魔神来襲-13
あと一歩。
あと1メートル弱。
俺は、差し伸べられた手を取ろうとした。
しかし、その直前、異変が起きた。
黒板を爪で引っかいたような、生理的不快感を催す音。ある一定の魔力と共鳴してその波長を掻き乱す魔力波。
『トール』のジャミング攻撃が、場を席巻したのだった。
「あ……ぅ……」
「高須君!?」
平衡感覚を揺さぶられ、俺は梅宮さんのすぐ手前で膝を突いた。
有り得ない。トールは、梅宮さんが破壊したはずだ。
確かに、白く朽ちたトールのボディが転がっている。そこにあるのは、確かに機能を停止したスクラップだ。
なのに、何故……。
ズキン、と一際強く、頭が痛んだ。
「ァ……」
内部から痛みを発する俺の頭部に、突如イメージのようなものがねじ込まれた。
粗く、不鮮明な映像のような感じだが、映像では決してあり得ない。視点の無い、強いて言うなら『知識』とでも言うべきものだ。
細かい部分は分からなくても、何故だか俺には、それがこの宮廷を描いていると分かった。
膝を突くローブを着た男は多分俺だ。そのすぐ近くに立っているのは梅宮さんだろう。カーテナと巻き毛の少女と思しき影もある。
では、一際強い印象を訴えかけてくる、地に伏せって全く動かないこの影は、誰のものだろうか。
「ハ……ル……」
苦痛に呻くエリアルデ支局長の声が聞こえた。
ジャミングが作用するかそうでないかの境界は、恐らく魔術を使用したかしていないか、その間に設けられている。
空間移動魔術を使用したエリアルデ支局長、神級魔術を連発した俺。
『投影』しか使っていない梅宮さんと、魔術を使っていないカーテナ、恐らくは巻き毛の少女も、ジャミングの影響は受けていないようだ。
魔力を検知し、対応した周波数のジャミング攻撃を行う。
これは間違いなく『トール』の機能だ。
しかし現に、『トール』の残骸がそこに転がっている。
違う。
2機目だ。
宮廷の陰から白銀に輝く巨体が現れた。魔抗銀の骨格に、同じく魔抗銀で創られた機構を載せ、金属製の骸骨を補強したような見た目を持つ、2機目の『トール』。
その口元が輝き、カーテナの力を以てようやく防げるか防げないかという、あの『砲撃』が放たれた。
『砲撃』は白い魔術の光を帯び、加速された五感を持つ俺をしてようやくギリギリ見れるという速度で空を裂き、そして。
エリアルデ支局長に直撃した。
呼吸が止まった。目の前の現実を、脳が拒絶しようとする。
エリアルデ支局長が、鮮血を撒き散らしながら、俺のすぐ傍に、ずしゃ、と音を立てて落ちた。
目の前に広がる血の池。
空気が抜けるような音が鳴る。そこに生物らしい不規則さは無く、ただ機械的に空気が出入りしているかのような正確さだった。息があることは喜ばしいことのはずなのに、どうしようもなく恐ろしい。
口元からは鮮血が垂れ、腹部は抉れ、サイケデリックな中身が見え隠れしている。
「ああ……あああ……」
頭痛も、不快感も、何もかもを無視して、俺はエリアルデ支局長に近づく。
「アスカ!! ぶっ壊せ!!」
「了解!」
ガラスが割れるような破砕音が響く。梅宮さんが2機目の『トール』を破壊したらしく、俺を苛むジャミングは停止し、思考回路が本来の動きを取り戻し始めた。
何だこれは。何だこれは。何だこれは。
どうしてエリアルデ支局長が、死にかけてるんだ。
早く、治療を。
神級魔術『神の薬』。
あらゆる傷を癒す、治療魔術の最高峰。
桃色の魔方陣がエリアルデ支局長を包み込み、癒しの光が傷口を覆う。
しかし。
どれだけ魔力を込めても、どれだけ術式を回しても、エリアルデ支局長の傷は一切治らない。
俺は、その理由に思い至った。
龍族に対抗する兵器として作られた『トール』はあらゆる特徴を持つ。その一つ、龍族限定で治癒を許さない攻撃というのがあった。龍族の固有魔力に干渉し、傷がある状態を『自然』とすることで傷の治療を妨げる悪魔のような機能。
強大な力を持つ龍族を確実に仕留めるため、太古の昔に組み上げられた『トール』には、現代のどの魔術系統にも属さない特殊な技法が使われている。その一つだ。
治せない。
『投影』は自分以外、生きる他者の有り様に干渉することはできない。身体が持つ治癒力を魔力で促進して治療する『神の薬』は作用しない。
死ぬ?
エリアルデ支局長は、死ぬ?
「アハ…………ハハハ……」
自分のものとは思えないほど乾ききった笑い声が、俺の口から漏れた。
「ハハ……ハハハハハ……アハ……アアア……アアアアアアアアァァァァァァァ!!」
身体の内側から、何かが溢れだした。
俺はその『何か』に抗わずに身を委ねた。
♢♢♢
魔抗銀を『投影』によって強制的に酸化銀に変換して強度と耐魔力性を奪い、アスカが『破断』で壊す。
『魔神』梅宮雄哉と『魔剣』アスカは、1機目を壊した時と同じ手法で、突如として現れた2機目を、もの数秒で破壊した。
と、その時。
「アアアアアアアアァァァァァァァ!!」
絶望を塗り固めたような咆哮が響き渡った。
同時に突如生じた邪悪で、莫大な量の魔力。
梅宮がギョッとして振り返ると、そこには触手にも翼にも見えるどす黒い何かを背から生やした、同郷の男、ハルトの姿があった。
「高須……君……」
失敗した。
梅宮はそう痛感した。
梅宮雄哉が世界から『魔王』の役割を与えられた東国の王に命じられたのは、大戦争の回避と、真なる『魔神』の誕生を防ぐこと。
『魔神』と呼ばれている梅宮だったが、その『魔神』は単なる称号に過ぎない。本質的な意味で『魔神』というわけではない。
今梅宮の眼の前で、怒りと悲しみを魔力に乗せ、禍々しい色の翼を顕現させている存在こそ、『魔神』と言われるべき存在だ。
あふれ出る魔力はどこまでも黒く、さながら黒い幽鬼のようだ。黒目は赤く変じ、血の涙を流しているかのように、目の下に紅い模様のような線が走っている。
魔神はおもむろに立ち上がると、そのまま宙に浮き、再び咆哮した。もはや人間のそれではなく、魔力を帯びた音は宮廷のガラスを粉々に吹き飛ばしていく。
さらに、夜空に黒い巨大な魔方陣が展開された。
流石に、梅宮との小手調べの時とは桁が一つ違う魔力と威圧感を放射する魔方陣。
その主は、黒い翼のようなものをはためかせ、哀しみと絶望に歪んだ表情を梅宮に向けた。
多分後で直します。




