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ギルド諜報部-07

 烈火の如き怒りを感じながら、俺は冷静さも同時に保っていた。

 アルキドアに単身突撃したときのようにどす黒い怒りに身を飲まれることはなく、醒めた目で観察している自分が確かに居る。

 理由は、全身金塗りの芸人か液体金属製の某殺人マシーンみたいな見た目をした、目の前の魔術師にある。相当シュールな見た目をしているが、笑っていられるような余裕はない。

 コイツは強い。

 全身を金属化するという前代未聞の魔術。金属化魔術を精密に制御する技量。その両方を裏打ちする莫大な魔力。

 エリアルデ支局長が重傷を負わされたことからも、その実力は明らかだ。電撃主体のエリアルデ支局長と金属化魔術を扱うコイツでは相性が決定的に悪いというのもあっただろうが、『龍王』を打ち倒す時点でその実力は並ではない。

 怒りに我を忘れて勝てるような相手ではないと、本能的に俺は悟っていた。


 自己の座標を『投影』で書き換え、背後へ転移。

 黄金色の光を纏うカーテナを肩口に振り下ろす。


「!!」


 ノーモーションの空間移動に多少の驚きがあったようだが、しかし流石の反応速度で魔術師は振り返ると、『破断』を纏うカーテナに魔力を循環させて強化した右腕を合わせられた。

 甲高い音と共に、カーテナと金属化した腕が拮抗する。

 俺は奥歯をぐっと噛み締め、かける力をさらに上げ、『破断』のキレ味任せに腕を引きちぎろうとしたが、しかし、カーテナは一向に魔術師の腕に食い込まない。 

 万物を切り裂くはずの『破断』が、魔術師の金属化した腕を切り落とせない。異常事態だった。


「っ!」


 片腕でカーテナを防ぎきった魔術師の反撃は無造作なパンチだったが、それは魔力で強化されたメイスで殴られるに等しい。

 カーテナによる腕の切断を諦め、俺は鍔迫り合いを中断して弾くと、『投影』による座標移動で距離を取った。


「どういうことだ、カーテナ!」

『破断が作用しませんでした。魔抗銀を上回る魔力耐性を持つ金属、オリハルコンだと思われます!』

「チッ、面倒だな。『破魔』に切り替えろ、魔力強化だけでもキャンセルする」


 カーテナの帯びる光の色が、黄金から緑へと変わる。

 俺は、今度は真正面へと空間移動すると、カーテナを魔術師の左側から叩きつけた。魔術師はこれを左腕で弾くと、今度は金属化した脚によるハイキック放ってきた。俺は上体を後ろに逸らし、ギリギリのところで鈍器と化した脚を避け、起こしざま逆袈裟にカーテナを振るう。狙いは顎。

 いくら金属化しているといっても、脳等内部の構造に変化はないはず。ならば、顎を殴れば脳が揺れ、致命的な隙ができるか、上手くいけば気絶させられる。

 しかし、殊格闘術に関して、魔術師の男はプロだった。

 魔術師は状態を思い切り逸らしてブリッジのような体勢でカーテナを避けると、勢いそのまま脚を振り上げ、逆立ちするように、逆に俺の顎を狙ってきた。

 辛うじて脚を避け、顔のすぐ前を通過していく金属化した脚を目で追う。脚先が軽く掠っただけで、体表展開型の障壁を周囲から隠蔽していた遮断フィールドがぶっ壊された。魔力に対する耐性は、下手したらカーテナの『破魔』や『破戒』にすら匹敵するかもしれない。

 互いに崩れたバランスを立て直すために、俺は『投影』で、魔術師はバク転で僅かに距離を取ると、再び最短距離で突進する。

 単純に力積の問題で、同じスピードでもより重量のある金属魔術師の方が有利だ。だから俺はその不利を打開するために、荒業を使用した。

 体表に誘電フィールドを展開。磁力を『投影』し、電流の通り道たるレールを俺自身の身体を挟み込むように設置。そこへ、この一瞬でイメージ出来た最大量の電流を叩き込んだ。

 ローレンツ力が俺の全身に作用し、生身とは比べものにならない加速度を以て、魔術師に迫る。


『ミョルニル』


 対物を想定して開発した技だが、今回ばかりは対人であっても使わざるを得ない。

 岩すら容易く砕く威力と威力が激突して生じた音は、金属同士の接触音というよりは、もはや爆音。物理障壁で遮断していなければ耳が壊れていたかもしれない。

 俺も魔術師も互いに作用・反作用によって吹き飛び、ほぼ同じ距離をとばされたところで着地を決める。


 音速戦闘に対応できるよう加速した思考回路をぶん回し、対応策を考える。


 このままじゃ埒が明かない。

 互いに大規模魔術を使うような隙は作らない。

 梅宮さんならここでオリハルコンを酸化したり、窒素重合とかいう訳の分からない技を持ち出すのだろうが、俺にはここまでの高速戦闘中に複雑なイメージを伴う『投影』は困難だ。

 カーテナを振り回すだけでは勝負が付かない。

 全身がメイスかつ盾みたいな奴相手に、どうすれば決定打を与えられるのか。


 弱点はないものか、と魔術師の全身を観察していた俺はふと気が付いた。


 カーテナと打ち合った魔術師の左腕。

 よく見れば、うっすらと傷がついている。些細な凹みのようなものだったが、それは確かに傷だった。

 最初からあったのか。否。明らかに外部からの力で服が破れた部分に同様の傷が見られない以上、魔術師は金属化したボディを修復する術を持っていると考えた方が自然だ。過去の傷の見落としという可能性も否定はできないが、位置からしてあの傷は俺との戦闘中に付いたものである可能性が高い。

 つまり、カーテナが通用しないわけではない、ということ。

 ならば、勝機はある。

 問題は威力だ。


 地面を滑りながら勢いを殺し、ローレンツ力を用いて再加速する。

 空気がゼリーのように抵抗するが、物理障壁のお陰で俺には何の影響もない。

 対抗するように動き始めた魔術師を磁力のレールで挟み、電流を『投影』、ローレンツ力を逆向きに作用させ、動きを阻害する。金属の肉体を逆に利用させてもらったわけだ。

 魔術師の表情が驚愕に染まる。

 ーーーー世にある異能が魔術だけだと思ったら大間違いだ。

 さらに連続で、カーテナの周囲にもレールを展開。短時間のうちに『投影』を何度も使用した代償は頭痛という形で俺を苛むが、叫び、耐える。


「ゥラアアアァァァ!!」


 魔力で強化した筋力もローレンツ力も全て使って、俺はカーテナを超音速で振るった。空気の壁を打ち破り、衝撃波を生み出しつつ魔術師の金属化した胸部を一閃する。

 弾かれるのではなく、確かな手応えを感じた。

 ベクトルが移り、吹き飛ぶ魔術師。街路樹がへし折れ、高木がまとめと倒れていく様子を、俺は地面を転がりながら目にした。

 立ち上がろうとするも、強烈な頭痛が全身から力を奪い、思考加速が解けて世界のスピードが元通りになっていく。

 

『主様!?』

「悪い……体を支えてくれ」


 カーテナの刀身が光り、形を変え、金髪碧眼の少女の形をなす。人化したカーテナは動けない腕を肩にかけて俺の体を起こし、俺はその華奢だが芯の通った体躯に頼り、頭痛に耐えつつ何とか立った。

 霞む視界の先、魔術師が消えていった森を睨む。


 『投影』によるローレンツ力に、魔力まで上乗せしたのだ。音速を遙かに上回る斬撃は、余波として生じた衝撃波だけで大地に深い傷跡を刻むほどの威力を備えていた。

 『投影』の副作用は魔術では治療できない。即ち、同じ攻撃はもうできないのだ。これで倒せていなかったら、その時は……。

 しかし願いむなしく、森の奥から微かに物音が聞こえ、頼りなくふらつきながらではあったが、魔術師が姿を現した。


「やってくれたな……タカス・ハルト……」


 胸のあたりのオリハルコンが大きく陥没し、内部の組織を傷つけたのか、その陥没から血が流れ出ている。 腕や顔などでは金属化が中途半端に解け、生身の部分が表に出ていた。喀血しているし、ダメージは甚大なようだったが、しかし、まだ倒せたわけではない。


 俺は痛む脳を無理に使い、新たな魔方陣を編み上げた。

 神級魔術、『神の鎖』。

 俺の体調が万全でないため、魔方陣から延びた赤黒い鎖の数は本来の12本から4本減じて8本しかない。鎖は満身創痍の魔術師の身体を縛り上げるが、その過程でさらに3本の鎖が消滅した。オリハルコンの異常に高い魔力耐性がまだ作用しているのだろう。

 ともあれ、これでチェックメイトだ。『神の鎖』は対象の動きを止めるだけでなく、魔術の使用をも禁じる。単純な魔力量で打ち破る以外に逃れる術は無いが、魔術師は消耗しているのに対し、俺は『投影』主体で戦ってきたため、魔力量だけならば余裕がある。鎖の1本や2本を壊されても、修復する程度ならば十分可能だろう。


「お前、名前は……」

「……ジェラルド・アウリカルクム」

「どうしてハリカさんやエリアルデ支局長を狙う?」

「勘違いしているようだ。俺の狙いはあくまでもお前だ。ハリカとエリアルデはお前の殺害を邪魔しようとしたために排除したまでだ」


 頭痛さえなければ今この場で『レーヴァテイン』を発動していたかもしれなかったが、幸か不幸か、今の俺にはそこまでの余力は無かった。


「何故、俺を狙う?」

「『魔神』故に。お前の存在は危険すぎる。お前の存在は、この世界のルールに反している」

「ルール……?」

「『魔神』、『魔王』、『龍神』、『龍王』は、本来1時代に1個体。ところが『魔神』だけ、既にこの世代に3人もの適格者が生じている」

「『魔神』とはそういうものだろう?」


 過去に梅宮さんからそう説明を受けた。

 魔術を究めた結果として生じるのが『魔神』と『魔王』であり、生まれつきの性質である『龍神』や『龍王』とは性質を異にするものである、と。


「違う。『魔神』も本来は世に1人。お前はイレギュラーだ。5年前、突如としてこの世界に出現し、魔術ではない種類の力を扱い、『魔神』へと覚醒したお前は、世界の理から外れた存在だ」

「ずいぶんと一方……ちょっと待て」


 今、何と言った?

 「お前はイレギュラーだ。『5年前』、突如として この世界に出現し」

 『5年前』、だと?

 俺が5年前にこの世界に転移したことを知っているのは、梅宮さんただ1人だけのはずだ。

 その他の誰にも俺はこのことを言っていない。くーちゃんやカーテナにだって、『5年前』なんて言ったことは無い。

 ならば、何故、ジェラルドがそれを知っている?


「お前……、それをどこで……」


 赤黒い鎖に戒められながらも余裕の表情を崩さないジェラルドに問う。

 こいつが知り得るはずがないのだ。梅宮さんが東方で生活し、俺が口をつぐんでいる以上、『5年前』などというワードは知られようがない。はずだったのに……。


「……改めて自己紹介から始めようか。私はジェラルド・アウリカルクム。ギルド諜報部の要因だ。そして、」


 魔術を禁じているはずのジェラルドの周囲に、水銀のような金属光沢をもつ液体が集積し始めた。

 前触れなく、ジェラルドを戒めていた赤黒い鎖がさらに2本消滅。

 明らかに魔術的な効果が働いているが、それが何なのかを見極めるののは後だ。


「俺がこの時代本来の『魔神』だ」


 音を立てて鎖がはじけ飛び、『神の鎖』の魔方陣が跡形も無く雲散霧消する。

 水銀状の金属はジェラルドの胸元の傷に至り、パテで穴を埋めるように凹みを塞いでいく。

 その間にも莫大な量の液体金属がどこからか湧き出で、ジェラルドの身体を覆い、輪郭すら変えていく。

 不気味に金属光沢を放つ翼のような触手が背から伸びた段階で、俺はジェラルドの魔力の質が変わっていることに気が付いた。


「これが『魔神』だ。世界の安定のために、死んでくれ、タカス・ハルト」


 万事休す。


 『投影』使用不可魔術攻撃はオリハルコンの前には無意味。

 今の俺には、ジェラルドに対応する術が無かった。


 そう、今の俺には。


「カーテナ、離れていてくれ」

「ちょ、主様!?」


 頭痛をこらえ、今にも崩れ落ちそうな足腰に鞭打って、俺は何とか独力で立った。


 有名な古代の法律書に、『目には目を、歯には歯を』という言葉がある。

 今回の事例に即して言うならばこうだ。


 『魔神』には、『魔神』を。


 開き直ったシリアス、『ギルド諜報部』編の後はしばらくほのぼのしかありません。(突発的なシリアスは除く)ほのぼの好きの方、申し訳ありませんが、もうしばらく御付き合いください。

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