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ハルトの和食研究日誌 こんにゃく編-02

 パエリヤもどきを食べ終え、魚介のスープを飲み干し、海の珍味(正体不明)なるものをつまみ、俺達は昼食を終えた。結構豪華だ。普段昼飯にはあまりお金をかけずに安いサンドイッチだけで済ませているので、何とも新鮮な気分だった。


「で、ハリカさん、何かあったんですか?」

「何かって?」


 小首を傾げ、キョトンとしているハリカさん。


「いや、何か俺の仕事で不手際があって、クレームが来たとか」

「そんなことあるわけないじゃないですか。ハルトさんの仕事でクレーム付いたら、うちのギルドに仕事できる人いなくなっちゃいますよ」

「あれ、じゃあ、何で……」


 どう誤魔化すか、必死になって考えていたのだけれど。


「ただ一緒にお食事したかったから誘っただけですよ。仕事の話をするために呼んだと思ってました?」

「ええ、まあ」

「だから食事の最中難しい顔してたんだ」

 

 ほんの少し、ハリカさんは寂しげな表情を浮かべ、すぐに普段の笑みに戻った。

 表情に出ていたか。これは申し訳ないことをしてしまった。


「すいません、女性と食事をとる経験に乏しいもので」

「いえ、いいんです。あの……また誘ってもかまわないですか?」

「ええ、もちろん」


 当ては外れたが、外れた方が俺にとってもエリアルデ支局長にとってもありがたい。小細工がバレてなくて幸いだ。

 だけど、そうだとしたら、どうしてハリカさんは俺を誘ったりなんかしたのだろうか。

 疑問が残ったまま会計を済ませて店を出、ギルドへの帰路に就いた。


♢♢♢


 レストランやカフェなどが集まる食品店街を抜けると、取れたての野菜から怪しげな呪具まで取り扱う市場の通りに出る。

 俺は、そのうちの一つ、山菜を専門に取り扱う店の前で脚を止めた。どうしても気になるモノがそこにあったのだ。


「どうかしました?」


 脚を止めた俺に気付いたハリカさんが寄ってきて、俺の視線の先を追う。視線の先にあったモノは。


「何ですか、これ」

「多分、こんにゃく芋だと思います」

「コンニャク……?」

「地元の郷土料理の材料です」


 地元というか、元居た世界の食品だけど。

 昔、まだ俺が小学生だった頃に使っていた学習ノートは裏表紙に植物の写真とその説明を載せていたのだが、確か俺が3年生の時に漢字練習帳として使っていたノートに載っていたのがこんにゃく芋だった。

 大きな地下茎に少しだけ飛び出した芽のようなもの。見た目はノートにあった写真そっくりだ。


「おや、アンタ、この芋に興味あるのかね」


 山菜屋の白髪を短く刈り込んだ爺さんが、俺の熱視線に気づいて声をかけてきた。


「ええ、ちょっと」

「だったら全部持って行け」

「え?」


 お代は?

 そう思って値札を探したが、よく見れば、こんにゃく芋に相当する値札がどこにもなかった。


「何かの芋だと思って掘ったのはいいが、全然売れんくてな。ちょうど新しい商品を置こうと思っておったところだ。構わん、持って行け」

「あ、ありがとうございます」


 こんにゃく芋を頂いた。無料で、5個も。

 それは大変うれしいことだし、爺さんに感謝しなければいけないことなのだが、一つ気になったことがあった。

 こんにゃく芋はシュウ酸カルシウムを含んでいる。食べるとえげつない形の針状結晶が生成して、粘膜という粘膜を荒らしまわるとんでもない物質だ。化学の参考書、無機分野・カルシウムの項目に確かそんなことが書いてあった。

 さて、この爺さんはこんにゃく芋がそんな毒物を含む芋だと知っていただろうか。

 ……知らないだろうなぁ。

 幸いなことに誰一人としてこの芋を買っていた人は居なかったらしいから全く何の問題にもならなかったが、場合によってはこの爺さん、商店街から追放されることになっていたかもしれない。


 芋を紙袋に詰めてもらい、丁重にお礼を言って、またこの芋が毒を含んでいることを伝えて爺さんの顔色を真っ青に変色させると、俺はギルド方面へと再び歩み始めた。


「このお芋、毒があるんですね」

「下処理をすれば除けますから、そんなに気にする必要はないですよ。ちょっと面倒ですけど」

「ハルトさんって、結構料理するんですか?」

「ええ、普段は自炊してるんで。それに、育ち盛りの子供が居るんで、結構気を遣わなきゃいけなくて」

「ハルトさん子持ちなんですか!?」


 ハリカさんが素っ頓狂な声を上げた。

 それで、俺は自分の失言に気付いた。


「あ、いや、子供って言っても、親代わりっていうか」

「……養子ってことですか?」

「まあ、そんなもんです」


 養子、だろうか。微妙なところだ。確かにくーちゃんの親代わりという自覚はあるが、あくまでも代わりであって、くーちゃんにはちゃんと親が居る。東の果ての国で梅宮さんからくーちゃんの身柄を預けられた時点では既に行方不明とのことだったが、いつかその時が来たときには、俺はくーちゃんをその親の許に返さなければならない。

 これを『養子』と言えるのだろうか。


「養子を貰ったってことは、結婚されてるんですね……」


 哀しそうな、トーンの落ちた声でハリカさんはそんなことを言ったが、これには俺の方が素っ頓狂な声を上げそうになった。


「してませんけど」

「え、でも、養子を貰ったって」

「いや、養子って言っても正式な養子じゃなくて、厳密に言えば預かってるだけなんです。結婚はしてないですよ。それ以前に、女性と付き合ったことが……」


 それ以上は言うだけ俺の些細なプライドを削り取るだけなので、言わずに済ました。

 中学時分、周囲で思春期に突入したマセガキ共が惚れた腫れたと騒いでいる中、俺は教室で本を読み、勉強していた。悲しい中学校時代だが、そもそも中学自体好きではなかった俺は全ての希望を高校に託していたのでそういう行動を採ったわけだ。

 そして肝心要の高校は……。まあ、いいや。楽しかったし。

 必死に勉強して大学合格を勝ち取った矢先に異世界転移&死闘だから、大学という環境を俺は知らない。もし大学に無事入学していたら、俺にも春は来ていたのだろうか。


「そうですか……。女性と付き合ったことが無い……」


 折角言わずに済ましたのに、敢えて口に出して言わないでくださいハリカさん。


「だったら……、まだ私にも……」


 小さな声でブツブツと呟きだしたハリカさん。

 何だろう、怖い。

 しかし流石はギルドトップの受付嬢、ハリカさん。対人コミュニケーション能力は、中学時代の俺に家庭教師してほしいぐらい素晴らしい。すぐさま表情を普段通りに戻すと、そこからは普通に普段のハリカさんだった。


 世間話に昂じつつ、ギルドへと戻る。

 

 ギルドに着いたその時、タイミングをずらすとかすればよかったのに、迂闊にもハリカさんと一緒に戻ってしまった俺は、男衆とまたひと悶着あったのだが、詳細は割愛しよう。

 とりあえず、近いうちにギルドの同僚に致死性の呪術を放つような愚か者を摘発する必要があると痛切に感じた。障壁を展開していなかったらまず間違いなく死んでいただろう。


♢♢♢


 さて、ハリカさんとのデートの最中、偶発的に手に入れたこんにゃく芋。いわゆる『お勉強』の範囲内の知識としてグルコマンナンという多糖類を含むことや、シュウ酸カルシウムを含むことは知っているが、その処理の方法まで通じているわけではない。所詮は頭でっかちの参考書知識だ。

 ここから先は研究あるのみ。勘と検証を繰り返しつつ、記憶を頼りにこんにゃくの再現を試みる以外にない。


「ハルー、何作ってるの?」


 夕飯後にも関わらず俺がエプロン装備の上台所に立っていたことに興味を覚えたくーちゃんが寄ってきて、背伸びをしながら俺の手元を覗き込んできた。


「こんにゃくっていうプルプルした食べ物だよ。このお芋、今のままだと触ったら危ないから、あんまり近づいたら駄目だよ」

「はーい!」


 手を挙げて元気よく返事をしたくーちゃんは、カーテナのところへと走り去って行った。今日はお絵かきをしているのだろうか、積み木をしているのだろうか。


「さて、やるか」


 俺は両腕と両目に薄く物理障壁を展開した。普段展開しているホワイトリスト方式の障壁ではなく、干渉を遮断する本来の物理障壁だ。ただし、できるだけ薄く、しなやかに。

 シュウ酸カルシウムは劇物だ。間違って目に入ったりしたら本当にまずいのだ。薄い物理障壁を手袋とゴーグル代わりに『投影』していなければ、俺は絶対に触りたくない。


 おろし金を取り出し、皮をむいて白い内部を剥き出しにした芋をゴリゴリとすり下ろしていく。『投影』で楽することもできるが、俺はこの手間も含めて料理だと思っているので、あまりそういう横着はしないようにしている。全く0とは言わないが。


 すりおろし芋のおよそ半分を取り、どう処理するか思案する。

 

 煮詰めるか?

 普通に焦げるだけだろう。

 水にさらすか?

 いろいろ流れ出すだけだ。

 酢でも入れてみるか?

 何か起こるかもしれない。

 

 頭の中を色々な仮説がぐるぐる回る。こんにゃく芋の全量はそれほど多くないから、そのすべてを試している余裕はない。


 ここからが地獄だった。

 失敗、失敗、失敗を繰り返し、やっとそれっぽい形になるまでに、実に1週間近い期間を要した。その間、何度シュウ酸カルシウムの餌食になったか知れない。魔術がなければとっくに病院送りになっていただろう。

 そして、やっとのことで出来上がったこんにゃくだったが、俺はこんにゃくはこんにゃくであってそれ以上でもそれ以下でもないことを思い知った。

 こんにゃくには味が無い。

 そんな当たり前のことを失念して、自分の中で大きき膨らむこんにゃくへの期待。できあがった現物を食べた時、俺はこんにゃくに幻想を抱いていたことを知った。

 苦労に比して得られたものが小さく残念で悔しかった俺は、とりあえず、できたこんにゃくを煮物に放り込んで消費することにした。筑前煮の再現に成功しただけで、今回は良しとしよう。

 くーちゃんもカーテナもこんにゃくについては何も言っていなかったが、それがこんにゃくの地位を如実に示しているようで、何とも言えない気分を味わうこととなった。


 そうだよな。こんにゃくってこんなもんだよな。

 何がやりたかったと言えば、ハリカさんとデートさせたかっただけです。

 以前このあとがきでほのぼのをしばらく続けると宣言しましたが、ごめんなさい、撤回します。

 あと2~3話ほのぼのをやって、予定を前倒しして長編『叛逆の皇女』編をやります。

 理由は忌々しいセンター試験が迫ってきていて、執筆時間も相当削っているため、目標としていた着地点にまで到達できなさそうだからです。

 これで一区切りを付けます。投稿を止めるか止めないかはその時の成績次第ですが。


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