くーちゃんとの生活-05
辺り一面血の海だった。
「ギャァァァァァァアアアアアア!!」
「単騎で挑むな!! 常に三人で動け!!」
「早く回復を……ガッ」
「隊長、増援は、増援はまだなのですか!?」
アナギルド高原には先客が居た。
魔抗銀で作られた鎧で身を固めた、意匠から察するに、俺達が住むリアナ公国の騎士団が、先に魔獣達と交戦していた。
いや、これは交戦とは呼べない。
一方的な虐殺と呼ぶのが正しい。
引き裂かれた魔抗銀のプレートが張り付いている、ただの肉となり果てた無惨な死体がそこら中に転がっている。
数を数えることはできない。
どこからどこまでの肉で一体なのかよく分からないからだ。
生き残りは10名そこそこ居るが、このまま持ちこたえられるとは思えない。
魔獣は二体。ツチグモとジャバウォックに間違いない。
二体とも少し傷を負っているようだが、どれも致命傷には至っていない。
「やれやれじゃのう……。あれほど手を出すなと言うておいたのに」
「リアナ公国騎士団ですね。助けますか?」
「話を聞かん奴が悪い。捨て置け。我らは我らの仕事をするまでじゃ」
などと冷たいことを言うエリアルデ支局長だったが、俺達の仕事もまた魔獣討伐なので、結果的に彼らを助けることにはなる。
はっきり言えばいいのに、ツンデレな支局長だった。
「雷雲よ……在れ」
エリアルデ支局長が空に手をかざす。すると星が瞬いていた雲一つない夜空が、いかなる光も通さない重厚な雲に覆われた。
強烈な魔力をビリビリと感じる。
「カーテナ、『破断』を」
『強度はいかほどにしましょうか、主様』
「七割で構わない」
『了解』
俺は俺で妖刀・カーテナの固有能力を起動する。
刀身が黄金色に包まれ、エリアルデ支局長が放つ魔力にも見劣りしない、神々しい魔力が刀から放たれ始めた。
さらに俺は『投影』を用いて、二重三重に防護結界と障壁を体表に展開する。
質量障壁、魔力障壁、重力場、エトセトラエトセトラ。
「妾はジャバウォックを殺る。汝はツチグモを始末せい」
「あ、ずるい。俺だって蜘蛛嫌いなのに」
「減給」
「ぬぐっ」
やむなく、俺はツチグモの方に向き直った。
三人一組で交代しながら攻撃に耐えている騎士団の連中が居るが、正直邪魔だ。
俺は烈風を発生させると三人を安全圏に吹き飛ばし、さらに追加で発生させた上昇気流でふわりと着地させた。
「な、貴様、何者だ!」
喚く騎士を無視し、俺は刀を構えた。
「いくぞカーテナ」
『はい主様』
何の工夫もない、ただの突進。
ただし、烈風のブースターによって人間が出せる速度を遙かに超越している。さらにカーテナの『破断』を上乗せしているのだ。まともに食らえば即死の一撃だ。
衝撃波を纏いつつ、クモにカーテナを振り下ろす。
刃が肉に食い込む感触を得ると、そのまま身をひねり、一気に両断しようと試みる。
しかし、そこは腐っても超A級魔獣、ツチグモ。
俺の突進に負けず劣らずの速度で地を蹴り、刀から逃れていった。
「ヴォォォォオォオォオォ!!」
ツチグモが雄叫びを上げ、8つの赤い眼が俺を睨みすえる。
騎士たちの血に塗れた禍々しい牙の並ぶ口がガバッと開いた。
直後、直径10センチはあろうかという太い糸、いや、綱が放たれた。
そのままではべたついて切れない。俺は綱のすぐ近くに超高電圧を『投影』した。
効果はてきめん。
光の速度で走る電気は糸を焼いて、高温によって成分であるタンパク質を炭化させる。
ただの炭ならカーテナで切れる。カーテナを振り回し、綱を切りとばす。
糸はツチグモと接触していたので、決して小さくない電圧がツチグモにもかかったはずだが、そこはさすが『ツチ』グモ、電気系の攻撃に対する高い耐性を持っているようだ。ピンピンしている。
「カーテナ、レールガンの用意!」
『はい!!』
細長いU字型の磁場を『投影』。そのレールに沿う形でカーテナを投げ、すかさず向きを揃えた電流を磁場のレールに『投影』した。
衝撃波が、俺の周囲の地面をごっそりと抉った。
気付くころにはもう終わってる。
カーテナを投げたその次の瞬間、カーテナは既にツチグモの頑強な甲皮を貫いて、ツチグモの背後の地面に深々と刺さっていた。
カーテナが通り抜けた後は真空と化し、それを埋めるために風が生まれ、黄金色の軌跡が今更のように走った。
断末魔すらなく、ツチグモは絶命した。
風穴の開いた巨体が傾ぎ、アナギルド高原を赤黒い血で染め上げていく。
俺はカーテナを念動で引き寄せると、呆気にとられている騎士の連中のもとに移動した。
自身の位置を任意の場所に『投影』すれば、このように疑似的なテレポートも可能になる。まあ、目に見える範囲内での話だが。
「き、貴様は……、その技は……、神殺しの……」
「ノーコメントだ。それより俺は、君たちに頼みがあるんだ」
「頼み、だと?」
「簡単な話だ。君たちは公国都市に戻ったら、ツチグモとジャバウォックを討伐したと報告すればいい。犠牲は出てしまったが、最後にはきっちり討伐した、とね」
「……何が目的だ」
背後で、鼓膜を揺さぶる雷鳴が鳴り響いた。俺はその音で、エリアルデ支局長の戦いが終わったことを知った。
「流石、勘がいいね。君たちは魔獣を討伐したと『だけ』報告する。俺やそこの雷を操る女性のことは、一切他言しないでもらいたい。俺の目的は、このことを誰にも知られない、ってことだ。たったこれだけで、君たちは超A級の魔獣を討伐した栄誉が手に入るんだ。悪くない話だろう?」
「……しかし、我らには大公閣下にありのままをご報告する義務が」
「それならこうしよう。『もし君たちが大公閣下に余計なことを言ったら、俺たちは君たちを殺す。逃しはしない』。君たちは脅された。だからしゃべらない」
「……ありのままを報告すれば、我らは君たちに命を狙われ、多大な犠牲を出した責任を負って騎士の座を追われるだろう。我らには、道は残されていないのだな」
「そういうことだ。理解が早くて助かるよ」
「しかし、かつての勇者様が、一体どうして……」
「誰にでも知られたくないことの一つや二つはある。詮索しないでもらえると助かる」
俺は騎士の応答を待たず、エリアルデ支局長のもとに跳んだ。
「……全然問題なかったみたいですね」
「当たり前じゃ。妾を誰だと思っておる」
「いや、ホント、相変わらずとんでもないですね」
既にジャバウォックは黒い塊に変じて事切れていた。
どう頑張っても俺には出せない出力、そこに痺れる(物理)憧れるぅ。
「妾からすれば、汝の方がとんでもないと思うがな。雷を操る者なら数多く知っておるが、雷を使って剣を撃ちだす魔術を使う者は、汝以外には知らん」
「ただの高校物理なんですけどね」
「コウコウブツリ?」
「いえ、何でもありません」
「ふむ、気になるが……。まあ良い。今は、残りの三体の処理じゃ。騎士共は?」
「ちゃんと『お願い』してきました」
「よろしい。では、行くか」
夜は長い。
血まみれの惨劇は、まだ続く。
まさかの一日三話更新でした。
どの辺が「くーちゃんとの生活」なのか、正直よくわかんなくなってきました。