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叛逆の皇女-02

 村長の言うとおり、村外れの教会はすぐに見つかった。様式からしてメシア教系統の教会だったのだろうが、廃れてから相当の年月が経過しているらしく、外壁はボロボロだ。


 見張り番らしき男が教会前に立っている。見張りはその男1人だけらしい。


 中に居る盗賊に武器を取る時間を与えたくない。人質を殺される可能性があるからだ。となると、可及的速やかに見張り番を排除する必要がある。

 魔力を練り上げ、術式を構築する。

 操風系高等魔術『風蛇』発動。


 濃い緑色の光を放つ魔法陣が現れ、私の魔力を帯びた気流の塊が、蛇のように魔法陣から飛び出していく。

 見張りの男も流石に異変に気付いたようだったが、もう遅い。

 風の蛇は男を飲み込み、上空へと運び去っていく。悲鳴を上げように、お、絶えず渦巻く気流の流れが音を遮って響くことはない。練り込んだ魔力が尽きるまで蛇は上空をぐるぐる回り続け、男を気流の内腑に閉じこめ続ける。

 練り込んだ魔力量から考えて、『風蛇』の持続時間はおよそ30分と言ったところだろうか。それまでに下ろしてやらなければ、見張りの男は地面と同化することになる。

 一応生きたまま捕縛するというのが条件になっているから、死なれては困る。手早く片付けることにしよう。


 人化の術、部分解放。灰色の鱗の一部と爪を顕わにする。


 魔力で直接風を繰り、烈風を教会の扉に叩きつける。

 老朽化した扉は砕けるように細かい破片に変じた。酒の匂いが漂ってきて、私は思わず顔をしかめた。


 薄暗い教会に足を踏み入れる。


 一様の派手な皮装備に身を包んだガラの悪い男が20名弱。

 宴会でも催していたらしく、酒瓶が至る所に転がっている。突然の侵入者に言葉を失くしていたが、そこは非合法稼業に従事しているだけあって、反応は比較的早かった。


「誰だテメェ!!」


 最も近いところに居た男が大きな声で喚きながら近づいてきた。酒のせいで判断力が鈍っているらしく、武器も持たずに。

 胸ぐらを掴もうと腕を伸ばす男。私は手首と肘の間辺りを爪で切り裂き、返り血が飛ぶ前に暴風を起こして横合いに吹き飛ばした。豪奢な柱に叩きつけられ、悲鳴ひとつあげる間もなく男は崩れ落ちた。

 主から切り離された手が、石造りの床に落ち、鈍く音を立てた。


 さっと教会内の様子をうかがう。

 端の方で縛り上げられている子供たち。数は8。

 子供と反対側の角には、猿ぐつわを嚙まされ、腕を後ろに縛られた女性たちの姿。数は9、3人足らない。


 どこにいるかは分かっている。


 記憶が再燃し、憎悪が顔を出す。

 ノーリッドでの惨劇が、鮮明に想起された。

 奥歯を噛み締め、私は衝き上がる衝動のまま、魔術を発動した。

 操風系高等魔術、『風刃』。

 俗称をカマイタチという、風の刃。

 対象は、視界の片隅でヘコヘコと不快な前後運動を繰り返している3人の半裸の男達。

 

 私の周囲の大気が一瞬緑色に輝き、次の瞬間、数多の不可視の刃を秘めて男達に殺到した。刃を作るのは憎悪。刃を研いだのは恨み。明らかに致命に至る威力を図らずも与えてしまったが、止めようとは思わなかった。


「ギャアアアアアアアァァァァ!!」


 魔力を帯びた風が通り抜ける過程で、数百数千にも及ぶ数の刃が男達を表面から削っていく。あっという間に血達磨に変じ、風の勢いに押されて吹き飛んでいく男達。その下から現れた憐れな村の女性たちの数、3人。かなり気を遣って制御したので、『風刃』は人質に傷を付けることはなかったが、単なる切り傷とは比べ物にならない『傷』が既に彼女たちには刻み込まれてしまっている。


 その事実が、憎悪を封じ込めていた蓋をさらに大きく開いた。


 ハルトには『大丈夫』だなんて言ったのに、この様だ。結局私は、あの惨劇を克服したつもりで居ただけで、実のところは克服どころか憎悪を心の奥底で培養していただけのようだ。

 しかし、そんな自分を止める気にはなれなかった。


 かつて私の目の前で、全身血濡れになりつつ盗賊達を文字通り引き裂き、肉片に変えていったハルトの姿を思い出す。

 憎悪に染まり、その双眸は紅く怪しい光を放っていた。畏れ戦き逃げる残党を、結界を張ってまで村に閉じ込めて1人1人その手で屠っていった。

 凶行を招いた心に深く根を張る暗い部分は、彼が持つ底なしの情の裏返しだ。

 村を襲った惨劇を目にし、涙を流しながら怒り、暴走したハルト。

 今の私は、同情をベースに怒った彼とは違う。私の根底にあるのは、憎悪だ。

 勝手な都合で他人を傷つけ、他人の痛みをわかろうともしないクズが居る。そのことが、憎悪と恨みを下敷きにした、狂おしいまでの使命感を生んでいた。


 もともとはおじいちゃんから独り立ちするために必要なお金を稼ぐことが目的だった。金のためだと割り切って考えていた。

 しかし、それが揺らいだ。

 封じ込めていた憎悪のために。


 盗賊共が口々に喚いているが、全く耳に入ってこない。

 それよりも今は、この身を焼くような憎悪を発散する方が先だ。


 思い思いに武器を取り、愚直に突進してくる盗賊を見据える。

 その姿と、ノーリッド村を襲った盗賊の姿が重なった。


 お前たちはクズだ。一瞬で死なせるなんて、もったいない。悪党には罰を。クズには苦痛を。

 

 心の内で燃える冷たい炎を自覚しつつ、私は理性ある暴虐に身を投じた。


♢♢♢


 盗賊の数は最後の1人にまで減っていた。

 残りは四肢のどれかを失ったり、血達磨になったりしてそこら辺に転がっている。

 ドアの前に転がっている赤黒い物体は、怯えて逃げ出そうとした盗賊の成れの果てだ。1人たりとも逃さない。私にはハルトのように高度な結界魔術は使えないが、風の力で空間を制圧することなら容易い。

 逃げ場は無いと悟った盗賊たちは死に物狂いで剣を取り、跳びかかってきたが、魔力強化すらされていない剣では私の爪に傷一つ付けられない。剣を弾き、風でいなし、爪を振るう。ただそれを繰り返すだけで、盗賊は血を噴いて倒れていった。

 途中から、返り血を浴びることさえ気にならなくなっていた、不快だったが、後で浄化すればいい。


 最後の盗賊が曲刀を握る手に力を込めた。


「テメェ……」


 押し殺したような怒りの声を上げる盗賊の1人。


 貴様らが怒りを感じるということが、そもそも間違いだ。

 仲間や家族を理不尽に殺された者の悲しみや嘆きに耳を貸したことはあったか。残された者の感情を考えたことはあったか。

 どうせ無いのだろう。

 だったら、私が教えてやる。同じ目に遭わせて、貴様らの略奪と暴虐がどんなものなのかを骨の髄まで教えてやる。


 さて、どうしてくれよう。

 『風刃』で血達磨にするか。爪で引き裂くか。それとも上空に巻き上げて自由落下させるか。

 どうすればこいつは、奪われる恐怖を感じるだろう。


 盗賊が床を蹴り、曲刀を力任せに振るってきた。

 曲刀の刃に爪を合わせる。硬質なキン、という音が響く。弾かないように注意しつつ、私は男を後ろに流すように剣を払った。突進してきていた男はたやすくバランスを崩し、盛大な音を立てて床を転がる。たまたま転んだ先に私が『風刃』で引き裂いた肉塊が転がっていて、盗賊はそこに顔から突っ込んでいった。


 血まみれになった顔を跳ね上げた男は、つい一瞬前に自分が顔を埋めていたモノの正体を知ったようだ。

 曲刀を取り落とし、ガタガタと震えだした。


「ひ、ひ……」


 仲間の末路を再確認して、恐怖を感じたらしい。

 

 私は振り返り、男の側までに歩み寄った。

 私の接近に気づいた男が、仲間の血でぬめる石材の上をぺちゃぺちゃと湿った音を立てながら尻もちをつきながら後ずさっていく。必死で床を蹴って私から距離を取ろうとしているが、血で滑ってなかなか距離を取れないでいる。

 それが更なる焦りと恐怖を生み、男を錯乱させていく。


 それが恐怖だ。

 お前が全てを奪った者達が、最期の最期に感じたものだ。


「い、命だけは……命だけはぁ!」


 情けない声を上げる盗賊。威勢よく突っ込んできたのが嘘のようだ。完全に心が折れてしまっている。


「そうやって命乞いした者達を、お前は見逃したことがあるか?」

「ひ……」


 それだけ言って、爪と爪を擦って音を鳴らすと、盗賊は小さく悲鳴を漏らした。


 ガクガクと震え始めた男を一瞥して、爪を掲げるように振り上げ、首を狙って振り下ろす。


 死ね。


「そこまで」

「!?」


 爪が盗賊の首に食い込もうとしたまさにその時、私の爪を素手で掴み取った者が居た。

 いつからそこに居たのか、前兆どころか気配すらしなかったが、とにかく突然現れて、私の爪を止めた。容易く盗賊達を切り裂いた、私の爪を。

 

 半ば反射的に、爪を止めた者の正体を確認しようと首を跳ね上げた。

 その正体を見て、私の心の内で渦巻き猛っていた憎しみの代わりに困惑と戸惑いが生まれた。


「どうして……」

「憎しみってのはそう簡単に消えないものだって、俺にも覚えがあるからね」


 私の爪を寸でのところで止めたのは、タカス・ハルトその人だったのだ。

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