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魔神来襲-16

「ハルトぉ! 家賃が足らないよ! とっとと払いな!」


 ガンガンガンとけたたましく響くノックで俺は目を覚ました。

 大家か。

 まあいいや。寝たふりしよ。


 そう思い、二度寝を決め込もうとした俺だった。が、バガンッという金属やら木やらがまとめて砕ける音を聞いて安らかな眠りにつける程、俺は鈍感ではない。


「……朝っぱらからなんですか?」


 ドアは吹き飛ばすものじゃなくてそっと開けるものだって、誰かこのババアに説明してやってくれ。


「一昨日言ったろう? 今月は家賃二倍だ。全然足らないよ」

「ちょっと待ってください2倍って、え? あれ冗談じゃなかったんですか?」

「冗談な訳無いだろう。さあ、早く出しな!」

「そんな横暴な」


 文句を言おうとする俺の鼻先に突き付けられたのは、いつぞやの契約書。感圧複写紙などという古典的手口にまんまと引っ掛かってしまった俺は、『大家は家賃を自由に値上げする』うんぬんと書かれた契約書に図らずもサインする羽目になってしまった。


 燃焼のイメージを生成。

 そんな紙切れ、燃えちま


「可愛そうに、一人ぼっちで置いてかれて心細くて泣いてたクリスの面倒を見たのは、どこの誰だったかね?」

「うぐ」

「喧嘩吹っ掛けた挙句キレて魔神化したバカを引き戻したのは、どこの誰だったかね?」

「ぬぐ」

「アルキドアの戦争計画を白紙に戻させたのは、どこの誰だったかね?」

「ぐお」

「家賃」

「払います」


 大家に借りを作るということは即ち高利貸しから金を借りるよりも危うい事だと分かっていたにもかかわらず、知らず知らず借りを作りまくってしまった俺。

 俺は、そもそも借りを作った記憶自体が無いのだ。

 『魔神』と化して大暴れしていたと梅宮さんから聞いたのだが、俺が覚えてるのはエリアルデ支局長が腹をやられ、沸々と湧き上がる怒りに身を委ねようとしたところまで。それ以降、梅宮さんに起こされるまでの記憶は完全にすっぱ抜けている。

 しかし、30体もの複製『トール』(全部スクラップ)からは濃厚な俺に似た波長の魔力が残っていたし、何より梅宮さんがそう言うのだから、事実には違いないのだろう。

 

 俺はいざという時のために、給料から少しずつ溜めていた貯金を取り出すと、大家に支払った。

 今回の大家の働きは、本来一か月分の家賃程度じゃ足しにもならない程の価値があった。そう考えれば、この出費は止むを得まい。


「よしよし、最初から大人しく払えばいいんだよ」


 大家は俺の少ない貯金をごっそり削り、満足げに帰って行った。

 つーかドアぐらい直して行けよ。

 あれが今代の『龍神』って、絶対嘘だろ。


 とりあえず『投影』によって金具と砕けた木片を再構築する。流石に木のような有機的材質を修復するには入念なイメージが必要なので、これは単なる応急処置だ。


 ともあれ、雑事は去った。二度寝するか朝食を作るかで悩んでいると、ゴソゴソと物音がして、ペタペタと小さな足音が俺の方に近づいてきた。


「あ、ハル~、おあよ」

「くーちゃん、まだ寝ててもいいんだよ?」

「ん~、くーちゃん起きる」

「そっか、じゃあ、顔洗っておいで」


 起き抜け舌足らずな上に、頭頂部にアホ毛のような寝癖を揺らしながら、くーちゃんは洗面所の方へふらふらと歩いて行った。

 

 朝食を作ろう。


 幾本ものカツオを犠牲にしつつようやく完成させた自家製鰹節と、自信作の自家製味噌で作る味噌汁。『投影』と魔術を併用した細やかな温度調節で作り上げた納豆。後はご飯を炊いて、備蓄しておいた干物を焼けば立派な和食の完成だ。


 ドタタタタ、と、はっきりとした足音が聞こえる。冷水で顔を洗ったくーちゃんが完全に目を覚ましたのだろう。


「くーちゃん、カーテナを起こしてきて。梅宮さんとエリちゃんは起こさないようにね」

「はーい!」


 テナちゃん起きて―! ふがっ!? という微笑ましい我が家の女性陣2名の声をBGMに、俺は米を研ぎ始めた。

 

 実に平和だ。


 俺は人を殺めてでも、この平和を守ろうとした。

 結果的に、『俺は』失敗した。手にした力に驕り、何でも1人で背負いこもうとして失敗した。

 国家を強襲して国王を脅した所までは上手くいったが、かつて自分で完成させた兵器相手に劣勢に追い込まれた。拒絶したのに、それでもこんなバカな俺を助けようとしてくれた仲間から差し伸べられた手を前にして決意が揺らぎ、その隙を突かれて仲間が傷つけられたのを見て、暴走した。

 本当にバカな話だ。

 人1人にできることなんてたかだか知れているというのに、分をわきまえず、突っ走った結果がこれだ。

 東方八ヶ国連合の全権を委任された『魔神』と呼ばれる男、今代の『龍神』。そこに真なる『魔神』に覚醒した『神殺し』に、龍族を統べる『龍王』を加えて、ようやく西方随一の大国であるアルキドア帝国を抑え込むことに成功した。

 俺1人でどうこうしようとしたこと自体、間違っていたのだ。

 少人数故に成功した帝都の奇襲に味を占め、今度もいけると思ったあの時の俺をぶん殴ってやりたい。


 『投影』による圧力調整をしつつ、鰹節と昆布で出汁を取り、平行して干物を焼く。出汁特有の香りがキッチンを満たす。否が応にも食欲をそそられ、俺の腹の虫が大暴れし始めた。


「いいにおい」


 寝ぼけるカーテナ相手に苦戦していたくーちゃんが、そんな事を言った。

 くーちゃんの下は順調に俺が作る和食に慣らされている。肉より魚が好きというのだから、将来は有望だ。


 俺の中に『魔神』の因子が眠っていたことには素直に驚いた。『魔神』と言えば梅宮さんで、彼こそが『魔神』の役割を担う人だと信じて疑っていなかっただけに、なおさら。

 しかし後で聞いてみれば、『魔神』だの『魔王』だの、魔術方面の『役割』というものは先天的に素因を持つ者が複数名居るそうだ。もちろん俺と同じような生物であるところの梅宮さんもその因子を持っていて、それを見抜いた『魔王』の覚醒者が梅宮さんに『魔神』の通り名を与えたらしい。情報操作のために俺にやってもいない『神殺し』の二つ名を与えたのと似たようなものだと梅宮さんは言っていたが、政治的なことは俺にはよく分からない。

 1代1名の『龍神』や『龍王』とはシステムからして違うという。例えば、今代の『龍神』である大家のババアがくたばると同時に、『龍神』の役割は現在は『龍神の御子』であるくーちゃんに自動的に移るようになっていて、1時代の『龍神』は必ず1人になるが、『魔神』は1時代に1人と決まっている訳ではなく、覚醒さえすれば1時代に複数の『魔神』が生じることもあり得るそうだ。

 ある程度の高みに達した魔術師がもう一皮化けると『魔神』になる、と梅宮さんは表現していた。

 ただし、『魔神』の力というものはそうそう制御できるものではないらしく、覚醒すると大抵の場合は暴走して世界に対して災厄を撒き散らすことになるという。梅宮さんが東方から遠路はるばるリアナ公国にまで来たのは、『魔王』が予知した『魔神』の出現を未然に防ぐためだったらしい。俺が『魔神』に覚醒したことで、それは失敗に終わってしまったが。

 今現在、俺の『魔神』の力は『龍神』である大家のババアによって抑え込まれている。したがって当面は暴走の危険は無いが、しかしいずれはこの力と向き合う必要があるだろう。


「主様ぁ、私まだ寝たぁい」

「カーテナ、いい加減に諦めろ。朝食できるぞ」

「そうだよテナちゃん、ご飯食べるんだから、起きなきゃめっ!」


 くーちゃんマジカワユいほっぺをすりすりしたい。


「くーちゃん、ご飯できたから、食器運ぶの手伝ってよ」

「はーい!」


 くーちゃんに箸やコップを運んでもらっている間に、炊き上がったご飯を少し取り、水と卵と醤油でさっとおじやを作る。

 まだ療養中のエリアルデ支局長向けのメニューだ。

 エリアルデ支局長宅はとてもじゃないが怪我人を寝かせられるような環境ではないので、止む無くうちの部屋を1つ使って病室としている。担当医師として梅宮さんも寝泊りしているので、この2LDKのアパート(?)の一室に5人もの(少なくとも形は)人間が生活していることになる。流石に狭い。が、くーちゃんは遊び相手が増えて大喜びだから、まあいいか。


「手を合わせて」

「「「いただきます」」」


 くーちゃんの音頭で俺がこの世界に持ち込んだ食事の挨拶をすると、俺は自信作の和食に箸をつけた。


 この平和は、いろんな人に助けられてようやく手にすることが出来た平和だ。1人では決して成し遂げられなかった。

 人は誰かと支え合って生きているというが、まさにその通りだと、俺は思った。


 異世界に来て5年目、そろそろ夏に差し掛かる頃。いつの間にか、俺にはたくさんの仲間ができていた。

 俺が作った和食をパクパク食べる小さな龍族の女の子に、意思を持つ古の妖刀の顔を見ながら俺は思う。


 どうしてこうなった。

 俺が望み、皆が共に望んだからだ。

 以上で『魔神来襲』編おしまいです。最後急いで書いたので、また今度手直しします。

 次はちゃんとほのぼのします。くーちゃん大活躍です。

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