ギルド諜報部-02
いつから監視対象であるはずのハルトさんに惹かれていたのかと言えば、はっきりと『いつ』と定まるものではないので細かい日付を言うことはできない。だけど一つ確かなのは、ハルトさんが人化した刀とくーちゃんと3人で仲睦まじく商店街に買い物に出掛けるのを目にしたあの日以降、徐々に惹かれ始めたということだ。
自分の中にこれほどまでに強い恋心が眠っていたとは露ほども思わなかった私は、初めてハルトさんへの思いを自覚した日には、任務と相剋する感情に戸惑いを覚え、悩み、仕事を休んでしまうほどだった。
私は普通の育ち方をしていない。年頃の少女につきものの恋愛なんてただの一度もしたことがなかった。
諜報部員として必要な様々な魔術を修練し、言語を覚え、多様な知識を仕入れ、体術を磨き、暗殺術を仕込まれた。
そのことに関しては、何ら悪感情を抱いていない。寧ろ感謝すらしている。
戦災孤児だった私はギルドに拾われなければどこかその辺で野垂れ死んでいたか、あるいは今より圧倒的に劣悪な生活をしていただろうから。
「ハリカちゃん、はしっこ持って」
「こう?」
「うん、くーちゃんが折るまで持っててね」
こんな風にゆっくりと流れる時を過ごすこともできる。
いや、監視対象との過度な接近は禁じられてるから本当はしちゃいけないんだけど、でも、それぐらいの役得があったっていいと思う。
愛らしい少女と遊び、好きな人が料理する背中を眺めることを楽しむなんて、少し前の自分には想像すらできなかった。
食欲をダイレクトに刺激する類の、様々な知識を修養しているはずの私も知らない香りが鼻孔に入ってくる。
一体何を作っているのだろうか。
「くーちゃん、そろそろできるからそこ片付けてね。カーテナ、準備手伝って」
「はーい!」
「むぅ」
カーテナと呼ばれた金髪の女性は、拗ねているのか、あからさまに不機嫌そうだ。多分、ハルトさんが私という女性を家に連れ込んだことに対する嫉妬が原因だ。
嫉妬なんてする必要はない。私が抱いた恋心は、私の中で完結する以外の道を持たないのだから。
不機嫌そうに唸ってはみても、カーテナさんは大人しくハルトさんの手伝いを始めた。根はいい人、いや、いい刀剣なのだろう。
「私も何か」
「ハリカちゃんはお客さんだから、ここに座ってて」
使わなかった折り紙を纏めていたくーちゃんが、立ち上がろうとした私の袖を引いて引き留めた。
さらに、料理が盛りつけられた大皿を運んできたカーテナさんが、
「主様の方針だから、大人しく座っててよ」
と、若干言葉に棘が残っているような感じで、私を制した。
嫌われてしまったらしい。カーテナさんの中で、私はさしずめ泥棒猫といったところだろうか。
そこまで言われて自分の意思を強硬に押し通すことなんてできるはずもなく、私は次々と並べられていく未知の料理が丁寧に盛り付けられた皿を眺める。
卵が浮いた透明の、スープ?
生魚の切り身と、黒い、ソース?
この黄色い揚げ物は、一体何だろう。
味付けも何もしていないご飯が、どうしてこんなに艶々と光っているのだろうか。
諜報部員として様々な国に対応できるよう教育を受けている私だけど、ここにある料理は、少なくとも私が修養した知識の範囲には該当するものが見つけられなかった。
最後に透明かつ緑色の液体がグラスに注がれて、食事の準備は完了したようだった。
「たくさんあるから遠慮なくどうぞ。それじゃ、くーちゃん」
ハルトさんがくーちゃんの方をちらりと見ると、くーちゃんは胸の前で両掌を合わせた。
「手を合わせて」
「「「いただきます」」」
「い、いただきます」
私は慌てて真似をした。
食事の前に祈る習慣を持つ宗教の存在は知っているけど、『いただきます』というのはその宗教とはどうも違うようだ。
料理は無秩序な創作というわけではないようで、何か一定の秩序があるように感じられる。明らかに、何らかの文化に裏打ちされた料理だ。
監視の時にも何度か見られた、アルキドア帝国とリアナ公国のどちらとも違う挨拶や習慣。
5年前、突如として頭角を現し、魔術国家・アルキドア帝国に於いて最強の魔術師の称号を得たこと。
魔術から外れた何らかのスキルを扱い、無秩序な現象に一定の秩序を持たせるその技術。
ハルトさん、あなたは一体、何者なのでしょうか。
♢♢♢
かわいらしいくーちゃんに、少しずつだけど私に対して心を開き始めたカーテナさん、そしてハルトさん。
雑談を楽しみつつ過ごす時間はあっという間に過ぎていく。
料理は、今まで食べたどんな料理よりもおいしかったと自信を持って言える。どういう風に作るのか気になって聞いてみたら、ハルトさんは饒舌に語ってくれた。
何でも、幾種類もの食材から旨味成分なるものを抽出してベースを作る所から始めるらしい。調味料は大豆やら米やらを発酵させて作った特製の品だという。
こういった種類の料理を総じて『ワショク』と言うらしい。
なるほど、これは真似できない。
「手を合わせて」
「「「「ごちそうさまでした」」」」
くーちゃんの音頭で『食後の挨拶』を済ませると、私は片付けを少しだけ手伝わせてもらい、帰宅の準備を整えた。
「また来てね!」
「……またね」
かわいらしいくーちゃんの頭を撫でてやり、きまり悪そうにそっぽを向きつつ小さな声で呟いたカーテナさんにニコリと笑いかける。
「お邪魔しました。楽しかったです。ご飯美味しかったです」
「また気が向いたらいつでも言ってくれ」
今日一日で他人行儀な敬語が外れたハルトさんに対して何も言わずに一礼すると、私はハルトさんの家を後にした。
楽しい時間は、これでおしまい。
私はポケットから、表面に複雑な魔方陣が刻まれたカードを取り出して、耳にあてた。
「こちらHA01。定時報告のため、本部への接続を申請する」
カード表面の魔方陣が私の魔力を受けて淡い青に輝き、遠隔地と接続、交換手の女性の声を伝える。
『符牒を』
「4521932」
『確認しました。本部へ接続します』
しばらくして魔方陣の色が淡い青から薄紫に切り替わった。交換手の女性ではなく、中央の、私の直属の上司へと接続先が切り替わったのだ。
『HA01、定時連絡を聞こう』
落ち着いた低い声に対して、私は『今日の報告事項』として最初から決めていたテンプレートを読み上げる。
「監視対象タカス・ハルトは本日も目立った行動を取らず、一ギルド職員として業務をこなしていました。本日探査で新事実が判明したので報告いたします。監視対象が体表面に展開している障壁の数は合計5枚。肉体に一番近い側から物理障壁、魔力障壁、物理障壁、魔力障壁で、最も外側に展開されていたのはそれら障壁を包み隠す未知の遮断フィールドと推測されます」
実は、障壁の種類や枚数に関しては結構前から分かっていた。監視対象の家に食事をしに行くというあからさまな違反行為を手柄で包み隠し、バレた時には『より接近して探査を行うため』という言い訳をするために温存しておいたとっておきだ。
『5枚もの障壁を常時展開し、しかもそれを誰にも悟られない工夫までしているとは、用意周到だな。報告は以上か?』
「はい、以上です」
『了解した。HA01、本日は伝達事項が2つある。周囲を探査し、機密性を確保せよ』
「了解」
伝達事項が2つとは珍しい。普段は1つも無いし、あって1つだ。
私は〈探査〉の魔術で周囲を探り、誰も居ないことを確認すると、カードに呟いた。
「機密性を確保」
『では、伝達に移る。1つ目、先日アルキドア帝国に現れた2つの特異な魔力反応に関する分析結果が出た。片方の魔力の主はタカス・ハルト。放出された魔力は一般的な属性のいずれにも属さない未知の性質を示した。伝説上の存在だが、『虚無』属性の魔力ではないかと検討されているが、はっきりしたことはまだ分かっていない。もう片方は一切不明だ』
「1つ目了解」
アルキドア帝国の帝都から放たれたあまりに巨大で特異的な魔力反応。ギルドの諜報部はその魔力のデータを分析し、正体を探っていた。
最初はアルキドア帝国が用意した新型の魔装なのではないかと疑われていたが、アルキドア帝国が急きょ戦争準備を停止して戦争を回避する方向へと舵を切った時点で、この可能性はほぼ否定された。人知を超越した魔力を放出するような魔装を作り上げるほどの準備までして、直前になって戦争を諦めるのはあまりに不自然だからだ。
では、あの魔力は何だったのか。
数日前の深夜、ハルトさんがリアナ公国を発ってアルキドア帝国に向かったことが確認されている。この事と魔力の主がハルトさんだったことを繋いで考えれば、ある程度は判明したようなものだ。
威嚇のために放った神級魔術という線が一番濃厚だ。
2つ目の伝達事項というのはそれに関するギルドの方針だろう。
なんて、高を括っていた。
『2つ目の伝達を行う。ギルドは監視対象タカス・ハルトを〈魔神〉と認定』
『魔神』、だって?
『魔神』適格者だったというのは分かっている。だけど、適格者でもなく、単に『魔神』?
それは……、まさか……。
『〈指針〉に基づいてタカス・ハルトの暗殺命令が下された。HA01、お前の新しい任務を伝える。タカス・ハルトを殺害せよ。カーテナ、〈龍神の御子〉についてはその生死を問わない』
楽しい時は、夢のような日々は、突如として終わりを迎えた。
変態カーテナがツンデレへと雄飛の時を迎えようとしています。




