魔神来襲-07
ふと、目を覚ました俺は、目覚まし時計を見た。
2本の針が指すのは、絶望だった。
「ちょ、嘘!? エリアルデ支局長!! 起きてください!!」
「ん……あと5分……」
「あと5分なんて言ってる場合じゃありませんよ! あと5分でギルド業務が始まります! 起きてください!」
さすがに女性3名を雑魚寝させるわけにもいかなかったので、俺は何とか3人のホールドから抜け出した後、布団を敷いて3人を寝かせた。
片付けも全て終え、ふと机の上に放置されていた酒が気になったので、試しに飲んでいたはずだったのだが、それ以降記憶が無い。
おかしい。
俺はかなり酒に強い方だったはずだ。たったあれしきの量で記憶を飛ばすなんて、考えにくい。
……この妖しい酒は後でじっくり分析するとして、今はそれより何よりギルド業務だ。
「エリアルデ支局長!! 遅刻しますよ!! エリアルデ支局長!!」
「ん~……、うるさいの……何じゃ……」
「時間見てください! 遅刻しますよ!」
「え…………な!?」
現在時刻を見たエリアルデ支局長は、ここに来てようやく事の重大さを認識してくれたようだった。
「ハル! 時を止める魔術は使えんのか!?」
「使えたらとっくに使ってますって!」
ドタドタと慌ただしく、とりあえず最低限の身嗜みだけ整えていく俺とエリアルデ支局長。
若干酒臭いが止むをえまい。後で『投影』で浄化しよう。
僅か3分で準備を終えると、俺は『投影』による疑似テレポートのイメージを練り始めた。
「エリアルデ支局長! 掴まってください!」
「……嫌じゃ」
「ちょ、何言ってるんですか!? 今はそれどころじゃ」
「おんぶ」
「……」
この緊急時に何言ってるんだこのダメっ娘は。
「……」
「……」
不穏な沈黙。そのまま、10秒、20秒……30秒経ったところで俺は折れた。
時間が惜しい。
「わかりました、わかりましたから!」
背を差し出すと、エリアルデ支局長が嬉々として飛び乗ってきた。重心を見失わないように踏ん張りつつ、俺はその重量を支えると、位置情報の『投影』を連発した。
俺はエリアルデ支局長にもお説教しなければならないのだろうか。
♢♢♢
「あ、支局長、おは……ハルトさん……?」
受付嬢のハリカさんが、さながら神級氷雪系魔術『神の氷』でも喰らったかのように、カウンターで凍りついた。
業務開始前20秒前に支局に滑り込んだ俺とエリアルデ支局長だったが、俺はこの時、痛切に後悔していた。
出勤する時間を、10秒でもいい、ずらすべきだった。
ハリカさんならまだいい。直接的な実害は特にない。
それよりもヤヴァイのは。
「あ、支局長、良かった、これ支局長宛の緊急書簡です。正午までに返信してください」「おい! 2番から7番までの書類回せ!」「ハルトテメエぼさっと突っ立ってねぇで仕事しやがれ! 支局長、この書類に判子お願いします」「始業時刻に間に合わねなくてもいいから書類の処理を優先するように!」
……あれ?
普段であれば呪詛(と高等呪詛魔術)を飛ばしてくる男衆が、『エリアルデ支局長がハルトと共に出勤する』という事象を目にしたにも関わらず、一切荒ぶらなかった。それどころではない、と言わんばかりの剣幕で、誰も彼もがせわしなく動き回っている。
「様子がおかしいの」
「何かあったんですかね」
エリアルデ支局長は怒涛の勢いで押し付けられた書簡を開封した。テキストに目を走らせると、今だ眠たげだったトロンとした目を、大きく見開いた。
「何じゃ……これは……」
「どうしたんです?」
「読め」
渡された便箋を開くと、そこにはこう書かれていた。
―――
【通達】
『神殺し』、『アルキドア帝国元宮廷筆頭魔術師』タカス・ハルト討伐クエスト(Sランク)の発注について。
支局長は各支局における利用者の平均ランク等、総合的な情報を基に、上記クエストを各々の支局に於いて取り扱うかどうか、本日正午までに回答せよ。
―――
「これは……」
「汝の討伐、つまり殺害任務、じゃな。あのアルキドアの髭の仕業、かの」
思わず俺は、歯を鳴らすほどに噛み締めた。
甘かった。
あの時、神級魔術で威嚇するのではなく、何人か血祭りに上げて徹底的に脅迫しておくべきだった。
いざ事が起ころうとも俺には大量殺戮などできない。そう見くびられた、あるいは見破られたのだ。
「それともう一つ」
先ほどエリアルデ支局長が判子を求められていた書類の一つ。
―――
【クエスト内容】
リアナ公国・公軍に参加し、アルキドア帝国との戦争に参戦する。
受注者はクエストの受理を以てリアナ公国最高指令所の統制下に入る。
【報酬】
前金 20000ガル
勝利時の報酬 100000ガル
―――
「戦争、ですか……」
「汝の討伐は、恐らくはアルキドアがリアナとの戦争に備え、不確定要素たる汝を始末するためにギルドに依頼を出したのじゃろうな」
「ああ……、そういえば、俺がここに居るってあいつら掴んでましたね」
「汝という存在は味方に付ければ百人、いや億人力じゃが、敵に回せばこれほど厄介な者は他にそうおらん。アルキドア帝国にとって最も恐ろしいことは汝がリアナ公国の味方に付くことじゃろう。その前に処分しようという腹じゃな。さて、どうする?」
まさか向こうも、元宮廷筆頭魔術師である俺がギルドに勤めていることは予想していなかったに違いない。おかげ様で俺は実際にクエストが発注される前にその情報を知ることが出来た。
情報は武器だ。知る事さえできれば、どうにでもなる。
戦争の目的は、恐らくは以前トルネがゲロった通り、魔魂石の原料としての捕虜を確保することだろう。いざ戦端が開かれれば、血みどろの闘争と殺戮の嵐が吹き荒れるのは間違いない。
俺の脅迫を無視してでも開戦するだけの価値があると、アルキドア帝国は判断した。つまりそれは、魔魂石にはそれだけの価値があるということと同義だ。
させるわけにはいかない。
俺の討伐クエストは即ち俺の周辺の人々にまで飛び火する可能性を秘めている。大抵恐るべき実力者だから特に問題は無いだろうが、くーちゃんの身に危険が及ぶような可能性は排除しなければならない。
アルキドア帝国とリアナ公国の戦争は、そのまま軍事力に於いて若干優勢なアルキドア帝国による虐殺と、魔魂石による軍備増強につながり、ひいては世界的な虐殺に繋がりかねない。
答えなど、決まっている。
「潰します。完膚なきまでに、徹底的に」
これは、俺の甘さが招いた結果だ。そのツケを支払うべきは、俺だ。
今回は、この世界の原則に従おう。
『やられる前に殺れ。報復を回避したくば、敵は一族郎党諸共抹殺せよ』
そうしなければ、自分がやられる。
「そうじゃな。もう、甘いことも言ってはいられまい。汝が『本当に殺る』人間であることを奴らに思い知らせねば再び同じことを企むじゃろう。厳しいようじゃが、今度ばかりは犠牲もやむを得ないじゃろうな」
犠牲。
極力、俺は人の命を奪わないようにしてきた。窃盗団の連中を怒りのままに皆殺しにした時以来、俺はずっと。
しかし、それもどうやらここまでのようだ。
「俺の討伐クエストは、いつ頃から受注が始まるんでしょうか?」
「まだ支局長レベルでの取り扱いの可否を調査している段階じゃからな。1週間は先と見て間違いなかろう」
ならば、動くのは3日後にしよう。
俺は密かに決意を固めると、自身のデスクについた。
物語は動き始めます。
色々気になる表現があるので、後で修正します。




