魔神来襲-10
「ぐあああぁぁぁぁ!」
『投影』による重力場は騎士の鎧をミシミシと変形させていく。内部の人間がどうなるか、俺は一切考慮していなかった。
悲鳴が聞こえなくなった段階で、俺は重力場を消した。まだ生きているのか、それとも死んでいるのか、そんなことはどうだっていい。
重要なのは恐怖だ。俺に逆らえば殺されると、今俺の行く手を遮る騎士の連中に分からせなければならない。
騎士の一人が叫ぶ。
「き、貴様! 陛下から受けた御恩を忘れたかっ!!」
「恩? 俺の力を疎んで、厄介払いするために血塗られた妖刀を押し付けて東に送り込んだことを言ってるのか? なら、今から恩返ししてやるよ」
電流を『投影』。全身を貫く電流は威勢よく怒鳴り散らした騎士の意識を一発で刈り取った。
その様子を見て、騎士の一人が狼狽した。
「バカな!? 魔抗銀の鎧を、どうやって」
魔抗銀が耐性を持つのは『魔術』だ。『投影』は魔術ではない。異能という点は同じだが、どちらかと言えば通常の物理法則の範疇内のスキルである『投影』によって生じた電気は、魔抗銀では防ぐことはできない。むしろ、本来の銀の性質を遺憾なく発揮して、電気はほとんど減衰することなく素通りするだろう
騎士の頭数だけ電流のイメージを練り上げると、俺は動けずに居る騎士たちに告げた。
「退け。退かないなら殺す」
そんな俺の物言いにとうとう沸点を超えたのか、リーダー格らしき騎士が大声で叫んだ。
「奴は陛下を愚弄する叛逆者だ! 栄えあるアルキドア帝国騎士団の名の許」
「うざい」
あからさまに敵対する意思を見せたため、俺は練り上げておいたイメージを『投影』、電流を解き放った、
外部からねじ込まれた電流は神経の活動を妨げ、その意識を一瞬で奪う。運の悪い奴は、死んだかもしれない。
長い。
下らん口上を宣う暇があるなら、最初から切りかかってこい。
俺はそう吐き捨てると、動かない騎士達をまたぎ、宮廷の扉を蹴り破った。
♢♢♢
血だまりに沈む魔術師と思しき一団を前に、旅装の男はため息をついた。
死亡している者は居ないようだったが、このまま治療を受けられなければ命は無い、と旅装の男は判断した。
「派手にやったもんだな。殺してないあたり、まだ理性は残っているようだけど」
「手当しますか?」
「そうだな。そっちから順に並べてくれ。魔術は得意じゃないんだけど」
旅装の男が手をかざすと、倒れた魔術師の周囲に円形の魔方陣が展開された。続々と陣を展開し、臥せっていた10名の魔術師を魔方陣で囲んだところで、旅装の男は魔術師達の周囲に物理障壁を張った。守るためではなく、閉じ込めるための物理障壁を。
「アスカ、彼の様子は?」
「……今は、動いている様子も、特に魔術を使っている様子もありません」
「なら今のうちに追いつこう。彼が本当の悪魔になる前に」
旅装の男は壁に開いた穴から、ためらうことなく城内に侵入した。
紅い巻き毛の少女も後から続いて穴を通り抜けようとしたが、城壁の断面を見て足を止めた。
「これ……『破断』……それに……『破戒』?」
「カーテナが協力してるみたいだね。ちょっと面倒だな」
紅い巻き毛の少女は、苦い表情を作ると、振り絞るような声音で旅装の男に請うた。
「……ユウヤ様、もしカーテナと戦うことになったら、私一人にやらせてください」
「僕はいいけど、戦えるのかい? 彼女は君の……」
「だからこそ、です」
「……なら、好きにするといい」
「ありがとうございます」
旅装の男と紅い巻き毛の少女は、ハルトが進んだ道をなぞるように、城内を進んでいった。
♢♢♢
「しばらくぶりですね、陛下。何でもリアナ公国と戦争を始めるとか」
「……タカス・ハルト……。我が国に災禍をもたらす化物が……」
アルキドア帝国皇帝レガノア3世。
コーカソイド的特徴を持ち、禿げ上がった頭頂部を豪華な冠で隠し、良く言えば恰幅の良い、率直に言えば肥え太った体を無駄に豪奢な衣装で包む、中年のおっさんだ。
その表情には焦りと怯えが浮かんでいる。
無理もない。もう皇帝を守る者は居ない。この謁見の間に入った瞬間襲いかかってきた宮廷魔術師と騎士の混成部隊は既に文字通りに重力場で叩き潰した。
残るは皇帝1人だけ。その気になれば今すぐ肉団子に変換することすらできる。
俺はその皇帝に、怒りと憎しみを極力抑え込みつつ言葉をなげかける。
「化物、ね。俺は魔具を作るために隣国の住民を虐殺しようとしている奴の方がよっぽど化物じみてると思いますよ、陛下。前に来たときに言いませんでしたっけ。俺は戦争が嫌いだと。戦争を起こすような国は滅べばいいと思ってるって。その耳は冠同様お飾りですか?」
「……貴様……」
「まあ、本当のところ、俺だってリアナ公国の住民の命を本気で気にかけてるわけじゃありません。他人ですし。そんなことはどうだっていいんです。問題は」
俺は刀剣状態のカーテナを皇帝の首元にあてる。怒りのまま首を両断しようと動きそうになる腕を必死に止め、皇帝を睨む。
「龍神の御子を、アンタらが狙ってるってことだ。正直に答えろ。くーちゃんを、龍神の御子を狙う目的は何だ」
「……兵器に決まっておろう。龍神は莫大な魔力の塊だ。それを制御できれば、最早我がアルキドアに敵はいない」
概ね予想通りの回答に、俺は燃え盛るように扱った思考の芯の部分が、急速に冷えていくのを感じた。
この程度の理由で、こいつはくーちゃんを狙おうとしていたというのか。『龍神』という人が扱える力の枠を超えた存在を意のままにできるわけがないのに。
「最後通牒だ。リアナ公国と龍神の御子から手を引け。俺が発動する広域伝達魔術『神の告知』に乗せて、全世界にその意思を表明しろ。従わないならアンタと皇太子を殺してこの国を潰す」
カーテナを下ろすと、俺は『神の告知』の陣を発動した。
薄い青の光を放つ小さな魔方陣が床に現れる。効果は、この世界には存在しないが、さながらテレビカメラといったところだろうか。
怒りと屈辱に身を震わせ、顔を真っ赤にした皇帝が俺を睨む。そんな皇帝の小物っぷりを目にした俺は、対照的にますます冷めていく。
この世界に来て5年、俺はこの程度の決断もできない小男に幾度となく踊らされていたのか。
我ながら、アホらしい。
皇帝が屈辱に満ちた表情を浮かべながら、『神の告知』の陣に一歩近づいた、その時。
『主様!!』
カーテナを握る右腕の制御を奪われ、半ば引っ張られるように俺はカーテナを振るった、いや振るわされた。
ゴッ!
と鈍い音が響き、カーテナと何か、強く輝くモノが拮抗した。突然腕にかかり始めた強烈な荷重に耐えるために、俺は反射的に『投影』による強化と障壁の展開を行った。
時間にしてわずか2秒程度。
カーテナが自発的に纏っていた『破魔』の前に突然の攻撃はその効力を失い、魔術的な力の一切を奪われた、鉄球……? のようなものが、ゴン、と床に落下した。
魔術的な、砲撃か?
俺は生唾を呑みこんだ。
『破魔』を纏ったカーテナと、神級魔術すら瞬時に破壊する妖刀と、2秒も拮抗した?
カーテナの『破魔』は俺の魔力障壁よりも硬く鋭い。そのカーテナが、瞬時に打消しきれなかった。すなわち、カーテナが俺の腕の制御を奪ってまで迎撃してくれなければ、俺はこの砲弾のようなものの直撃を受けて魔力障壁を破られていた可能性があった。
「いけませんね。陛下に対する口の利き方がなってませんよ、元筆頭宮廷魔術師殿」
「誰だ」
振り返ると、いつの間にか皇帝が居なくなっていた。代わりに、白いローブを纏い、この世界ではまだ出始めたばかりのメガネをかけた、無駄に顔立ちの整った長身の男が佇んでいた。
「あなたの後釜です、ハルト先輩。いやあ、さすがですね。あのデカブツの砲撃を受け止めきるなんて。私にはできない芸当ですよ」
「デカブツの砲撃……? ……っ、まさか!」
砲撃が飛んできた方向を見る。
謁見の間の壁から天井にかけての一部分に無残な大穴が開き、外にまでつながっていた。砲弾によって根こそぎもっていかれたのだろう。
本来ならば月や星が見えなければならないその穴の向こうにあったのは、赤く光る2つの光点。星空を遮るほどの威容。
俺はアレを知っている。
あれは、俺がこの世界で最初に研究した魔術兵器。完成させてはいけなかった機械兵器。
「……『トール』……」
なんか、超展開だなって……。




