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魔神来襲-14

 得体の知れない黒い塊が、夜空を覆う黒い魔法陣から放たれた。速度こそ大したことは無いが、込められたら魔力が尋常ではない。着弾すれば、ろくな事にならないのは目に見えている。


 梅宮は『投影』によって窒素を集積、強制的に重合させ、ポリ窒素を生成した。ハルトの物理障壁にヒビを入れた、常温常圧では本来存在し得ない爆薬。核に次ぐと言われるその爆薬を、梅宮は座標を書き換えて黒い塊の近傍に転移させた。


 総勢100近い数のポリ窒素結晶を、梅宮は上方向に威力を絞って起爆させる。

 結果起きたのは、アルキドア帝国の首都近傍一帯に響き渡る強烈な爆音だった。


「っ……ハァ……ハァ……」


 ハルトよりも強力なイメージ力と事象への干渉力を持つ梅宮だったが、常温常圧では存在すらできない物質の大量形成・維持、座標書き換えによる転移、威力方向を制限しての起爆という大技は、彼の体力をごっそりと削り取って行った。


「ユウヤ様!!」


 ふらりと揺れた梅宮の体を、アスカが支える。

 

「大丈夫。それより、あれだ」


 上空に浮かぶ、どす黒い触手を幾本も束ねたような不気味な翼を生やした『魔神』ハルト。ハルト本来の無属性魔力は消え去り、代わりに禍々しい黒い魔力を放っている。


 時折物理的威力を持つ咆哮を上げるその悪鬼が、今だ空を覆う黒い魔方陣を用いて同じ攻撃を行ったら、今度は防ぎきれない。

 遠方の黒い塊は黙殺し、近傍一帯の黒い塊を相殺するだけで、梅宮の体力は完全に尽きるだろう。


 さて、どうしたものか、と思案する梅宮は、金属と金属が擦れ合う不快な音を捉えた。


 ゴッ、と音を立てて、城壁の頂上からせり出す魔抗銀製の骸骨人形、総勢30体。


「……驚いたな。『神殺し』に『嵐龍王』を振り切ってでも戦争に踏み切ろうとするわけだ」

「破壊しますか?」

「いや、まだいい」


 夜空の魔方陣が妖しく赤味を帯びた。

 直後、黒い塊に倍する魔力を秘めた赤黒い正体不明の魔術攻撃が10発、今度は範囲を絞り、首都全域めがけて射出された。


 『トール』達の口元が白く輝く。

 『トール』は3体1組を作り、一発一発の赤黒い塊に顔の向きを揃えると、次々と魔術砲を発射した。


 白い魔力を帯びた砲弾が実体をもたない魔力の塊に触れると、砲弾は何故かゴリゴリと削られて消滅していく。魔術砲一発を呑みこむと、塊は少し小さくなっていたが、それでも消滅せずに町を狙う。

 そこへ、2発目、3発目、一周回ってまた1発、2発……と、次々に魔術砲が撃ち込まれていく。

 10発以上打ち込んで、ようやく赤黒い塊は消滅した。


「皮肉な話だけど、アルキドアが戦争準備をしていなかったら、僕達はここで死んでたかもしれないね」

「私たちも加勢した方がいいんでしょうか」

「今は止めた方がいいだろう。あの砲撃の雨の中高須君に近づくのは、いささか難しそうだ。それより、僕たちにはやるべきことがある」


 息を整えた梅宮は歩き始めた。

 辛うじて息はあるものの、瀕死の重傷を負い、その命を失いかけている龍族の王の下へと。


「アスカ、僕は今からエリアルデさんを治療する。その間流れ弾を処理しておいてくれ」

「了解しました」


 梅宮雄哉。元の世界に於いては医学博士の肩書きを持ち、脳科学研究の最先端を進む若き天才と称された男。

 魔術でも『投影』でも治せないのならば、最後は徒手による医療技術を頼る以外にない。手術器具も薬品も一切無いが、梅宮ならば、それらを『投影』によって生み出すことはたやすい。

 

 エリアルデを傷付けられたことで『魔神』と化して暴走し始めたハルトと、エリアルデを瀕死に追い込み、今は『魔神』を抑えるのに手一杯なアルキドア帝国勢。

 皮肉なことに、その両者の激突が生んだ僅かな間隙を利用して、梅宮はエリアルデの治療を始めた。


♢♢♢


 魔力を検知した『トール』がジャミング攻撃を仕掛ける。上空の魔方陣が一瞬揺らいだが、しかしそれだけだった。『魔神』は苛立たしげに翼を大きく振るい、ジャミングを仕掛けていた『トール』のうち1体を破壊した。

 魔抗銀製で魔術障壁に守られたボディを、明らかに魔術的な力の一振りで。


 ほとんど効果が上がっていないと判断したのか、『トール』達はジャミング攻撃を停止し、代わりに間髪入れずに魔術砲を雨あられと『魔神』めがけて射出していく。

 『魔神』は触手のような翼を複雑に動かしてこれらを迎撃し、結果として1発たりとも通さず、その全てを叩き落とした。


 『魔神』が咆哮する。

 反応するように空の魔方陣が輝く。何が起きるという訳でもなく、魔方陣にただ魔力が集積されていく。

 『溜め』であることは一目瞭然だ。


「魔砲用意!!」


 その隙を逃さず、アルキドアの騎士団と宮廷魔術師から成る混成部隊が、高さ3メートル前後の筒を『トール』の間に敷設した。

 宮廷魔術師が照準を合わせ、騎士が砲塔の向きを微調整する。

 訓練され、洗練された動作で筒の設置を終えた騎士と魔術師は、次々と城壁内部へと退散していく。


 夜空の魔法陣が効力を発揮するより先に、アルキドア側が動いた。


 『トール』が魔術砲を次々と発射し、弾幕を作る。やはり黒い翼が蠢いて砲弾を迎撃していくが、その隙間を縫うようにして、『魔砲』が火を噴いた。

 『魔砲』の砲撃は『トール』の魔術砲とは異なり、物理的な砲弾を魔術で加速するのではなく、魔力をビーム状に撃ちだすもの。黒い翼では迎撃しきれず、『魔砲』は『魔神』を直撃した。

 固い魔力障壁に守られる『魔神』だったが、人間を原料とする魔魂石をエネルギー源とする20近い数の『魔砲』の直撃に、さしもの『魔神』も揺らいだ。一瞬触手のように蠢く黒い翼の動きが止まり、そこへ『トール』の魔術砲が次々と突き刺さった。

 ただでさえ一発でハルトの魔力障壁や物理障壁を削り取る砲撃が数十数百、同時に。


 しかし、アルキドア帝国がその技術の粋を結集した攻撃は、数えきれないほどの人間を消費して放たれたその攻撃は、『魔神』に傷一つ付けなかった。


 『トール』と『魔砲』が数体、まとめて粉々に薙ぎ払われた。


 『投影』による座標転移。

 直撃の寸前、『魔神』は自己の座標を書き換えて機械巨人の背後へと回り込んでいた。魔抗銀の破片が禍々しい輝きを映し、散っていく。


 慌てたように『トール』が照準を変更するが、遅い。

 紅く変じた瞳を爛々と輝かせて、『魔神』は黒い翼が纏わりついた拳を振るう。

 次々と座標を切り替えては通常のそれより強化されているはずの魔抗銀を紙屑のように切り裂き、同じく強化魔抗銀製の砲塔をスクラップに変えていく。

 その繰り返しで、アルキドア帝国が誇る機械巨人の部隊は壊滅した。

 今までの攻撃は単なる小手調べと言わんばかりの圧倒的破壊力を振るった『魔神』は、魔力のこもった咆哮を上げた。


 そこへ、一本の刀を携えた着流し姿の男性が、突如として現れた。


「全く、若いっていいね。おじさんがそんな風に暴れたら途中で倒れちゃうだろうな」

『ユウヤ様はまだまだお若いですよ。私に比べれば』

「そりゃ君に比べればそうだろうけど、40代ってのは僕の中ではもうおじさんなんだよ」


 エリアルデの施術を『投影』を駆使することで短時間で仕上げた梅宮雄哉が、本物の『魔神』の前に立ちはだかる。

 紅い瞳が、梅宮を捉えた。


「高須君、理性は残ってるかい? 残ってないよなぁ、多分」

『あれって、戻るんですか?』

「分からない。とりあえず気絶させてみるしかないかな。明らかに魔術的な影響を受けている彼に何を『投影』したって多分無駄だろうしね」


 刀剣状態となったアスカが、黄金色の光が泡のように浮き立つ緑色の光を帯びる。魔術を破る『破魔』に、物理的攻撃力を強化する『破断』を上乗せした、アスカが編み出した技だった。その強度は、カーテナの『破魔』や『破断』よりも遥かに高い。


 それが戦闘のゴングとなった。


 右方向に延びる幾本もの黒い翼が一塊となって梅宮を襲う。梅宮は『投影』によって強化した五感と身体能力によってこれを躱し、アスカを一閃した。

 魔術砲でも破れなかった黒い翼がまとめて千切れ飛び、黒い粒子となって雲散霧消する。

 『破魔』と『破断』だけではない。刀身の周囲に白い結晶が浮かんでいた。結晶の正体はポリ窒素。空気中の窒素を『投影』によって重合させて作った核に次ぐ爆薬が、その威力を『投影』によって徹底的に制御されて、アスカの軌跡を先行していく。その複合攻撃が、『魔神』の翼を断ち切ったのだった。


 しかし、『魔神』の魔力が尽きない限り、翼はいくらでも生える。今度はまとめて、ではなく、バラバラの触手状態のまま、前方360度全方位から梅宮の命を奪うために翼がうごめいた。


 梅宮もまた、黒い翼を避け、斬り、また避け、切り結び、一歩も引かない。それどころか、少しずつ『魔神』の下へ近づいている。


 ポリ窒素が火を噴き、ロケット噴射も真っ青な圧力と衝撃波が発生した。それは全て方向を制御され、『魔神』に収束する。

 強烈な圧力に、翼の動きが一瞬止まる。

 その隙を突いて、梅宮は『魔神』のすぐ傍に座標を転移し、刀を振った。

 反応が遅れた『魔神』は、『投影』によって逃げることも、躱すこともできず、その一太刀をまともに受けた。


「……っ!」


 障壁はアスカの力とポリ窒素のエネルギーによって破られ、胸に一筋刀傷が刻まれる。

 ようやく制御の戻った黒い翼が梅宮目がけて殺到するが、黒い翼は1本も梅宮には当たらず、地面を抉った。

 『投影』による座標移動で脱出した梅宮は、大きく深呼吸した。


「どう? いけそう?」

『厳しいですね。障壁が分厚すぎます。このペースだと、彼を気絶させるより先に私たちの方が殺されます』

「まあ、そうだよね。仮にも神の名を冠する者なんだから」


 胸元から滴る血を拭った『魔神』は、赤黒い液体がついた手を顔の前に持ってくると、一際激しい咆哮を上げた。

 呼応するように夜空の魔方陣に紫色の光が灯る。

 『魔神』が今の今まで溜められ続けてきた莫大な魔力を用いて発動したのは、先ほどまでと同じ速度のない黒い塊を撃ちだす術式。ただし、王宮を丸ごと呑みこむようなサイズで。


 魔方陣の光も、星明りも、月明かりも、全てが塗りつぶされ、完全な闇になる。


「『……嘘』」


 呆然として異口同音に言葉を発する梅宮とアスカ。


 アルキドア帝国と言わず、この星にさえ重大な影響を与えそうな超弩級の魔術を前に、矮小な人間にできることは何一つ無かった。

 3人称視点からの描写多めの、実験的な話でした。苦手な方もいらっしゃるとは思いますが、ご容赦願います。

 単純な効果範囲に限った話ですが、

 ラグナロク暴発>レーヴァテイン炸裂>水素爆弾>黒い塊(超弩級)>ポリ窒素(拳サイズ)>魔砲>ミョルニル>『トール』の魔術砲≧レールガン

 ぐらいな感じです。威力はまた別の話で。

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