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魔神来襲-08

 アルキドア帝国という大国に単身で戦争を仕掛けるには、それなりの用意がいる。直接的なものでは魔力の貯蔵、術式の用意、情報収集。間接的なものではくーちゃんの安全確保や、エリアルデ支局長を始めとした知人を戦いから『遠ざける』段取り。

 そういったことを全て済ませるために定めた期限が3日だった。


 そして、3日後。


 俺はカーテナと共に川の字にくーちゃんを囲っていた。龍神の力なのだろうか、何かを感じ取り、やたらと不安がるくーちゃんを宥め、寝かしつけるのそこそこ大変だった。

 

 すーすー、と静かな寝息を確認すると、俺は身体を起こす。


「カーテナ、用意を」

「はい」


 人化を解き、本来の姿である一本の日本刀に戻ったカーテナを、俺は鞘に納めた。

 『投影』と魔術を組み合わせて作ったローブを纏うと、俺はカーテナを腰に吊り下げた。


 眠るくーちゃんの周囲に魔術による障壁と『投影』による障壁を幾重にも張り巡らせ、さらに時限式の伝達魔術を仕掛けておいた。時間が来ればテンペスタさんに自動的にメッセージを届けるようセットしてあるので、俺が明日の朝に戻ってくることが出来なくとも問題は無い。テンペスタさんが、きっと面倒を見てくれるだろう。


 敵はアルキドア帝国。

 必要以上には殺さない。逆に言えば、必要な分だけは確実に殺す。

 かつて誰一人殺さず、脅迫だけで済ました結果がこれだ。トルネから搾り取った情報と今回の件が根を同じくする関係にあるのならば、リアナ公国の民は魔具の原料として狙われ、何より俺の大切なくーちゃんがその身柄を狙われているということになる。

 俺の甘さが招いた事態を、俺は収拾する義務がある。

 くーちゃんが住まうこの国を、殺戮と悲劇に塗れた国にしてはならない。何より、くーちゃんを守らなければならない。


 俺はくーちゃんを守るためならば、鬼にでも悪魔にでもなろう。


「ごめんね、くーちゃん」


 すやすやと眠るくーちゃんを一人残して、俺はカーテナと共に部屋を出た。


♢♢♢


「大仰な恰好じゃの。1人でどこへ行く気じゃ?」

「エリアルデ支局長……」


 アパートのすぐ前に、黒衣を纏うエリアルデ支局長が待ち構えていた。


「聞くまでもないの。ハルよ、アルキドアに、今から一人で攻め入るつもりじゃろう?」

「……!」

「やはりな。どうして妾やテンペスタに声をかけんかった? 我ら兄弟は汝とクリスを救うためならばいくらでも協力するというに」

「……今回は、あなた達を巻き込めない……」

「何故じゃ。前は妾もテンペスタも汝と行動を共にしたではないか」

「……アルキドアには、戦争に備えて用意された大規模魔方陣や術式群、魔装があります。以前は不意打ちでしたから、そういう物騒なものを持ち出す余裕はありませんでしたが、今回は違います。既にリアナ公国との戦争を見据えて準備を進めている以上、そういった兵器群は既に稼働可能な状態にあるはずです。あれをまともに喰らえば、支局長やテンペスタさんでも……」


 元筆頭宮廷魔術師としてアルキドア帝国に仕えていた時に、俺はそういった魔術的兵器の点検や改良を行っていた。

 あれは、正直俺でも凌ぎきれるかどうかわからない。


「なるほど……。『予知』が発動するわけじゃ」

「『予知』……?」

「クリスは『龍神』、妾は『龍王』。共に生まれついて役割を与えられておる。そういう者には、ごく限られた範囲ではあるが、迫る危機を見通す力が与えられる。クリスは不安がりはせんかったかの?」

「寝付きが悪かったのは、そういうことだったんですね。エリアルデ支局長が今ここに居るのも」


 準備は秘密裏に行ってきた。気配遮断の魔術を使ってあるかどうかも分からない監視への対策も行い、カーテナ以外には誰にも知らせることなく動いてきた。

 それが、こうも理不尽に露呈するとは……。さしもの俺も、『予知』などというトンデモスキルへの対策は練っていなかった。

 

 ならば、理不尽には、理不尽で対応するとしよう。


 神級魔術、『神の鎖』。

 

 赤黒い輝きを放つ鎖が12本、エリアルデ支局長の足許から伸び、その身体を縛る。

 高密度に集積した魔法陣と魔力から成る鎖は、いかに龍族といえども引きちぎることはできない。

 あらゆる魔術はその使用を禁じられるため、魔術による破壊も不可能。

 唯一の攻略法は、圧倒的な魔力によって打ち破るのみ。


「な、何をする……!」

「すいません、エリアルデ支局長。これは俺のケジメなんです。巻き込むわけにはいかない」

「分かっておるのか、相手は大国じゃ! 戦力は少しでも多い方が良いに決まっておるじゃろ!」


 叫ぶエリアルデ支局長。

 そう、確かにその通りだ。最強の個であろうと、力の総量では上回っていようと、集団の前に敗北を喫することはままある。

 エリアルデ支局長、テンペスタさん、エアリア、カーテナ、…………あと大家。

 全員の力を借りることができたら、どんなに心強いだろうか。

 しかし。


「……その鎖は、明日の朝には消滅します。明日の朝、もし俺が帰ってこなかったら、くーちゃんの面倒を見てやってください。お願いします」


 俺はエリアルデ支局長を円筒形の障壁で囲い、背を向けた。


「ハル! 待て、ハル!」


 すいません、エリアルデ支局長。

 もし帰ってこれたら、いくらでもお叱りは受けます。部屋の片付けだっていくらでもやります。だから、今は行かせてください。


 アルキドア帝国は、俺が宮廷魔術師を務めていた時代に完成させてしまったある兵器を保有している。

 魔術的な回路を機体全体に巡らせ、魔力の供給を受けて動くという魔装そのものだというのに、いくら魔力を注入しても起動すらしないその古代兵器。

 それもそのはず。ただ魔力を受けて単純な効果を発揮する通常の魔装ではなく、それは『機械』だった。

 いくら電力を供給しても機械が思い通りの働きをしてくれないのと同様に、単純に魔力を供給するだけではその魔装は動いてはくれない。

 精密な魔力制御と膨大な魔力量を必要とするそのじゃじゃ馬を、俺は改造した。大学受験のために身に着けてきた『物理』の知識を総動員して外付けの機構を組み込み、難解極まる起動及び制御を誰にでもできる簡便なレベルにまで下げることに成功したのだ。

 その功績により俺は『筆頭』となった。


 魔装の名は『トール』。


 龍族を殺すために作られた、古代の兵器だ。

 万が一にでもあれが起動すれば、エリアルデ支局長とテンペスタさんの身に危険が及ぶ可能性は高い。単純な強さの話ではない。あれは『龍族』を殺すために作られたもので、さながらグーに対するパーのような立ち位置にある。龍族を殺すための機構をこれでもかというほど備えたあれは、相性の問題で、2人を殺し得る。


 だからこそ、2人を連れて行くわけにはいかなかった。

 

 それもまた、俺がつけるべきケジメだった。

久しぶりのガチシリアス。

急ぎ過ぎでしょうか。

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