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ギルド諜報部-03

 気配を遮断する魔術を念には念を入れて4重にかけ、姿形を誤魔化す魔術で背格好を本来の私から大きく外れた姿に変える。姿を変えると言っても実際に変身するのではなく、光や魔力などによる認識を阻害しねじ曲げることで誤った姿を認識させる術式だ。声は魔術で本来の私の声とはまるっきり違う声に切り替える。

 黒いローブを纏い、黒い布で顔を覆った上でフードを目深に被ると、私は支給されたナイフを手に取った。

 オリハルコン製のそのナイフは、魔術に対して魔抗銀以上の耐性を持つ。本来魔術を受け付けないはずのオリハルコンに魔術を組み込む技術を持つ私の上司が多種多様な障壁破りの魔術を詰め込んだ、監視対象タカス・ハルトを殺すための特別な品だ。試算ではこれでギリギリ4枚の障壁を破れるらしい。

 何らかの手法で魔力を封じているタカス・ハルトは、生身の状態では大した力を持たない。

 だからバリバリの戦闘用員ではない私でも十分殺害可能だと判断されて、この任務を申しつけられた。生活パターンを熟知している私こそが適任だと。


 ギルドは中立を貴ぶ。

 戦争を進んで止めることはしないし、敵味方の区別なく様々な国家からの依頼を取り扱う。戦時下であってもギルドは攻撃されない。もし攻撃すれば、その国はギルドを利用することができなくなり、傭兵の供給が停止し、さらにギルドが保有する戦力を相手取る必要を迫られるからだ。

 ギルドへの攻撃は百害あって一利無しという状況が出来上がっているのだ。

 

 しかし、この『中立』というのは、あくまでも人間の間だけで成立する。あくまでも人間の組織であるギルドは人間側に属する。

 人間社会に対して脅威を与えるような人間以外の存在には、ギルドは率先して討伐クエストを組み、排除しようと試みる。一般の冒険者やハンターでは対処困難な場合は、ギルドが直々に戦力を投入することもある。

 今回の場合、『脅威』が『魔神』タカス・ハルトで、『戦力』が私だ。


 私はタカス・ハルトを殺す。

 私の任務。


 ナイフを懐にしまい、大きく1回深呼吸をすると、私は夜の闇に溶け込んだ。


♢♢♢


 タカス・ハルトの仕事は専ら事務作業なので、ギルドが営業を終えてからも何時間か残業している。

 帰りは基本的に1人。


 私は十分に距離を取って帰路に就いたタカス・ハルトを追跡していた。

 既に前々回の任務違反の接触で、タカス・ハルトが相手でも私の隠密魔術は通用することが分かっている。しかし、相手は『魔神』。念を入れて入れ過ぎることはない。

 木々が茂り、気配を隠しやすい緑地公園に至ったら、背後から忍び寄り、ナイフを心臓に突き立てる。

 現状可能な最も成功率の高い作戦がこれだ。

 魔術とは異なる法則の力を使う前に、心臓を破壊する。魔力の封印を解く余裕も、『魔神』の力を解放する余裕も与えない。これで、タカス・ハルトは絶命するはずだ。


 いつの間にか震えていた右手を、私は左手で包み込んだ。

 震えてる場合じゃない。

 任務をこなすのだ。


 と、突然、今まで休むことなく歩を進めていたタカス・ハルトが足を止めた。


 気付かれたか?


 私は慌てて木の陰に身を隠し、立ち止まったタカス・ハルトの様子を伺う。


 特に何かしようとしている様子はない。

 ただ、立ち止まって辺りをキョロキョロと見回している。

 莫大な魔力を保有する者は、勘が鋭くなる傾向にあるという。もしかしたら、タカス・ハルトは私の存在をその鋭敏な勘で捉えたのかもしれない。

 見つかるわけにはいかない。


「……ま、いっか」


 小さく独り言が聞こえたかと思うと、タカス・ハルトは「くーちゃんくーちゃん~♪」などと謎の歌を歌いながら再び歩みだした。


 一緒に折り紙で遊んだ真っ白な少女のことが脳裏を掠めたが、私は頭を振って、私を惑わす余計な記憶を振り払った。


 もうすぐ緑地公園に差し掛かる。

 鬱蒼と茂る森の中央を貫く公道に入ったら、消音魔術を使って音を消しつつ接近して、ナイフを突き立てよう。

 私は懐からオリハルコンのナイフを抜いた。


♢♢♢


 具体的に何なのかはよく分からないが、しかし確かに、嫌な予感がした。

 夜ともなればこの辺りはかなり暗いので、闇に対する根源的な不安を掻き立てられた言えばそんな気もしないではないが、やっぱり違う気がする。


 思わず俺は立ち止まり、周囲を見渡した。

 後ろにワイズマン辺りが迫っていたら相当なホラーだ。


「……」


 やはりというか、何というか、別に周囲には何にも無かった。

 普通に暗い。それだけだ。別にいつもと変わらない。

 

 どこか釈然としないが、何もないのであれば何をする必要もない。


「……ま、いっか」


 俺は再びを歩を進め始めた。

 こんなときはくーちゃんとじゃれてくーちゃん分を思う存分摂取するに限る。普段より少し遅くなってしまったから、今頃家ではお腹を空かせたくーちゃんがカーテナと共に待っているはずだ。早く帰らなければ。


 くーちゃんの名前を連呼するだけのくーちゃんの歌を口ずさみつつ、俺は緑地公園に入った。緑地公園なんて名ばかりで、単に森のど真ん中に道を通しただけの代物だが。


 木の根に侵食されてボロボロの舗装道を歩く。


 公園の半ばに至ったところで、俺はまたも強い悪寒を覚えた。

 思わずを後ろを振り返る。

 今度は『何もない』なんてことは無かった。


 真っ黒なローブを纏った、かつて俺に『東へ行け』と言った何者かが立っていた。

 音も気配も無く背後を取られたことに戦慄を覚える。ワイズマンの方がまだマシだ。知性無き魔獣ならば、『投影』をフルに使えば瞬殺できる。目の前に居ながら本当にそこに居るのかどうか怪しくなるほど気配が希薄なこの黒ローブは、正体不明かつ意図不明という点でワイズマンより遥かに恐ろしい。


 その手に武器が握られていたら、尚の事。


 握られているのは銀色のナイフ。たかがナイフ、物理障壁を纏う俺の敵ではないはずなのに、何故か俺はそのナイフに脅威を感じていた。

 あれはヤバイ。

 本能的にそう直感する。


「お前は……」


 黒づくめにナイフ装備という、あからさまな不審者。すぐさま重力場を『投影』して制圧してしまえばよさそうなものだが、俺にはできなかった。


 黒ローブの肩とナイフを持つ手が小刻みに震えていた。

 それはまるで、泣いているように見えた。


「誰だ」


 代わりに問う。


 俺に害意があったのならば、俺の背後を取った時点でナイフを振るえばよかった。なのに、この黒ローブはそれをしなかった。

 この黒ローブはかつて、まるで俺が『魔神』化することを予期していたかのように、ドンピシャのタイミングで忠告してきた。

 単純に敵と見なすのは早計過ぎるように思えた。

 見極めよう。

 そう思い、声を掛けた。


「わた……しは……」


 不自然に加工された声。しかし、加工では隠しきれない感情がその声には乗っかっている。


「お前は、誰だ」

「……」


 黒ローブは言葉を詰まらせた。

 ナイフに注視しつつ、その言動を見守る。


「……っ」


 一瞬息を大きく吸い込んだ黒ローブは、突如小規模な魔方陣を展開した。攻撃かと思って身構えたが、すぐに違うことに気が付いた。

 空間移動魔術。

 一部の適格者にのみ許される特殊魔術。エリアルデ支局長以外にその使い手を見たことは無い。エリアルデ支局長が使用する術式とは構成が若干異なるようで、魔方陣の色が違っている。


 間髪入れず、黒ローブは虚空へと消えた。

 結局あの黒ローブが何のために現れたのか、俺には理解できなかった。


1つ伏線回収。『魔神来襲⑤』の黒ローブの正体は、ハリカさんでした。

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