くーちゃん初めてのおつかい-02
「おじさんこんにちは!」
それはもうたくさんの人に愛でられつつ、時に助けられつつ、くーちゃんは市場にたどり着き、目的地の一つである肉屋のおじさんに元気よく挨拶していた。
厚手の白いエプロンを着た坊主頭の豪快なおじさんは、見た目に似合わず我が天使のあまりの可憐さの前に表情を緩め、ニコニコしながら応対した。
「おう、くーちゃんか。黒髪のにいちゃんはどうした?」
「ハルはおうちでお留守番してるの」
「てことは、今日は1人でお遣いか?」
「うん! くーちゃん1人で来たの!」
「そうか、偉いなあ。それで、何を買ってくるよう頼まれたんだ?」
「えっとね…………、ひ、ひ、ひき…… 」
手渡したメモを凝視し、 最近読めるようになってきた『文字』と格闘するくーちゃん。
「挽き肉かい?」
「それ!」
「くーちゃん、ちょっとメモを見せてくれるかい? 」
おじさんはくーちゃんがメモ相手に四苦八苦しているのを見かねて、助け船を出した。グッジョブおじさん。
ガラス製の陳列棚に簡易な氷雪系魔術を詰めた魔封筒を組み込んだ、冷蔵庫兼商品陳列棚(メイド・バイ・俺)の上からぬっと上半身を乗り出したおじさん。くーちゃんは小さな体を精一杯伸ばし、おじさんにメモを手渡す。
「……よし、分かった。くーちゃん、お金は貰ってるかい?」
「うん。これで足りる?」
いつだったか、カーテナとお揃いで購入した肩掛けのポーチから、くーちゃんは紙幣を取り出した。
初歩的な計算もまだ怪しい小さな子供相手だと平気でぼったくるクソみたいな商売人も居るが、この商店街の人たちにそれはない。そもそも根の良い人が多いというのもあるし、商店街というまとまりの連帯感が強いので、もしそんなクズみたいな真似をすれば、一発でばれて商店街から追い出される。
この世界では珍しい、本物の商売人による商店街。
だからこそ、俺は安心してくーちゃんにおつかいをまかせたわけだが。
「おう、十分だ。はい、おつり」
もちろんおじさんも例に漏れず、くーちゃんにきっちりとお釣りを手渡した。
「で、こっちが挽き肉だ。重いから、気をつけるんだぞ」
「うわ!?」
おじさんから受け取った挽き肉が予想より重かったのか、くーちゃんは一瞬よろめいたが、すぐにバランスを取り戻すと、挽き肉を買い物袋の中に入れた。結構重そうだが、『神龍の御子』故にくーちゃんは同じぐらいの体格の女の子よりも力が強いから、多分大丈夫だろう。
ただ、1つ気になる点があった。
俺がメモに書いたのは、確かに『挽き肉600グラム』だったはずなのだが、くーちゃんが受け取った挽き肉は明らかにそれ以上の量がある。
おじさんが返したお釣りの額を考えると、支払った金額は間違いなく『挽き肉600グラム』相当のはずだ。
つまり。
「カーテナ、くーちゃんの追跡を任せる。俺は、肉屋に足りない分を払ってくる」
「了解しました」
おじさんありがとね~、と向日葵の如きスマイルで肉屋のおじさんに手を振り、くーちゃんは次の目的地(多分魚屋)を目指して歩き去って行った。確実に見つからない距離まで離れたことを確認すると、俺は木の陰から出た。
「おや、アンタは」
「どうも」
「……ははぁ。くーちゃんが心配でこっそりついて来てたんだな。あの子だったら大丈夫だぜ。商店街じゃ密かな人気者だからな」
図星だった。完全に見破られていた。
そりゃそうか。
「あの、さっきくーちゃんに渡した挽き肉なんですけど」
「おお、サービスしておいたぜ。あの子にとって、今日はちょっとした冒険だからな。とびっきりうまいのをたくさん食わしてやるといい」
やっぱり。
普段俺が買う『挽き肉600グラム』と比べると、2倍とはいかないまでも、少なくとも1.5倍はあったはずだ。流石にそれを『サービス』の一言で片づけることは、日本人としてはちょっとできない。
「頂いた分のお代は払います。いくらでしょうか」
「まさかアンタ、そのためだけにわざわざ出てきたのか。別にいいんだよ。いつも贔屓にしてもらってるからな」
「いや、そういう訳には」
「いいのいいの。ありゃ頑張るくーちゃんへのご褒美みたいなもんだ」
「いやでも」
「いいんだって。どうしてもって言うなら、『今後もうちを贔屓にする』ってのををお代にするってことで、手を打たねえか?」
不覚にも、涙が滲みそうになった。
『力』という基準がまかり通るこの世界で、こんなこともあるのか。
たった5年でこの世界の本質を捉えたつもりで居た俺の、何と傲慢なことか。例え力が全てという風潮が存在しても、同時に人情は存在し、息づいているのだ。
「ありがとうございます」
俺は肉屋のおじさんに、深く頭を下げた。
♢♢♢
「あら、くーちゃん!」
「くーちゃんじゃねえか!」
「くーちゃん、相変わらず可愛いわねぇ」
老若男女問わず、道行く商店街のおじさまおばさまお姉さまお兄さま方に声をかけられるくーちゃん。どうも1人でお遣いに来たという情報が商店街に広まったらしく、誰も彼もがやれサービスだ、やれお駄賃だ、と、様々な理由を付けてちょこちょことくーちゃんに品物を進呈するものだから、くーちゃんの買い物袋はかなりパンパンになってしまっている。俺が頼んだ物の軽く2倍以上はある。
その度に俺はくーちゃんに何かくれた店に行き、お金を払おうと交渉するのだが、その全てにおいて断られてしまった。
何でも今回くーちゃんへあげた商品のお代は商店街全体で分担するらしく、つまりくーちゃんの支援に商店街が経済的な意味で動き始めてしまったということになる。
正直、後1年ぐらいくーちゃんを1人で商店街に送り込んだら、経営が傾く店が出始めるんじゃないかと本気で心配するレベルだ。
恐るべし、くーちゃん。『可愛い』は時に罪である。
誰もお代を受け取ってくれなくて、そろそろ心苦しさが普通の苦しみに変わりそうな程になった頃。
『主様、戻ってきてください! くーちゃんが買い物を終えて、引き返し始めました! このままじゃ見つかっちゃいますよ!』
連絡用にとカーテナにかけた中級魔術『テレパス』によって、俺の頭の中にカーテナの声が響いた。
『はいよ。お前こそ見つかるなよ』
『私、気付かれないように動くの結構得意なんですよ。主様だって、私が夜こっそり主様に何やってるのか気付いてないでしょ?』
『……何したんだ?』
『何って、ナニ?』
オーケーカーテナ、とりあえずお前は家に帰った後くーちゃんに気付かれないように重力場の刑に処す。強度は通常の5倍でいってみようか。控訴再審請求は一切認めん。
遠くから聞こえてきたくーちゃんの元気な声。そろそろ目視で確認できる範囲にまでくーちゃんが来る。
俺は商店街を横切る道を通って本通りから脱出すると、割と太い木の陰に隠れた。
お遣いもここまで来れば折り返し。後は重たい荷物を運ぶという重労働をこなすだけだ。
鼻歌を歌いつつ、白いワンピースの裾をひらひらさせながら、くーちゃんは商店街を進む。度々店の人々に声をかけられ、何かを貰い、元気よくお礼を言っては去っていく。
ああ、くーちゃんマジ天使。




