くーちゃんとの生活-04
「任せときな、神殺しの旦那。クリス様は俺が責任をもって預かる」
俺がくーちゃんを預けたのは、アパートのお隣さん、テンペスタという龍族のおじさんだ。
見た目はロマンス・グレーを地で行くセンスのいいおじさんで、かつては『嵐龍王』の二つ名をこの世界に轟かせた最強クラスの龍だ。人化した状態でも目を惹く2本の立派な角は、その証だ。
何でも引退したとかでこのアパートに引っ越してきたのが一年前。それからお隣さんとして、いろいろと仲良くしてもらってる。
俺の人生の先輩とでも言うべき人、いや、龍だ。
この人ならば信頼してくーちゃんを預けられる。
「ハル、どっか行くの?」
「ハルは今からお仕事してくるからね。今日はテンペスタおじちゃんのところに御泊りしようね」
「くーちゃんハルと一緒におやすみしたい。絵本読んでほしいの」
「ごめんね、くーちゃん、今日は無理なんだ。その代わり、明日二冊絵本を読んであげよう。それでいいかな?」
「……うん」
「テンペスタおじちゃんのところで、いい子にしてるってハルと約束できるかな?」
「うん、くーちゃんいい子にする」
明らかに不承不承といった様子だったが、しかし最後にはくーちゃんは自分を押し殺して、俺のために我慢してくれることになった。
ああ、くーちゃんはいい子に育ってる……。
ごめんね、くーちゃん、明日は一日ずっと遊んであげるからね。
「それじゃ、くーちゃんをよろしくお願いします」
「おうよ。……気ぃつけてな。どうもここんところ空気がおかしい。旦那の力を疑ってるわけじゃないが、用心した方がいい。手練れといっても、油断は禁物だ」
「肝に銘じます。それじゃ、行ってきます」
「ハル、いってらっしゃい……」
しゅんとした様子のくーちゃんが何とも不憫で、彼女にこんな悲しそうな顔をさせた奴(=俺)を八つ裂きにしたい衝動に駆られたが、しかし心を鬼にして、俺は自分に言い聞かせた。
くーちゃんを哀しませてまで行うべき仕事はこの世に一つたりとも存在しないことは自明かつ普遍の真理である。
しかし今夜の仕事は、長い目で見ればくーちゃんが健やかに育つ環境を作る上で非常に重要な仕事とも言えるのだ。
超Aランクの魔獣共が大挙してこの辺りに侵攻してくるようなことがあれば、俺とくーちゃんのホームたるこの辺り一帯は血と肉に塗れた惨劇に沈むことだろう。
そんなことは、絶対にあってはならない。
くーちゃんの教育上非常によろしくない。
だから俺は、たとえ今晩くーちゃんを哀しませてでも行かなきゃいけないのだ。
ごめんくーちゃん、明日やっぱり2冊と言わずに3冊でも4冊でも読んであげるから、ハルを許して。
俺は変態・カーテナ改め、妖刀・カーテナを持ち上げると、エリアルデ支局長が待つギルド支局へと向かった。
♢♢♢
「戦闘準備は?」
「万全です」
「よろしい。では、いくとするかの。妾も久々の運動じゃ。肉離れにならんよう気をつけんとな」
討伐目標は、ツチグモ(AAランク)、ヨルムンガンド(AAAランク)、ガルム(A)、ジャバウォック(AAランク)、ミズチ(AAランク)、いずれも一騎当千の戦力を持つ魔獣だ。
どれか一体が現れただけでも一国の軍に相当すると言われるレベルの魔獣五体に対して、討伐部隊が小さなギルド支局の職員二人だというのだから、傍から見ているものが居たら俺たちのことを自殺志願者か何かだと思うことだろう。
しかし、これで構わないのだ。
俺はもちろん、エリアルデ支局長も、互いに一騎当千、いや、万にも億にも相当する力の持ち主なのだから。
エリアルデ支局長がぶつぶつと何か唱えると、床に半径3メートル程の美しい魔方陣が広がった。
「さあ、ハルトよ。行くぞ」
「はい」
魔方陣の内側に入ると、一瞬浮遊したような感覚が生じ、周囲の景色が滲んで、代わりに別の景色が現れようとしていた。
数秒後。
俺とエリアルデ支局長は、ギルド支局と魔境のほぼ中間地点、アナギルド高原に立っていた。
次の話はシリアス展開です。ガチです。