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魔神来襲-15

 何もかもを呑みこむ黒い魔力の塊。もはや人、いや、屈強な龍族でさえも、どうしようもないと匙を投げるような規模の魔術を前に、梅宮は思わず乾いた笑い声をあげた。


 エリアルデさんを連れて、できるだけ遠くに離脱しよう。

 座標を書き換えるイメージを練り始めたその瞬間。


 すぐ目の前に、何の感情も見られない紅い瞳が突如として現れた。


「っ!!」


 黒い翼が纏わりつく『魔神』の拳をアスカで受け止め、串刺しにしようと迫る残りの黒い翼をポリ窒素の爆発で牽制して距離を取ることで難を逃れたが、代わりに座標書き換えのイメージが壊れてしまった。


 なおも迫る黒い塊。

 梅宮は、もうどうしようもないことを悟った。

 魔術も物質も飲み込む貪欲な魔力塊は、すぐそこに。

 離脱は、間に合わない。 


 せめてもの悪あがきを、と練り上げた厚い魔力障壁だったが、銃弾をティッシュ1枚で防ごうとしているかのような頼りなさを感じた。


 と、その時。


「虚無属性か。面白い」 

 

 どこからともなく聞こえた、誰かの声。

 突如地を覆った白い魔方陣。

 その魔方陣に莫大な魔力が通い、黄色い光を放ったかと思うと、梅宮の視界は完全なる白に塗りつぶされた。

 その正体は、光。

 視界を塗りつぶすほどの光量にも関わらず、梅宮は眩しさを感じなかった。そこに光があるということを、目ではなく脳が直接認識したかのような、不自然な感覚だった。


 光が徐々に薄れていき、やがて完全に消え去ると、梅宮の視界も回復し始めた。

 

 戦闘により荒廃したアルキドア帝国の宮廷。

 白い錆に覆われてスクラップと化した機械巨人。

 星々が輝き、中途半端に欠けた月に彩られた夜空。


 あの黒い塊も、上空に浮かんでいた魔方陣も、何もかも、無くなっていた。

 

「何が……」

『助かった……のでしょうか』


 ふと、梅宮は『魔神』との間に、誰かが割り込んでいることに気付いた。

 ダボダボのズボンに厚手のシャツを合わせ、その上からエプロンのようなものを着込むというやたらと家庭的な服装に身を包み、総白髪を頭の後ろで束ねた老婆。ただし腰は曲がっておらず、全身からは自身と自負から生じるプレッシャーを纏っている。

 その老婆のエプロンの裾をぎゅっと握りしめる、老婆よりも艶やかな白い髪の毛と、真っ白な肌を持つ、純白のワンピースを来た小さな女の子。


「大丈夫だったか?」

「くーちゃん平気だった!」


 殺し合いの真っただ中にはあまりに似合わない、純真無垢な声を上げる小さな女の子。名前はタカス・クリス。くーちゃんと呼ばれる、愛らしい『龍神の御子』だ。


「全く、こんなに手を焼く入居者は初めてだよ。来月の家賃、覚悟してもらおうかね」

「おおやさん、怒ってるの?」

「ああ怒ってるともさ。アンタを置いて出て行って、出先でやんちゃしてる馬鹿に対してね」

「……ハル、悪い子?」

「悪い子とは言わんが、愚かではあったね。怒りに任せて『魔神』に覚醒するなんて、褒められることじゃない」

「……ハルに、コラっ、てするの?」

「ああ、悪いことをした奴はコラって叱らんとな」


 傍らに立つ老婆は、ハルトやテンペスタが住む広めのアパートの大家として君臨している。最強クラスの戦闘力を持つハルトと頻繁に武力衝突し、その全てに勝利している化物だった。

 老婆の頭部には芸術作品のように見事な、一対の角があった。

 それは成熟した龍族の証。


「あなたは……」


 龍族の老婆は頭だけ梅宮に向けた。


「梅宮雄哉、私の眷属の命を救ってくれたようだね。この『龍神』デア、礼を言おう」


 『龍神』。白髪の老婆はそう名乗った。

 『魔神』と対をなすもう一つの超越的存在だと。


「とりあえず、こいつを正気に戻さんとな。クリス、しっかり捕まとくんだよ」

「うん」


 老婆の全身が白い光に包まれる。そのまま白い人影はその体積を増し、形を変え、全く別の存在に変じていく。

 龍。

 光が消えると、そこに居たのは背中に白い女の子を乗せた、純白の鱗を持つ西洋龍だった。

 ぼんやりと輪郭が揺らいでいるのは、あまりにも強すぎる魔力が体表に漏れ出ているためだった。


 戦意を感じた『魔神』もまた動いた。

 より戦力的に強大な『龍神』に対象を変え、真っ黒な翼を伸長展開し、あらゆる角度から叩き込む。

 大家改め『龍神』は、回避行動一つ取らなかった。

 ただ自身の魔力を解放するだけ。それだけで、虚無の魔力から成る黒い翼は溶けるように消滅していった。

 翼による攻撃が通用しないことを認識した『魔神』は高々と空に手を掲げた。生じたのは、何もかもを呑みこむ闇そのもののような塊を撃ちだすという未知の術式を司る魔方陣。

 

「百年早い。そう言ったはずだよ」


 『龍神』が空を睨むと、同規模の巨大な白い魔方陣が、黒い魔方陣を上書きするように現れる。2つの魔方陣は互いに反発しあい、打ち消し合い、やがて完全に消滅してしまった。


 互いに拮抗する力を持つ『龍神』と『魔神』だが、今代の『龍神』であるデアには一日どころか数百年の長がある。ごく最近力を発現させ、理性を失った『魔神』よりも、『龍神』の方には歩があった。

 

 魔方陣も通用しないと認識した『魔神』は、その身に秘める莫大な魔力を解放した。真っ黒な

魔力が泥のように湧き出、触手のように蠢いていた黒い翼は一対の大きな翼に収れんされていく。

 それだけにとどまらない。『魔神』は右手に莫大な魔力を集めていく。圧縮精製されていく虚無の魔力は貪欲に光を呑みこみ始め、奇しくもハルトの奥義である『ラグナロク』の疑似ブラックホールのような様相を呈し始めた。

 ただの重力であるブラックホールより、魔術的な力であるこちらの方が段違いに性質が悪いが。


 黒い翼を推進力に、『魔神』は『龍神』に突進した。

 真っ白な魔力を一点に集積し、『龍神』はこれに応じる。

 

 ぶつかり合った二つの魔力が強烈な波動を生み出し、空間に波紋を広げた。

 互いの魔力が互いに喰らい合い、相殺され、散っていく。互いに魔力を大きく展開し、相手を呑みこもうと、半球のドーム状の形を形成していく。

 元より物理現象ではない力同士の激突によって、音や圧力、衝撃波が生まれることはなかったが、それよりももっと強烈なプレッシャーが、背後で戦いを見守る梅宮の身体を貫いた。


『何て魔力……。余波だけで『破魔』を通り抜けるなんて』

「違いすぎる……」


 衝撃に耐えるだけで精いっぱいの一人と一本の横を、風のような速度で駆け抜けていく者が居た。


『カーテナ!?』

「後で覚えてなさい、姉さん!!」


 アスカに手ひどくやられ、今となってようやく目を覚ました人化したカーテナは、白い光を帯び、神と神がぶつかるその場所へと駆けていく。


「主様!!」


 破壊の黒い魔力と守りの白い魔力がせめぎ合うフィールドの中をカーテナは駆け抜け、ただ『結界や障壁を破壊する機能』にのみ特化した『破戒』を纏ったカーテナは、瞳を紅く殺意に燃える『魔神』の頬を思いっきり殴りつけた。

 『魔神』の力の前では、カーテナにできることなどたかが知れている。

 しかし今は、同質の存在と全力で魔力をぶつけ合っているその最中。

 全力。防御に回す魔力すら惜しんで攻撃していた『魔神』はカーテナの『破戒』を纏う拳を受け、一瞬傾いだ。

 その隙を逃す『龍神』ではない。

 絶大な白い魔力が黒い魔力を食い破り始め、ある一定の割合を超えたところで、一気呵成に『魔神』を包み込んだ。


「クリス、あんたのパパを取り戻しておいで」

「うん!」


 ぎゅっと目を閉じて背中にしがみついていたくーちゃんはデアの背から首へ、首から頭へ移り、最後には頭を抱えて白い魔力に抗う『魔神』へとダイブした。


「ゥゥゥゥオアアアアアアアアアアアアア!!」


 絶叫し、必死の抵抗を見せる『魔神』。

 くーちゃんはその迫力に物怖じすらせず、ガシッと抱き着く。


「ハル、ハル、起きて」


 呼応するように、くーちゃんの小さな体から漏れだす、莫大な魔力。白く、無垢で、しかし強い魔力。

 その魔力が、『龍神』デアの守護の魔力に重ねる形で、『魔神』の身体を覆っていく。

 絶叫が止まる。

 紅い瞳が白い女の子を捉える。


「く……ぅ……ちゃ……」


 『魔神』の口から微かに音が漏れた。

 直後、『魔神』の背中から生えていた破壊の象徴たる翼が、粉々に砕け散った。

 同時に白い魔力に抵抗していた黒い魔力も雲散霧消していき、拮抗するものが無くなった白い魔力が『魔神』の体内にまで流れ込み、黒い魔力の残滓を洗い流していく。

 

 その白い魔力も失せた頃。

 気を失って地面に伏せる黒髪の青年は、既に『魔神』ではなくなっていた。

やっと最強大家さんの伏線を回収できました。

ちなみに言うと、『龍神の御子』はあくまでも役割であって、最凶大家さんと愛らしいくーちゃんは親子ではありません。

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