ギルド諜報部-08
突発的に目覚めた『魔神』の力だったが、その手の能力を扱う漫画やアニメにありがちな『意識的に発動させることはできず、ピンチに陥ると勝手に発動する』といった性質は無かった。『魔神』の力は『魔術』という意識の制御化にある異能の一部に過ぎないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
即ち、俺は意識して『魔神』と化すことはできる。
『魔神』と化した後も『俺』で居られるかどうか、それは分からないが。
しかしたとえ暴走する危険があっても、現状を打破するためには『魔神』化以外に道はない。
俺は『魔神』の力を解放した。
「ぐ、ぁ……」
『投影』の使いすぎでダメージを受けていた脳に、新たな痛みが追加される。右脳と左脳を割裂いて圧迫するような激痛が頭を席巻する。
背に何かが蠢く気配を感じる。気配はあっという間に膨れ上がり、何か異質なものへと属性を変え、内圧に耐えきれなかった水道管が破裂するように背中から飛び出した。
視界の端にチラチラと蠢く黒い何か。これが、梅宮さんから聞かされた『黒い翼』なのか。
「ゥ……」
痛みが心拍に合わせて周期的に強まったり弱まったりを繰り返す。パルスのように緩急を付けて訪れる苦痛が、俺の意識を混濁させていく。
この痛みに負けて意識を手放した時、暴走に至るのだと本能的に理解した。
「主様!」
「カーテナ……、下がっててくれ」
カーテナを制止する声は自分でも驚くほど低く掠れ、ギリギリの淵に立たされていることを否応なく自覚させられる。
背から延びる魔力の翼は、さながら手足のように感じられた。細かく分割して触手のように変形させることも、太くまとめあげて鈍器のように変形させることも自由自在。指先より細やかに制御できるし、誰に教えられずともその翼の機能を理解できていた。
しかし、頭を内側から突き破るようなこの頭痛がある。複雑な制御は不可能だろうし、あまりそちらに意識を注げば、たちどころに呑まれて暴走することになる。
「完璧に制御できてるわけではないようだな」
俺同様に『魔神』と化しているはずのジェラルドは、いたって涼しい顔をしている。やせ我慢か、それとも頭痛自体が無いのか。
恐らくは後者だ。
「うる……せえ!」
今はまだ耐え切れているが、我慢はいつか限界が来る。暴走の矛先がジェラルドに向く分にはまだ構わないが、後方で『神の薬』による治療を施しているエリアルデ支局長やハリカさんに向くようなことはあってはならない。高すぎる魔力耐性故にエリアルデ支局長の治療は難航している。離脱出来る程度の力を取り戻すまで、まだ少しかかるだろう。それまでに決める。
先手必勝。
翼をおよそ300本の細い触手に分割し、ジェラルドの後方を除く全方位から叩き込む。『虚無』の魔力から成る翼は貪欲に物質を呑みこみ、後には何も残さない。俺が『投影』と複数の神級魔術を組み合わせることで実現し、それでも根源的なリスクを解決できずに個人的に禁術にした『ラグナロク』と同様の効果を、この翼を持っている。
進路上の空気すらも飲み込むため、俺の翼の駆動は至って静かだ。風ひとつ起こさないし、音もしない。それが、俺にはかえって恐ろしい。切れ味の良すぎる包丁で髭を剃るような、アンバランスな不安がある。
翼が接触する直前、ジェラルドの背から延びる金属が薄く広がり、盾のような形に変わった。
「!?」
『虚無』の翼が薄膜のような盾とぶつかり、『音を立てて』止まった。
万物を飲み込むはずの翼が、薄い金属箔程度の盾に止められるはずがない。
何故、こんなことが。
答えはすぐに見つかった。
「その翼も……オリハルコンか」
ジェラルドは応えない。
しかし、魔術に対する高すぎるその耐性が、翼の材質を雄弁に語っていた。魔術の影響を受けないはずのオリハルコンを魔術的に制御し、さらに常温において液化して自在に操る。
どうやってそんな芸当を実現しているのか、皆目見当も付かない。
魔術に物理等の科学を持ち込むことで魔術を応用する俺とはまた別ベクトルの技術の極み。
だからこその『魔神』だ。
液化オリハルコンが形を変え、俺の翼を弾き飛ばしつつジェラルドの体にまとわりつく。鎧のように変形したオリハルコンの両腕部分がさらに形を変え、ゴツゴツとスパイクを備えた凶悪な形へ変わり、ジェラルドが正面から突進してきた。
俺は『虚無』の翼を両腕に絡め、頭痛の密度が増して精神力がガリガリ削られていくのを自覚しつつ、俺は感覚を加速した。
突き出されるジェラルドのオリハルコンの拳を同じく拳で迎撃する。『虚無』がオリハルコンを呑みこもうとするが、オリハルコンは魔術である『虚無』を拒絶し、結果として音を立てて拳がぶつかった。
互いに拳を拳で受け止め、隙を突いて拳を放つ、原始的な戦闘が繰り広げられる。
拳を振るいながら、背から生やした無数の触手状の翼を、一斉にジェラルドに放つ。が、これを察知していたらしいジェラルドは体表のオリハルコンをせり出させ、頭足類の触腕のような動きで次々と俺の翼を弾いた。
視界の端に、何かが映った。
俺は『何か』の正体も分からないまま、ただ本当的に危険を感じて身を逸らした。身体を逸らす先を予見していたかのようなパンチを慌ててガードしたところで、左肩に痛みが走った。
ドロリと生暖かい感触が生じる。
オリハルコンを針状に変形して射出してきたことに気付いた俺は、ジェラルドから距離を取ろうとしたが、遅かった。
加速した視覚に、夜の闇に紛れる細い針のようなものが、数百数千映った。
ジェラルドから逃げるように距離を取りつつ『虚無』の翼を振り回したが、それでも全てを避けることはできず、何本かが俺の身体に突き刺さった。
ただでさえ頭痛で苦しんでいるところに、鋭い痛みが追加される。
その針は、刺さっているだけで俺の魔力を削り始めた。 このままでは翼の維持も通常魔術も発動できなくなる、と判断した俺は、多少の出血を覚悟して、翼を細く分割してオリハルコンの針に絡めると、そのまま全て引き抜いた。
「ガァァァァァァ!!」
刺さっているときとはまた違った種類の痛みが炸裂し、俺は声を上げて痛みを堪える。
うち1本が肺に達していたらしく、鉄くさい味が口内に広がったかと思えば、俺は耐えきれずに喀血していた。
効果あり、と見なされたオリハルコンによる遠距離攻撃の第2陣が、間を置かずに射出された。
翼を使っても数が多すぎて防ぎきれない。
やむなく俺は、『投影』によって座標を書き換えてオリハルコンをやり過ごす。
転移先はジェラルドの後方。
あまりの頭痛に、視界が一瞬原色に分解されかかった。視界の全てが形を失い、精妙極まる色彩から赤青緑の基本色にまで分かたれていく。
俺は唇を嚙んで意識をそちらに逸らした。
苦痛を苦痛で上塗りすることで、ようやく原色化は止まった。
ギリギリの淵で気絶から耐えた俺は、ありったけの『虚無』の魔力を拳に集中させて握りしめ、黒い砲弾と化した拳撃を全力でジェラルドの背に叩き込んだ。
ベキベキと硬質な破砕音が鳴る。
高密度に圧縮した『虚無』の魔力が、僅かにオリハルコンの魔力耐性を上回り、ほんの少しだけ表面を削り取る。どこまで削れたのかは分からないが、少なくともジェラルドの身体を貫く前に、オリハルコンを飲み込んで密度が低下した『虚無』の魔力とジェラルドの装甲が拮抗し、俺が拳に乗せた勢いそのままジェラルドは吹っ飛んでいく。
力が抜け、膝を突く。腕に纏っていた『虚無』の翼は勝手に解けて背中のあたりで蠢いている。
「がっ、ふ……」
呼吸に粘ついたものが混じり、口の中に溜まった生臭いものを吐き出すと、それは唾液と混ざり合って泡立った血だった。
間断なく続く頭痛に耐えきれず、俺は感覚の加速を止めた。時間の感覚が元に戻り、苦痛の密度が低下したことで俺の意識に若干の余裕が生まれた。
直後。
「え……?」
胸から、何かが生えた。
赤く濡れた、薄く黄色味を帯びた金属光沢。気管を貫かれ、自分の出血に溺れて呼吸が困難になった。
「タカス・ハルト……、お前は……、死ななければならない……」
ゼェゼェと苦しそうに区切られた言葉が、背後から響いた。
首をひねり、背後を見る。
ジェラルド・アウリカルクムが、翼と全身の装甲を失い、口から決して少なくない量の血を流しつつも、金属の棒を俺に突き立てていた。
「ハルトさん!!」
『神の薬』と障壁で囲ったハリカさんが、叫ぶような声を上げていた。
しかし、俺にはその声に応える余力が無い。
まずい。
この傷は、まずい。
この世界に来て、俺は何度か命のやり取りをしているが、その経験が警鐘を鳴らしている。過度のアドレナリンによって苦痛が熱のように感じられるときの傷は、簡単に命の灯を吹き消し得る。この傷は、まさにそういう類の傷だ。
出がらしのイメージを限界に達しかけている脳からひねり出し、俺は重力場を『投影』してジェラルドを抑えた。
俺の背後に回り込むための高速移動の魔術は使えたようだが、どうやらそれが最後の力だったらしく、障壁にもオリハルコンにも守られていない『人間』の男は、容易く崩れ落ちた。
限界ギリギリの脳ではイメージの維持すら困難なため、俺はジェラルドを地面に押し付けてダメ押しの衝撃を与えた段階で、重力場を消去、胸に刺さるオリハルコンのピックを引き抜いた。
このピックが刺さっている限り、魔術は使えない。出血を防ぐために、こういう場合は抜かない方が良いと昔どこかで聞きかじったような覚えがあるが、どちらにせよ同じことに思われた。出血が肺にたまるか外に出るかの違いだ。
痛みが走り、鮮血がこぼれる。肺から空気が漏れるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
『神の薬』を発動しようと、魔力を練り上げようとした。
しかし、どうしても魔力が練れない。
なぜ、どうして。
焦りが募り、冷静に対処しなければならない事態なのに、思考は泥沼に沈んでいく。
耳の奥で、高い音が鳴り始めた。
出血が止まらない。『神の薬』を発動できない。『神の薬』どころか、低級治癒魔術すらも、使えない。
視界が再び、原色にまで還元され始めた。
なおも血は流れていく。
『投影』による応急処置や、圧迫による止血を試みるが、全く効果が上がらない。
やがて……。
血を流し過ぎた俺の意識は、恐ろしい速度で混濁していく。頭痛と苦痛が同時に俺を責め立てる。
背中で蠢いていた『虚無』の翼が、魔力の供給を失って雲散霧消していったのを感じた。
もはや暴走の危険は無い。それだけは、幸いだ。
痛覚の嵐の中、俺の意識は、沈むように呑まれていった。
♢♢♢
「ハルトさん!!」
叫ぶ声は、彼に届いただろうか。
「障壁を解いてください!! 私が治療しますから!!」
恐ろしく強力な障壁群に守られ、神級魔術『神の薬』の陣の中で、エリアルデ支局長と共にジェラルドとハルトさんの戦闘の行く末を見守っていた私の目に映ったのは、オリハルコンによる刺突で体に風穴を開けられたハルトさんの姿だった。
魔力が切れたのか、ハルトさんは自身の傷を治癒するための魔術を使わなかった。あるいは、使えなかった。
あの傷はまずい。明らかに肺を傷付けている。ジェラルドも倒れた今、ハルトさんに止めを刺すよう輩はもういないが、それでも、放置しているだけでハルトさんの命は確実に失われる。
ならば私が、と思って動こうにも、ハルトさんが私達の身を守るために張ってくれた障壁が、逆に私の行動を妨げていた。
ビクともしない魔力の壁を、私は拳で思い切りたたいた。
声を上げても、聞こえていないのか、ハルトさんはこちらに目を向けることすらしない。
やがてその体が傾ぎ、地に臥せった所で、『神の薬』と障壁が消滅した。
発動中の魔術が消滅する現象の要因は、大きく2つ。
術者が魔術の使用を停止したとき。
そして、術者の意識が失われた時。一般的に大規模戦略魔術を阻止するときは、術者を殺すのが定石とされている。
「ハルトさんッ!!」
自分でも驚くような金切り声を上げ、私はすっかり回復した体に魔力を通して全速力で駆けた。身体の回復は全てハルトさんがやってくれた。私は魔力の回復に全力を注げばよかったので、全快とまではいかないまでも、そこそこの量の魔力は既に戻っている。
ハルトさんの様子は、惨々たるものだった。
胸には風穴が空き、怖くなるくらい大量の血液が流れ出ている。
ジェラルドのオリハルコンと対等にぶつかりあった黒い翼は既に消え、生命力がみるみるうちに抜けていく、穴の開いた酒樽のような有様だ。
ジェラルドもジェラルドでボロボロだったが、こちらはまだマシな部類だ。少なくとも、ハルトさんよりは。
この人だって、私は死なせたくないが、今はハルトさんが最優先だ。
うつ伏せに倒れていた体を転がし、仰向けに変える。
魔力を練り、魔術を発動。
高等治癒魔術、『癒しの業』。
『神の薬』程ではないが、重傷から引き戻す分には十分な効果を持つ魔術だ。
薄桃色の光を放つ、小規模の魔方陣が傷を覆うように展開される。命さえあれば、この魔術で死なない程度にまで治すことはできる。命さえ繋げば、専門技術を持つ腕のいい医師の下に運び込んで、怪我を治すことが出来る。
が、現実は甘くなかった。
魔方陣が不自然に明滅し、突然消滅してしまった。
私は魔術を停止していないし、意識だって失っていない。
もう一度、同じ魔術を発動するも、数分と待たずに魔術を支える魔方陣が明滅して消滅してしまう。
「何なの……これ……」
呆然としたまま、私は三度魔術を使う。
すぐに、消滅する。
「どうして、どうして、どうして」
治療ができなければ、ハルトさんは助からない。治療には魔術が必要。その魔術が、使い物にならない。
発動。消滅。発動。消滅。発動。消滅。発動。消滅。………………。
すがるように、祈るように繰り返し続け、それでも魔術は消滅し、傷は塞がらない。
高等魔術を使用するのに必要な魔力が枯渇し、魔術の発動が困難になる。それでも私は、無理に魔力を捻り出して、魔術を発動させようとした。
「やめんか」
ハルトさんの胸元にかざした手を、いつの間にか近づいて来ていたエリアルデ支局長に掴まれた。
「でも……でも……!」
呼吸が深くなっていく。過呼吸を起こしかけていると認識した私は口を塞ぎ、呼吸を止めた。それで、幾分か楽になった。
エリアルデ支局長が、淡々と言った。
「大丈夫じゃ。ハルトは死なん。妾が保証する。じゃから、お前まで死の淵に行こうとするな。それ以上の魔力の使用は危険じゃ」
「どうしてそんなことが癒えるんですか!? こんな傷を負って、死なない人間がいるわけないでしょう!?」
自然、声を荒げてしまう。
このままではハルトさんが死ぬという焦燥感が、私を衝き動かしていた。
「『魔神』、『魔王』、『龍神』、『龍王』は、『予知』と呼ばれる簡易的な未来予知の力を持っておる。妾はその力で汝の危機を察知し、空間移動魔術でここまで来た」
「『予知』……?」
「何となく、分かるのじゃ。自分に近しい者の危機や、自分自身に迫る危険がの。『魔神』故に、妾が危機に陥ればハルトの『予知』が働くと思って、妾は自ら勝てない相手の前に身を投げ出したのじゃ。結果はこの通り。ハルトは来てくれた」
「その話が何だって言うんですか。ハルトさんが死にかけ」
「まあ聞け」
私の抗議は、一言で封殺された。
「言ったじゃろ。近しい者の危機が分かると。確かにハルトは重傷を負っておるが、しかし、死なぬ」
「死なない……?」
「絶対に死なぬよ。どころか、そろそろ来るはずじゃ。ハルトを救う者がの」
エリアルデ支局長は薄く微笑んだ。その紅の瞳に、嘘をついたことによるやましさは見受けられなかった。
直後。
遠くから、微かに空気が渦巻く音が聞こえた。
それは徐々に大きくなり、強い風が一瞬あたりを舐めたかた思うと、バサ、バサと空気を規則的に叩く音に変わった。
音のする方を見てみれば、そこには灰色の鱗を持つ、優美な西洋龍が居た。角の形状からして性別は女性。
その背にちょこんと乗っかっている小さなシルエットは。
「くーちゃん……?」
西洋龍が光に包まれ、その形を徐々に人型に変えていく。人化の術だ。
変化の後には、真っ白な女の子を抱きかかえた女性が立っていた。どことなくエリアルデ支局長に似た容貌を持つ、灰色の髪をたくわえた若い女性に、私は見覚えがあった。
以前ギルドに強盗が押し入ったとき、魔術を弾き、強盗を追い返した勇敢な女性だ。二代目『嵐龍王』を名乗り、名を……、そう、エアリアといった。
エアリサさんはくーちゃんを地面に下ろすと、一歩下がり、しゃがみ込んで頭を垂れる、敬礼の姿勢をとった。
くーちゃんは、以前あったときとは明らかに異質な色を帯びた、鉄のような無表情のまま、ハルトさんに近づいていく。明らかに様子がおかしかった。
呆然とする私のすぐ前に、くーちゃんが佇む。
『……クリスのために、まだ生きてもらわねばなりません……』
どことなくエコーがかかった声。明らかにくーちゃんのものではない。
「インベル……?」
エリアルデ支局長も、くーちゃんのただならぬ様子に疑問を抱いているようだった。
不自然な様子のまま、くーちゃんはハルトさんに手をかざす。
その全身が真っ白な光に包まれ始める。見たことも無い程濃密で莫大な『治癒の魔力』とでも言うべき属性の魔力で出来たその光を、気を失っているハルトさんに注ぎ込んでいく。
この小さな身体のどこに、そんな力が……。
そう思わずには居られない程、纏う魔力の質と量が、くーちゃんのサイズとは不釣り合いだ。いや、そもそも様子からしておかしい。この子が、自分の親代わりであるハルトさんが死にかけている場面に直面して、取り乱さないわけがない。折り紙で無邪気に遊ぶ、普通の子供だったはずだ。
今のこの子は、私が出会った小さくてかわいい『くーちゃん』とは別人のようだった。
「……すごい」
その力は、強力だった。
注ぎ込まれた光は、私の魔術のように途中で消滅することもなくハルトさんの身体を癒していく。
全身に無数にあった小さな刺し傷も、胸の大穴も、全部まとめて治していく。
白い光の奔流が終わったとき、くーちゃんは突然ゼンマイの切れた人形のように倒れた。私は慌ててその小さな体を受け止めた。
「くー、ちゃん……?」
「『龍神の御子』としての力を使って、疲れたのじゃろう。心配はいらん。命に別状はない」
すやすやと寝息を立て、さっきとは打って変わって、柔和な寝顔を無防備にさらすくーちゃん。
『龍神の御子』。そうだった。こんな小さくても、この子は『龍神』の力を継ぐ者だった。
ともあれ、危機は去った。
くーちゃんを抱きかえたまま、私は安堵して、尻をぺたんと地面に付け、座り込む。
ハルトさんを救った小さな小さな立役者をぎゅっと抱きしめ、私は嗚咽を漏らした。
エリアルデ支局長は、ジェラルドも含めてまとめて転移できるような魔法陣を張った。
魔方陣が強く輝き、戦いの爪痕残る旧道の景色が一瞬で遠のいたその時。
タカス・ハルトを巡る一連の争いは、収束した。




