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くーちゃん初めてのおつかい-03

 俺の想定を遙かに上回る量の物品が詰められてパンパンに膨れ上がった買い物袋を、くーちゃんはその小さな体で必死に支え、運んでいる。龍族故に、確かに同程度の体格の少年少女よりも力持ちなのは間違いないが、それも甚だしく力持ちというわけではなく、あくまでも同程度の体格の少年少女に『比べて』力持ちという程度なのだ。くーちゃんにとってあの量の荷物は、文字通り『荷が重い』はずだ。


「こっそり力場を『投影』したらバレるかな?」

「多分ばれると思います。『予知』の力なのか、くーちゃん最近やたらと勘がいいですし。もしかしたら、こうしてこっそりついてきてるのも分かってるかもしれません」

「だよねぇ……」


 しかし俺達の視線の先には、重たいのだろう、頻繁に買い物袋を持ち直し、右肩にかけたり、左肩にかけたり、両手で運んだり、四苦八苦するくーちゃんが居る。

 可愛すぎるが故の受難と言えよう。マイエンジェルが誰にとってもエンジェルだったがために起こった悲劇、ということだ。


「多分、くーちゃんも助けられることは望んでないと思います。1人でやり遂げたいと思ってるに違いありませんから」

「じゃあ、こうやって遠くから見守ることしかできないのか」


 歯痒い。

 力を貸したいのに、貸すことはできない。貸すことが寧ろくーちゃんにとっては害となるこの状況。

 

 あんな小さな体で、『投影』も魔術も使えない状況だったら俺でも遠慮したいような荷物を持って、家まで歩くというのだ。

 

 しかし、ここは心を鬼にして傍観に徹するべきなのだ。


「……ちょっとだけ」

「駄目です」

「はい……」


 非常識の極み、変態・カーテナに諭されるというこの屈辱を、しかしどう考えても非は俺にあるので何一つ言い返すことが気でないというこの悔しさを、誰か理解してくれるだろうか。


 少しずつ、確実に前進していくくーちゃんを邪魔すべきでないのは、確かに分かる。


 そんないたいけな至高の大天使くーちゃんの背後の方に、性根の悪さが顔に沁みだしているかのような下種スマイルを浮かべた男が3名程一定の距離を取って歩いていることに、俺は気付いた。

 ニタニタと笑う男達。何か話しているようだったが、この距離ではさすがに聞こえない。

 しかしどうにも嫌な予感がした俺は、『投影』によって男達と俺の間の『振動』の減衰率を0にした。まるで隣で話しているかのような鮮明さで、俺の耳に男達の会話が入るようになる。


『兄貴、あんなガキ、捕まえてどうするんですか?』

『ガキ専の人売りに高値で売りつけるンだよ。ンで、あのガキの保護者に身代金吹っ掛けて、金を毟り取る』

『おお、流石兄貴、容赦ねぇ! 痺れるぅ』

『そうと決まりゃ、早速行動っすね。おい、ちょっと周り確認して来い。俺はガキを気絶させる術式組む』

『やり過ぎんなよ。死んだら元も子もねえンだからよ』


 知性の欠片も感じられない愚か且つクズな会話が俺の耳を汚した。


「……」


 ふう。

 やはり、様子を見に来て正解だったようだ。


 この世界は、そうそう優しくはできていない。人々の優しさや人情も確かに存在する一方で、確実に悪意も存在している。


 若干興奮気味だった思考が冷えていく。

 健気に頑張るくーちゃんの姿を見ることで俺の全身を満たしていた全能感やら多幸感が影を潜め、代わりに冷たい感情が表に現れた。


 そんな俺の変化を敏感に感じ取ったカーテナが、怪訝そうな顔を俺に向けた。


「……主様?」

「カーテナ。ちょっと待っててくれ。やらなきゃいけないことができた」


 返答を待たず、俺は自分の座標を『投影』で書き換え、空間を跳んだ。男達のすぐ前、くーちゃんから30メートル程離れた位置へ。

 すぐさま光遮断障壁を『投影』し、俺とくーちゃんの間に真っ黒な壁を出現させる。多少乱暴なやり口だが、これで万が一くーちゃんが振り返っても、俺の姿を見ることはない。こっそり保護者がついて来ていたということを知られることは無い。


「うお!?」

「何だテメエ!?」

「どっから現れやがった!?」


 喚くサル3匹。

 この手の人種が髪をツンツンに立てたり、過剰な装飾を施したり、一般的な尺度から見て煙たがられたり倦厭されるようなファッションを敢えて選ぶことで自身の存在を大きく見せようとするというのは、この世界でも元居た世界でも変わらない。

 1つ違うのは、元居た世界の『そういう奴ら』の大半が単なる根性無しの愚図だったのに対し、この世界の『そういう奴ら』は倫理観の欠如した本物のクズであるということだ。

 力さえあれば何をしてもいい。そう心の底から思い込む人種。

 奪う。殺す。傷付ける。脅迫する。火を放つ。強姦する。誘拐する。

 警察組織が十分に発達していないこの世界では、こういう奴らに対抗するためには明確な『力』を手にするしかない。『力』無き者は餌食になる。例えば、あの村のように。


 俺はくーちゃんを傷付けようとする者を容赦しない。

 くーちゃんに害意を抱いた時点で、そいつは俺の敵意を受けることになる。実害を与えたら殺意の対象だ。

 かつての盗賊のように引き裂いて殺すような真似はもう決してしないが、少々きつめのお灸を据えさせてもらうことにしよう。


 俺は問答無用で重力場を『投影』した。

 ゴシャッ、と盛大な音を立てて、男達が大地と熱烈なハグを開始する。


 さて、それでは『お願い』を始めようか。

 

♢♢♢


 くーちゃんがアパート前まで来た時点で室内に転移した俺とカーテナ。

 ほとんど間を開けず、玄関のドアがガチャリと音を立てて開いた。

 

「ただいま!」

「おかえりくーちゃん!」


 カーテナが何食わぬ顔でくーちゃんを出迎えに行く。

 

「あれ? こんなにたくさん、どうしたの?」

「おじちゃんやおばちゃんが『おつかいがんばってね』ってくーちゃんにくれたの!」

「そうなの。くーちゃん、今度行ったとき、おじちゃんやおばちゃんに『ありがとう』ってもう一度言おうね」

「うん!」


 全て余すところなく見ていたというのに、白々しいカーテナだった。

 人のことを言う権利は俺には全くないが。


「おかえり、くーちゃん。ちゃんと買えたかな?」

「うん! くーちゃんね、ちゃんとハルが言ってた奴ちゃんと買ったよ!」

「すごい! くーちゃんはえらいな~」


 可憐なるマイエンジェルの頭頂部に手をあてて、くしゃくしゃと髪をかき混ぜるように撫でてやる。

 

「くすぐったい」


 あまり何も考えずに撫でたので、指先が生えかけの角に当たってしまったらしい。その感触によると、くーちゃんの角はまた1ミリ程成長しているようだった。

 一人でお遣いに行けるようになったことで一歩大人に近づいたくーちゃん。その小さな身体も、着実に成体へと近付いている。


「ようし、今日はくーちゃんの大好きなハンバーグにしよう! 後、くーちゃんが買ってきたお魚さんを使って、お刺身でも作ろうか」

「ほんと!? ハンバーグとお刺身!?」


 目をキラキラ輝かせるくーちゃん。

 今日はちょっとしたパーティだ。くーちゃんが一歩大人に近づいた記念すべき一日を祝して、御馳走を作ろう。


「くーちゃん、もう1個だけ、お遣い頼みたいんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ!」


 さぞ疲れているだろうに、そんな様子はおくびにも出さず、この快諾。良い子に育っている。クズを叩き伏せて荒んだ俺の心が、くーちゃんの純真無垢で天真爛漫な振る舞いを見ていると少しずつ癒されていく。


「テンペスタさんのところにいって、『晩御飯一緒にどうですか』って言ってきてくれるかな?」

「うん、わかった!」


 言うが早いか、くーちゃんは疲れを微塵も感じさせない機敏さで玄関から飛び出していった。子供というのは俺たち大人とは動力源が違うんじゃないかと真剣に思う今日この頃。あの無限にも等しい元気はどこから湧くのだろうか。


 そんな詮無い思考をしつつ、俺はくーちゃんの買い物袋の中身を取り出し、簡易冷蔵庫や冷凍庫に入れるものと今から使うものに仕分けていく。

 

 成長を喜ぶ気持ちの他に、一抹の寂しさを覚えつつ、俺は600グラムとペンで書かれた包装紙から、900グラム程の挽き肉を取り出した。

 

 くーちゃんは今日確実に一歩大人になった。

 1人で買い物をした今日の経験は、今後のくーちゃんに自信を与える。

 こういう小さなことの積み重ねが、きっとくーちゃんを強く優しく成長させていくことだろう。

 一瞬頭をもたげた『シリアス』を何とか押さえつけました。以上、くーちゃんだけでなく、ハルも少し成長するお話でした。

 次回は『ギルド諜報部』編を予定していますが、間が開く可能性があります。

 

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