ギルド諜報部-01
「……では、こちらのBランククエストで手続きします」
クエストを求める人に条件と合致するクエストを斡旋して仲介料をいただく。言ってしまえば、ギルドとは単なる仲介業者だ。
私は今日も、このギルド・カタリナ支局でクエストを求める様々な人達と話し、クエストを決め、手続きをする。
受付嬢。
それが今の私の職業だ。
「支局長、この書類にサインお願いします」
後方から聞こえた声は、事務処理の要にして受付までこなす万能ギルド職員、タカス・ハルトのものだ。
最近はエリアルデ支局長とかなり接近しているようで、男性職員一同の嫉妬を一身に集めている。どうも嫉妬の炎をたぎらせる男達の中に1人生まれつきの呪術能力者が混ざっているようで、私は何度か高位の呪術をハルトが障壁で弾き飛ばす瞬間を確認している。
きっと、他の誰も気付いていない。
無形の呪術を完全に防ぎきる程精緻で広いのに探査しなければ気付かないよう調整された魔力障壁を、一介のギルド職員が纏っていることがどれほど不自然なことか。
彼の正体は、元・アルキドア帝国筆頭宮廷魔術師にして、東方の『魔神』を殺した英雄、『神殺し』のハルト。
莫大な魔力を持ち、様々な神級魔術を操り得る魔術的なキャパシティを持つ、信じられないようなスペックの持ち主。加えて魔術では説明できない現象を起こす、らしい。
愛剣は『古の妖刀』カーテナ。1000年近くに渡って数多の所有者の血を啜ってきた正真正銘の妖刀をどのようにして従えたのかは不明だ。
東方で預かった『龍神の御子』と生活を共にし、現在は隠居中の『嵐龍王』テンペスタと懇意にしている。
そんな人物が正体を隠してギルド内部に潜り込んできたのだから、良からぬ陰謀を企てているのではないかと疑い、その目的をギルドが探ろうとするのは当然の流れだ。
しかし真っ向から尋ねても答えてくれる訳がないし、無理に聞き出そうとして暴れられたら手に負えない。
穏便に事を運ぶために、ギルドは間者をタカス・ハルトの近くに配置することにした。
それが私だ。
私はギルド諜報部に所属する諜報員、ハリカ。
ギルドの利用客に愛想を振りまきつつ、タカス・ハルトの行動を監視し、中央へ報告するのが私の役目。
誰にも言えない秘密を胸に秘めつつ、私は今日もこのギルド・カタリナ支局でクエストを求める様々な人達と話し、クエストを決め、手続きをする。
♢♢♢
「ハルトさん、仕事が終わったら一緒に食事でもいかがですか?」
勇気を振り絞り、書類と格闘するハルトさんを食事に誘ってみた。
既にエリアルデ支局長は帰宅した。ハルトさんに呪詛を放つ男衆も既にあがっている。残業したのは、もちろん意図してのことだ。
「え……ああ」
困惑するのも無理はない。私は仕事柄、過激な言い方をすればストーカーみたいな真似までしてハルトさんの人柄や交友関係を調査しているから、ハルトさんの事ならそれなりに知っている。対してハルトさんから見た私は単純に『ギルドの同僚』程度のものでしかないだろう。そんな程度の人間から突然食事の誘いを受ければ、誰だって困惑する。
「だけど、今家にお腹を空かせて待ってる子がいて……」
「そうですか……」
きっと『龍神の御子』、くーちゃんのことだ。
私はハルトさんがくーちゃんのことを誰よりも何よりも大切にしていることを知っている。ハルトさんの中で最大の優先順位を持つのは、間違いなくくーちゃんだ。しょうがないことだというのは、分かっている。
それでも、きっと今の私は浮かない顔をしていることだろう。
しかし、そこは優しいハルトさんのこと。『同僚』程度の私にでも、その優しさは発揮された。
「あの、もし良ければ、家に来ますか? 日持ちしない食材もあるし、くーちゃんを置いていくわけにもいかないから外食は無理ですけど、家で料理を振る舞うなら構いません。子供が苦手じゃなかったらですけど」
「良いんですか!? もちろん行きます! 子供は大好きです!」
その優しさにつけ込むようなことになってしまって、若干心苦しくはあったけど、それより何より、ハルトさんとの食事のチャンスを得たことが嬉しかった。
しかも手料理!
ハルトさんが独自の料理を研究していることはもちろん知っている。
慕う異性の家で、手料理を頂く。
嬉しくないわけがない。
♢♢♢
俺に春が来た。
一瞬そんなことを思ったが、しかしすぐに打ち消す。
人気ナンバーワンの受付嬢であるハリカさんから食事に誘っていただく。確かにリア充っぽいイベントに違いは無い。しかし、これをすぐに『あれ? この子俺に気があるんじゃね?』的な方向に結びつけるのは早計だ。というか、愚かだ。
良く考えなくても分かる。
ギルドの花、ハリカさん。怜悧な美貌を持つエリアルデ支局長とは対照的に、いかにも女性らしい可憐な容姿を持ち、エリアルデ支局長と共にカタリナ支局のツートップと呼ばれるハリカさんが、碌に話したこともない木端職員の俺なんぞに惚れるわけがないではないか。
多分、あまり話したことのない俺と食事に行くことでコミュニケーションの円滑化を図り今後の業務でチームワークをどうのこうの、といった目的があるのだと思われる。
しかし、そういう目的にしろ、そうでないにしろ、ハリカさんと食事をするチャンスを蹴る程俺は枯れてはいなかった。
くーちゃんの事を考えると一人だけ外食に行くわけにはいかないので、一度は辞そうとした俺だったが、未練がましくも、自宅で手料理を振る舞うなどという今から考えれば『何言ってんの俺』的な提案をしてしまった。
しまったと思ったが、しかし何故かハリカさんは喜んでいる。
油断は禁物、女性は怖い。
笑っているときでも腹に一物あるものということは、小学校から高校まで、骨の髄まで思い知らされてる。
もしかしたら内心ドン引きされているかもしれないと若干ブルーになりつつ、俺は超特急で最後の書類を片付けた。
帰り道、俺はハリカさんと取るに足らない世間話をした。そのうちに俺の疑念は徐々に薄まり、やがて見えなくなった。
♢♢♢
「また主様が知らない女を連れ込んだ……っ」
ハリカさんを伴って帰宅すると、予想通り、カーテナが何やら邪悪なオーラを放ち始めた。
最近『呪縛』の力を取り戻したらしいカーテナ。つい最近、エアリアとテンペスタさんを招いてちょっと豪勢な夕食を食べた時も、こいつはこんな感じでエアリアさんに対して邪悪なオーラを放っていた。
…………あの後のことは、ちょっと思い出したくない。軽いトラウマだ。しばらくはエアリアの顔をまともに見れそうにない。
「同僚のハリカさんだ。カーテナ、お客さんに失礼な真似するなよ」
あの謎の酒は物理障壁と魔力障壁に加えて神級魔術『神の鎖』でガッチガチに封印した。『破魔』や『破戒』を使うカーテナ対策にはそれだけでは足りないので、『投影』による高重力場を障壁の内側、酒瓶の周りに展開している。つまり、少なくともカーテナがキス魔と化すことは無い、はずだ。
「こんばんは、ハリカです。今晩のお食事をご一緒させていただくことになりました」
いきなり失礼をかましたカーテナに対して、ハリカさんは丁寧に挨拶をした。丁寧過ぎて、カーテナがたじろいでいる。
「あ、ハルだ! ただいま~!」
ダダダ、と音を立てて居間から駆け寄ってきたくーちゃんを抱き上げ、絹より上質なくーちゃんの真っ白な髪をくしゃくしゃと混ぜるように撫でる。
一日の疲れがくーちゃん分の摂取と共に消滅していく。
ああ、癒える、生き返る……。
「くーちゃん、帰ってきた人への挨拶は何だったかな?」
「えっとね……、おかえり!」
「うん、正解。ただいまくーちゃん」
そこで、くーちゃんの視線が俺の後ろに居るハリカさんの方へと向いた。
「お姉ちゃんだあれ?」
「初めまして、私はハリカっていいます。よろしくね」
「くーちゃんはね、くーちゃんっていうの! ハルのお友達?」
「そうだよ。今日はお夕飯を食べに来たの」
「くーちゃんたちと一緒に食べるの?」
「そのつもりだけど……、良かったかな?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるくーちゃん。
基本的に多人数で何かをすることが大好きなくーちゃんはあまり人見知りをしない。
色々な人に天使パワーを振りまきまくった結果が商店街でのあの莫大な量の戦利品だ。
カーテナはどことなく不機嫌だが、しかしくーちゃんラブなカーテナはくーちゃんを悲しませるような真似はできない。無理に追い出せば間違いなくくーちゃんは悲しむので、こうなればもうカーテナは脅威ではない。単なる人畜有害な変態に過ぎない。
「ハリカさん、あがってあがって。食事の準備をするから、居間で待っててよ」
「お邪魔します」
丁寧に一礼。
ここまで挨拶をきちんとこなし、礼儀正しい人間を、俺はこの世界で初めて見た。
「ハリカちゃん、くーちゃんと一緒に折り紙しよ!」
「おりがみ?」
「しゅりけんとかパックンチョを紙で作るの。ハルがいっぱい作ってくれたんだぁ」
最近用意してあげた折り紙をひっぱり出した。ハリカさんはキョトンして、正方形の色紙を見つめている。
無理もない。
本来この世界に折り紙は存在しないからな。ハリカさんも初めて見る物品に違いない。
くーちゃんがハリカさんに覚えたてのパックンチョの折り方を一生懸命教える声が聞こえる。
そんな微笑ましい声に耳を傾けつつ、俺はいつもより少し多めの夕食を作っていく。
ギルド諜報部編開始。もちろんシリアスを含みますが、できる限りほのぼのも描くよう努力します。
執筆時間がかなり縮小しているので、時間はかかるかもしれませんが。




