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ハルトの和食研究日誌 こんにゃく編-01

「ハルトさん、お昼時間あります?」


 話しかけてきたのはギルド・カタリナ支局最高の人気度を誇る受付嬢、ハリカさん。もしこの世界にテレビが普及していたら、まず間違いなくトップアイドルの座に君臨するであろう可憐な容姿の持ち主。今日も笑顔がまぶしい。俺のような日陰者は、もう話しかけてもらえるだけで1日ハッピーになれそうな気がする。


「大丈夫です。どうかしました?」

「いえ、そんなに大したことじゃないんですけど、お昼をご一緒しませんか?」


 むしろこちらからお願いしたいぐらいです。


 なんて思ったが、俺は一瞬返事をためらった。 


 お昼に誘ってもらったぐらいで惚れた腫れたの妄想をする若かりし時代はもう過ぎた。

 汚い大人に成り果てた俺は、こういう場合には『何かあったのだろうか』と邪推してしまう。今回に関して言えば、ハリカさんの窓口に回しているクエストの格付けは俺がやっているものなので、そこで何かしらの問題が出たのかもしれない、と適当に予想した。

 真っ先にネガティヴな予想が浮かんだわけだが、実はちゃんと理由があって、俺がエリアルデ支局長と共に意図的に依頼のレベルを変更して調整を図るという、若干後ろめたいことをしているためだった。

 『意図的に下げた格付けのせいでギルド利用客が怪我をした』とか『格付けが他のギルドと違うのは何故かと問われた』とか、理由は色々と考えられる。怪我人が出るほど極端な変更はしていないはずだが、もし重篤な怪我人が有意な数生じていたら、当然責任は発生してくる。どう誤魔化そうか、支局長席に座るエリアルデ支局長にそれとなく視線を送ると、びっくりするぐらい冷たい目で睨まれた。

 『何とかしろ』と意訳した。


 ハリカさんに向き直る。


「ええ、いいですよ」


 笑顔で快諾したところで、俺は強烈なプレッシャーを感じ、背筋を震わせた。魔境の奥地に住まう格付け不能な魔獣にすら劣らない、第六感的な圧力が俺を襲う。さらに周囲の音が消えていることに気が付いた。


 凍った空気。

 時間が止まったかのように、突如としてすべての動きを停止したギルドに、利用客も唖然としている。

 集まる視線。

 仕事の途中で手を止めたギルド・カタリナ支局男衆が、全員血走った目を俺に向けていた。そのあまりのプレッシャーに、女性陣の皆様方は、かわいそうに、すっかり怯えてしまって、こちらの様子をチラチラと伺っている。もちろん仕事の手は止まっている。動じていないのはハリカさんとエリアルデ支局長ぐらいだ。

 俺はと言えば、当然ビビりまくっている。 


「殺すか」


 誰かがそう呟いた。

 真剣な死の危険を感じた俺は、ハリカさんに小さな声で『外で待ってます』と耳打ちして、脱兎のごとく逃走を図った。

 正体が露見しない程度に魔力で筋力を底上げし、男達の隙間を縫うようにして、俺はギルドの出口へと一目散に走る。

 冗談じゃない。

 俺はエリアルデ支局長はおろか、ハリカさんと話すだけでも殺されるのか。別に何もしてないだろ俺!


「逃げたぞ、追え!」


 誰かが叫んだ。

 追わんでいいから仕事しろ仕事を!

 エリアルデ支局長に減給喰らっちまえ!


 さすがに窓口受付の者は追いかけてこなかったが、裏手で事務処理をしていた男達が、悪鬼羅刹の如き形相で俺を追ってくるのが見えた。

 ……普段はいい人達なんだがな……。美女が絡むと大変残念なことになる。

 

 俺はギルドから出ると、中級操風系魔術『砂塵』を発動した。舗装されていない道の表面から砂が竜巻のように舞い上がる。

 単なる目くらましだから、殺傷能力は欠片もない。誰にでも使える程度の魔術だから、別に俺が使えたって不自然じゃないはずなので、正体が露見する危険性は無い。

 俺は砂に隠れて森に飛び込み、木で完全に姿を隠すと、『投影』による位置座標の書き換え、疑似テレポートを実行した。

 移動先は支局横に設置された倉庫のすぐ後ろ。

 息を殺しつつ、男達の様子を見る。


「チッ、逃げられたか」「どうしていつもいつもアイツばかり……」「カタリナ支局の花をハルトに奪われるわけにはいかん!」


 などと、勝手に盛り上がっていらっしゃる。さすがに深追いするつもりは無いようで、男衆は俺の姿がないことを確認すると殺気をひっこめて、ギルド内へと戻って行った。

 俺は大きく息を吐きだし、木製の簡易な倉庫の外壁にもたれて地面に尻をつけた。


♢♢♢


「ハルトさん? あれ?」


 数分もしないうちに外に出てきたらしいハリカさん。姿は見えないが、声は聞こえる。

 俺はと言えば、もし男衆に見つかると命の危険があるので出口に近づけず、結局倉庫の後ろに隠れていた。当然、俺からハリカさんが見えないということは、ハリカさんからも俺は見えない。


 はずだったのだが。


「あ、居た。ハルトさん、お疲れ様です。エリアルデ支局長に頼んで昼休みもらったので、商店街まで行きましょ」


 ハリカさんは何の迷いも無く倉庫に回り込んできて、俺の姿を見てそう言った。感知能力でも持っているのか、この人は。

 

「あ、はい」

「昼休みって言っても、あんまり時間ないんで、ちょっと急ぎましょう。ほら、早く立って」


 そう言うと、ハリカさんはギルドの裏手から延びる公道をさっさと歩み始めた。

 言われるがまま、俺は立ち上がって尻を払うと、スキップでもしそうなほどご機嫌なハリカさんの後ろ姿を慌てて追った。


「随分とご機嫌ですね」

「ふふ、ちょっと良いことがあったんで」


 うらやましい限りだ。ここ最近は昔助けた龍族がギルドに現れて正体が露見しそうになったり、昔世話になってた国と敵対して大暴れしたり、本当に碌なことがない。

 厄年なのだろうか。この世界に『厄年』に相当する概念があるかといえば、結構怪しいものだが。


 追いつき、横に並ぶ。

 食品店街がある商店街まで、徒歩で15分といったところだろうか。

 世間話をするにはちょうど良い。


「ハルトさんって、エリアルデ支局長と仲良いですよね」

「そうですかね。まあ、確かに他の人達に比べると、話す機会は多いかもしれませんけど」

「……気付いてないんですか?」

「気付くって、何に」

「エリアルデ支局長、ハルトさんと話すときだけ、ほんの少し笑ってるんですよ」


 気付いていなかった。

 そうか、あの不適な笑みは親しい人限定なのか。テンペスタさんと話すときもあんな表情だし、くーちゃんの相手をしているときは慈愛に満ちたアルカイックスマイルを浮かべているので、いつもあんな感じなのだろうと思いこんでいたが。


 ハリカさんが俺の顔を覗き込んできた。思ったより顔と顔が近付いて、心臓が高鳴った。


「その顔は、気付いてませんでしたね」

「え……、いや、その……はい」

「もう少し自覚した方がいいですよ。エリアルデ支局長の信頼を一手に引き受けてるって感じですもん。皆支局長のクールな無表情以外見たことないと思いますよ」


 そうなのか。

 信頼されているのは嬉しいが、しかし、エリアルデ支局長。俺やテンペスタさん相手の表情よりさらに無表情って、対人関係に影響しませんか。

 あの美貌で無表情、おまけにあの口調。エリアルデ支局長がカタリナ支局で独特の立ち位置と評価を得ている理由が分かった気がした。


 世間話に花を咲かせるうちに、俺達は商店街に到着した。食品店街はちょうどかきいれ時で、どの店もそこそこ客が入って繁盛している。屋台も豊富で、目移りするほどたくさんの食料品店が軒を連ねている。

 元居た世界じゃ、既に商店街は大型チェーン店に滅ぼされて久しかったからな。こういう光景は感慨深いものがある。


「どこにしましょう、何か好みはありますか」

「私はどこでも大丈夫です。ハルトさんのお勧めとかあります?」

「それなら、一押しの店があるんで、そこにしましょうか」


 思い浮かんだのは、海鮮系の米料理(多分パエリヤと同系統)を扱う店。魚介好きにはたまらない店なのだが、俺は魚介以外の部分においてその店を気に入っている。


「魚介の出汁が効いてて、美味しいんですよ」

「ダシ……?」

「ああ、ごめんなさい、つい……。うまみが良く出てるってことです」


 多分順番としては『魚介を使用した米料理→出汁が出た』で、最初から出汁を利用しようとしたわけではないだろうが、偶発的であれ、俺はここの出汁の効いた料理が一番好きだ。


 店に近づくにつれ、風味豊かなエビの香りが漂ってきた。折角の貴重な機会だ。業務上の話はとっとと終えて、世間話なり何なりを楽しみたいものだ。

料理は化学です。

カーテナの育児日記で初出の『こんにゃく』制作に至るまでのお話です。

5話前後を研究日誌編に費やし、その次は長編の予定です。


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