叛逆の皇女-01
「24番のお客様」
「私だ」
名乗り出てきたのは見知った顔だった。
灰色のローブのようなゆったりとした衣を纏った、切れ長の瞳を持つはっきりとした顔立ちの女性。祖父から受け継いだらしいグレーの長髪を後ろで束ねた長身の女性は、隣室に住む俺の恩人の孫娘、エアリア。以前とは違って、角を隠している。
「3番カウンターにどうぞ」
いくら知り合いとは言っても、仕事は仕事、プライベートはプライベートだ。しかし知り合いと話すのに普段使わない敬語では違和感があるので、俺は普段通りの言葉遣いで対応することにした。
「珍しいな。テンペスタさんを探してた時以来かな」
「そうなるな。あの時はとにかく噂を広めたかったからギルドのクエストを結構こなしていたんだが、最近はからっきしだ」
朗々と彼女が『嵐龍王』を自称した日を思い出す。
随分と昔のことのようだが、実際にはまだ半年ほどしか経っていない。あれからアルキドア帝国と喧嘩したり、『魔神』と闘ったりと濃密な時間を過ごしたから、そう感じるのだろう。
「で、今日はどんなクエストをお探しで?」
「報酬が高いのを。Aランクまでなら大丈夫だ」
「貯蓄が目的かな。目標額を教えてくれば連続クエストを組めるけど」
「じゃあそれで頼む。目標額は……200万ぐらいだ。いつまでもおじいちゃんの部屋に住むわけにもいかないからな」
「ちょっと待ってて。クエスト選ぶから」
今日の朝付けで確認したクエストは、職員に配られる一覧表に記されている。同期魔術をかけた紙を使っているので、クエストにバツ印を付ければ他の職員が持つ一覧表にもバツ印が反映される優れものだ。
高額報酬の依頼は総じて難易度も高い。
200万もの大金を稼ごうとするなら、高難度クエストをいくつかこなすのが最も手っ取り早い。
エアリアの実力は折り紙つきだ。操風系魔術の腕前はそう遠くないうちに祖父の域にまで達することだろう。そんな彼女なら、現在カタリナ支局で取り扱っている最高難度のAランククエストを割り振っても特に問題はないはずだ。
一覧表の中でも特に報酬額が高いものをピックアップしていく。
俺はその中でも特にコストパフォーマンスの高いクエストをいくつか選び、大きくバツ印を付けた。
『叛逆の皇女』の捕縛。
A級魔獣オロチの討伐。
手配盗賊団の捕縛。
魔境の生態調査。
「エアリア、このA級クエスト4つで200万になる。何か問題はあるかな?」
エアリアの過去の経験を考えると、盗賊団が絡むようなクエストは避けた方がいいかもしれないと考えたが、しかしこれ以外だとこなすべきクエストの数が1つ増えてしまう。
「特に無い」
「盗賊団は、大丈夫か?」
「気にしなくていい。今の私は昔の私とは違う。かつてハルトがそうしてくれたように、今度は私が助ける番だ」
取り越し苦労だったようだ。
俺は今でも盗賊団に襲われて惨劇に塗れたノーリッド村のことを忘れられない。命を失い転がる村人だった肉塊を、赤く染められた収穫間際の畑を、そして、盗賊達を引き裂いた時のおぞましい感触や断末魔を、俺は一生忘れない。
あの当時まだ非力だったエアリアは、俺なんかとは比べ物にならない絶望と、恐怖と、喪失感と、無力感を味わったはずだ。
それら全てを踏破し、先に進むことがどれほど難しいことか。
俺はエアリアがうらやましいくらいだ。
「順番は……、まずは手配盗賊団の捕縛からにしよう。生態調査はいつでも問題無いし、オロチは魔境に入らないと見つからないから生態調査のついでにこなせばいい。『叛逆の皇女』ってのは詳細不明だから、また詳しい情報が来たら知らせる」
「分かった」
「俺にできるのは捕獲した盗賊団の引き渡し先の指示と、依頼してきた村の位置を教えることだけだ。詳しいことは向こうで説明してくれる。クエストが終わったら、また支局に来てくれ」
「了解だ」
エアリアは席を立ち、渡した地図片手に支局から去っていった。
♢♢♢
『飛翔』によって、私はハルトから地図を受け取ってから2時間後に盗賊団捕縛を依頼した村に到着した。私は、その惨状に唖然となった。
焼け焦げた家に荒らされた田畑。魔術による攻撃を受けたと一目で分かる有様だった。
何よりも酷いのが、村に住む人々の目だ。
外から来る者を疑い、時に憎悪すら含む目線。
手遅れかもしれない。私はそう思った。
「あんな小娘に何ができるんだよ」「村の蓄え全部使ってんのに、どういうことだ」「村長、追加で依頼出しますか」
などと、隠す気も無いような声量で村人たちは不信感を露わにしていた。
正直言って、鬱陶しい。
しかし、この人たちは盗賊によって生活を破壊され、場合によっては大切な人を喪っているのだ。訳の分からない理由で私が責められるのは嫌だが、この人たちの気持ちも分からないわけではない。私がそうだったのだから。
「で、私は何をすればいいんですか?」
一向に詳細を話そうとしない村長を急かす。そうしてようやく、年老いた村長は口を開いた。
「手配盗賊団『ガルム』の捕縛をお願いしたい。奴らのせいで、村は滅茶苦茶じゃ。奴らは週末までに2000万用意せねば、村を焼いて皆殺しにすると脅してきおった」
「根城は分かっているのか?」
「村外れの朽ちた教会に住み着いておるようじゃ。場所は、目立つからすぐ分かる」
根城があるなら事は楽だ。一か所に固まっているクズ共を一掃するだけなら30秒で十分だ。しかし、こういうタイプの依頼には、必ずついて回ることがある。
「人質は」
短く切り出す。これで通じる。
「女が12人、子供が8人……」
絞り出すような村長の声。
それもそうだ。
クズに倫理は無い。女性は、今頃はもう……。子供の方はサンドバッグ代わりに扱われていることだろう。
私にできることは、1つだけだ。
「潰してくる。縄と、薬や包帯、アルコール度数の高い酒をたくさん用意しておいてくれ」
「薬……?」
「盗賊共に使う」
「テメェふざけんな!」
村長の横で、陰口も叩かず目を瞑って黙っていた男が、突然私の胸ぐらを掴んできた。
しかし、すぐに威勢は衰え、手を離した。
「……悪かった。カッとなっちまった」
村の資材がこれ以上少しでも盗賊のために削られるのが耐えられないのだろう。憔悴しきったその表情を見れば、この男がどれほど苦悩しているかは透けて見えるようだった。
「誤解があるようだな。薬と包帯と酒が必要なのは、盗賊共を死なせるわけにはいかないからだ。私が受けたクエストは『捕縛』が条件になっている。だが、手足の1本ぐらいは弾いてしまいそうだから、身柄を引き渡すまで生き延びてもらうためにはどうしても必要なんだ。頼む」
「……村の備蓄は少ない。あまり量は無いぞ」
「じゃあ焼きゴテでも用意しておいてくれ。止血と消毒ができればなんだっていい」
ぞんざいにそう言うと、私の胸ぐらを掴んだ男が口元を緩めた。
「ああ、とびっきり熱したのを用意しておく」
踵を返し、私が集会所から出ようとしたその時、今度は別の男から声をかけられた。
「待ってくれ」
「何だ」
進み出てきたのは、線の細い色白の男性だった。
「アンタ、強いのか。悪いが、信用できないんだ。もしアンタがガルムの連中よりも弱かったら、報復のために俺たちは週末を待たずして殺されるかもしれない」
色白の男性が発した言葉に賛同の意を示し、野次を飛ばしてくる者も居る。集会所内はあっという間に喧噪に包まれた。
「なるほどな」
確かに、人より少し背が高いだけの私を見て、そう思うのも無理はない。
ならば、一目で分かる印を見せるとしよう。言葉を重ねるよりも、その方がよっぽど効果的だ。
人化の術、部分解放。
「……! アンタ……」
「私は龍族だ。名をエアリアと言う。祖父にはまだまだ及ばないが、盗賊如きに後れを取る程弱くはない」
集会所内が、水を打ったように静かになった。憎悪が裏返り、期待の視線を送る者も居た。
本当は隠しておくつもりだったのだが、私が龍族であることを知らしめることによって多少なりとも心安らかになるというなら、まあ、構わないか。
今度こそ私は、集会所を後にした。
シリアス開始。と言っても途中で日常パートも挟むので、オールシリアスとはならない予定です。




