くーちゃん初めてのおつかい-04 後日談
「この挽き肉ね、くーちゃんが1人で買ってきたんだよ」
「おお、そいつはすごいな。お遣いは楽しかったかい?」
「うん! 野菜屋さんのおばちゃんはくーちゃんにおっきなトマトをくれてね、果物屋さんのお姉ちゃんはリンゴくれたの! 重たかったけど、くーちゃんがんばったんだよ!」
柔和な笑みを浮かべるテンペスタさんに、満開の桜よりも可憐で向日葵よりも明るい笑みを浮かべたくーちゃんは、興奮気味に今日の冒険の話を語っていた。
このおかずの材料はくーちゃんが買ってきたとか、誰が何をくれたとか、整理して話しているわけではなく、思いついた順に言葉にしているようだった。
長方形の座卓の4辺のうち、狭い1辺に本日の主役であるくーちゃんが陣取り、長い2辺に俺とカーテナ、テンペスタさんとエアリアのペアで座っている。残る1辺には誰も居ない。
150グラム級のハンバーグに刺身魚二匹分、ボール一杯の豪快なシーザーサラダ、皿に所狭しと並べられた餃子という、普段であれば有り得ない量の夕飯も、5人も居れば順調に売れていく。
「旦那、この魚は、生でも食べれるのかい?」
「はい、そこの醤油……、黒いタレに漬けて食べてください」
「…………うまいな」
日本食の伝道者を自認する俺としては、その言葉ほど嬉しいことはない。くーちゃん、カーテナ、エアリア、エリアルデ支局長に続いて、テンペスタさんを抱き込むことができれば、俺の日本食布教活動もまずまず成功だ。
さて、ここで1つクエスチョン。
「……」
「……」
カーテナとエアリアがバチバチと火花を散らしているのは何故でしょう。正解者にはお刺身をプレゼント!
実を言えば、仮説ぐらいはある。
エリアルデ支局長を部屋に連れてきた時もカーテナこんな感じになっていた。恐らくはあの時と同じ、俺が女性を部屋に連れてきたということに過敏に反応して、敵対心を剥き出しにしているのだろう。テリトリーを冒された猫みたいなものだ。
テンペスタさんは既に諦めている。俺もそうしたいところだったが、こちらはホストであちらはゲスト。流石に放置するわけにもいかない。
「カーテナ」
「……ふん」
不機嫌なカーテナ。
「テナちゃん、エアちゃんのこと嫌いなの?」
不穏な気配を感じたくーちゃんが、カーテナに問う。どことなく寂しげなのは、単純にいつも一緒に暮らすカーテナと、遊び相手になってくれるエアリアが不仲だということに、言い知れぬ不安を覚えているからだ思われる。
くーちゃんに言われれば、ここまでツンツンしてきたカーテナも折れざるを得ない。
「そ、そんなことは……」
「仲良くしてね」
不安げに上目遣いでカーテナを見るくーちゃん。
普段の太陽のように明るい可愛さではなく、儚く壊れてしまいそうで庇護欲をそそられる種の可愛さ。
ぐ……、だけど……、ここで泥棒猫Ⅱを認める訳には……、などと訳の分からんことを小さな声で呟くカーテナだったが、陥落は時間の問題と思われた。
横に居るだけの俺は既にその可愛さの前に陥落しているので、よくもっていると言えるだろう。
「カーテナ、落ち着けよ。エアリアが何かしたわけじゃないだろ? 折角の御馳走なんだから、雰囲気壊すようなことするなよ」
と、俺もカーテナを窘めようとしたのだが、これが裏目に出た。
表情を完全に消失させたカーテナが虚ろな目を俺に向ける。
『喰われる』
という本能的根源的恐怖が俺の身体を貫き、金縛りにあったかの如く、全身が動かなくなった。
いや、違う。
本当に金縛りにあっているのだ。持ち主の身体の制御を奪い、刀剣に封じられた怒りと憎悪から『血を啜る妖刀』と言われていた時代の能力、『呪縛』。ここ数年終ぞ使わなかった能力。てっきりもう使えないものとばかり思っていたが……。
カーテナは別に俺の身体を操るでもなく、静かに食器を置くと、キッチンの方に音もなく、滑るように移動していった。
簡易冷蔵庫を開けると、エリアルデ支局長から追加で頂いた酒の瓶口を『破断』を纏った指先で切断し、ラッパ飲みし始めた。
「お……い……、カー……テナ……」
『呪縛』に縛られ、声すらまともに出すことが出来ない。『投影』によって外側から力をかけて体を動かそうと試みるが、やはり細かい動きは不可能だ。
俺は覚えている。
かつてアイツがあんな風に酒を飲んだ後、一体何が起きたのかを。
今ならまだ間に合う。アルコールを全部分解してしまえば酔うことは、
「ふへへぇ……、あ~る~じ~さ~ま~」
遅かった。
酒瓶片手に、ふらふらと揺れる千鳥足で戻ってきたカーテナ。紅潮した頬に、とろんとした目。完全にできあがってやがる。
超速攻で酔いが回る謎の効能を持つ酒。ヤケ酒を始めるカーテナ。
いつぞやの悪夢が俺の脳裏を掠めていく。
何事かと目を向けるテンペスタさんとエアリア。くーちゃんは円らな瞳をカーテナに向けて、小首をかしげている。可愛いけど、今はそれどころじゃない。
酒を口に含んだカーテナは、その酒を飲み干さずに口に溜めると、目にもとまらぬ速さで呆然としていたエアリアにキスを決めた。
「な、んぐっ!?」
抵抗しようと、エアリアの周囲に操風系魔術の魔方陣が展開されかけたが、カーテナが『破魔』を纏った指先で魔方陣を撫でると、粉々に砕けて消滅した。
キス魔・カーテナが口に含んでいた酒がエアリアの口に移され、反射的に喉を鳴らして嚥下する様子が見て取れた。
「おい!? まさかそれ、酒じゃなかろうな!?」
慌てたように叫ぶテンペスタさん。
誰の目にも明らかなことだが、間違いなく酒だ。
「旦那、済まねえがクリス様を連れてくぞ! 大丈夫、旦那なら生き残れる!」
テンペスタさんは今まで見たこともないような慌てようでそう叫ぶと、くーちゃんとくーちゃんの食べかけの食事を皿ごと風で浮かせ、文字通り風のように飛翔して玄関から飛び出していった。
え? 生き残れる? それよりも、何でテンペスタさん出てったの? それもくーちゃんを連れて。
超展開に脳がついて行っていない。
俺は『呪縛』を破る魔力障壁のイメージをやっとのことで練り上げると、全身に『投影』して金縛りを破った。
「おいカーテナ! お前何を」
しかし、カーテンを叱りつける俺の言葉は最後まで紡がれることは無かった。
理由は単純。
今までカーテナにホールドされて唇を奪われていたエアリアが、突然身を昼がして俺に突進をかけてきたためだった。
物理的な衝撃は体表に常時展開している障壁が受け止めてくれるが、基本的に相手を傷付けないよう弱く設定しているため、受けきれなかった衝撃が俺の身体を後方のソファーにまで俺を運んだ。
もし障壁が無かったら、と思うと、背筋が嫌な汗で濡れた。
「ねぇハルトォ」
そんな俺にはお構いなしに、びっくりするような甘い声で、妖艶に微笑むエアリアが俺の胸のあたりに抱き着き、指先で頬をつついてくる。
柔らかな感触を2つ腹部に感じるが、ぶっちゃけるとそれどころではなかった。
目と目が合った瞬間、別の意味で『喰われる』恐怖が俺の身体を貫き、硬直させる。
アンタ誰だ!?
明らかに酒の影響を受けているが、それにしたって豹変しすぎだろ。人格完全にスイッチしてるじゃねえか!
「あ~、私のあるじしゃまなの~。どいてよどろぼーねこー」
サ行の呂律が完全に崩壊したカーテナまでもが俺の近くに擦り寄ってくる。
チャンス。高等魔術『優しき眠り(ヒュプノス)』の魔方陣を展開、発
「だ~め~」
「なっ!?」
パワーセーブモードの今の俺が持つ大半の魔力を練り込んだ催眠魔術の陣が粉々に砕け散る。
誰が? 言うまでもない。カーテナが『破魔』で俺の魔方陣をぶっ壊したのだ。
魔力切れだ。『優しき眠り』を2度も使える程今の俺に残された魔力はない。かといって力を解放しようにも、酔っ払いのカーテナでは『破戒』を使えない。
エリアルデ支局長を上回る大人の色気を醸し始めたエアリア(酔)の指先が、徐々に頬から南進し、今や俺の胸元にまで下りてきている。
触れられたところからゾクゾクと震えが起こり、恐怖に変わる。
「ハルトぉ、私といいことしよ?」
「お、おおおおお断りします」
その眼にあったのは、強烈な欲望。獲物を前にした捕食者の眼がそこにはあった。
それを向けられた俺にあったのは、男性らしい感情ではなく、生物が根源的に持つ恐怖だった。
その気になれば酔っ払い如き一瞬で制圧できるだけの力を備えているはずなのに、歯がガチガチと震える。
被食の恐怖が俺を襲い、首を小刻みに震わせるようにして拒絶の意を示すが、エアリア(酔)が聞く耳を持つとは到底思えない。
「だめー! あるじしゃまは私の~」
カオス到来、カーテナがマウントポジションを取るエアリアを突き飛ばすと、甘える猫のような調子で俺に頬を摺り寄せてくる。
抵抗しようと動こうとしたら、再び『呪縛』をかけられて体の自由を奪われた。『呪縛』を破るイメージの構築にはどうしても時間がかかる。んふ、と笑いながらこちらに寄ってくるエアリアと現在進行形でゴロニャンしているカーテナに集中力をかき乱されて、イメージの錬成がうまくいかない。それが更なる焦りと恐怖を生み、見事なまでの負の連鎖に突入していった。
理解した。
テンペスタさんがどうしてくーちゃんを連れて逃走したのか。
この獰猛な『捕食者』の覚醒を畏れ、その魔の手がくーちゃんにまで及ぶことを避けるためだ。
種類としては、酔っ払うと色々開放的になるエリアルデ支局長の超強化版と言ったところか。流石親戚、よく似ている。
何なら俺も一緒に連れて行ってほしかったが、確かに俺とくーちゃんならどっちの避難を優先すべきか、そんなことは議論する必要すらない。
生暖かく、どこか酒臭い吐息が俺の耳を撫でた。
寒くもないのに止まらない震え、意思に反してカチカチと音を立てる歯、ほとんど動かない身体、尽きた魔力。
ここまで追い込まれたことが、今まで一度でもあっただろうか。
エアリアの顔が俺の顔に近づいてくる。ロマンチックのロの字もない、抵抗できない恐怖と被食の恐怖に包まれた俺は、妖しく光るエアリアの眼を見ることしかできない。
唇と唇の距離が後数センチの距離にまで縮まったとき、俺は突然強烈な睡魔に襲われ、為す術なく深い眠りへと落ちて行った。
一瞬柔らかい感触がした気もするが、はっきりとはせず、俺の記憶はそこで途切れた。
友人「エアリアは酔ったらどうなんの?」
私「え?」
友人「エアリアは酔ったらどうなんの? 痴女にでもなんの?」
というやり取りがあって、この話を急造しました。エアリアさん不憫。
エアリアはこれからもちょこちょこ登場いたします。
次からは今度こそ「ギルド諜報部」編です。




