈してしまうような気がしていた。


 それも、ここまでだった。


 子供のように声を上げて泣く私を、ハルトは側で見守ってくれていた。


 人質になっていた村の女たちから見れば、盗賊を惨殺した挙句、死体が転がり血の匂いでむせ返るようなさびれた教会で、血塗れで泣きわめく私を不気味に思ったことだろうが、私にはそんなことを気にする余裕は無かった。


 私は、涙と嗚咽と共に、心に溜まった澱を少しずつ放出していった。


短いですが、話の区切れ目なのでここで一度切ります。


ノーリッド村の惨劇を話に出したのは『放浪する嵐龍王』の序盤だったと思います。エアリアに関してあれを書いた辺りから温めていた設定をようやく放出できました。

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