魔神来襲-05
トップ受付嬢には外すことのできない仕事があるので、ハリカさんは程なくして戻ってきた。
ただし、若干涙目だ。
むー、と唸りながら俺を見て、エリアルデ支局長を見て、ぷいとそっぽを向くハリカさん。
エリアルデ支局長は何故か勝ち誇ったような顔をしている。
俺にとっては女性陣2名がバチバチ火花を散らす理由はサッパリで、別に知りたいとも思わなかったが、周辺の野郎共はそうでもなかったらしい。
盛大な誤解をしたらしく、例の如く怨みが込められた強烈な呪詛が飛んできた。
「ハルト、貴様、貴様ァァ……」「ハリカさんまで、だと……?」「ケヒヒ、ヒヒヒ」「ああ、エリアルデ支局長…………」「殺す殺す殺す殺す」
「み、みなさん、落ち着いて」
正気を失っている奴の割合が普段より高い。ハリカさんの人気っぷりはこの辺りからも推し量ることができる。
冷静に分析している場合ではないが。
つーか今高等呪詛魔術『地怨』使った奴誰だ。魔力障壁が破れかかったじゃねえか。
俺は回を重ねる事に強力になっていく呪詛魔術をいつまで防ぎきれるか大いに不安になりつつ、業務に戻り、現実から目を背けることにした。
ハア。
くーちゃんと遊びたいなぁ。
♢♢♢
業務を終え、俺が帰路に就いたときのことだった。
「タカス・ハルトだな」
黒いローブに黒いマスク、おまけに気配を遮断する高等魔術を自身にかけた、正体不明の魔術師が、俺に話しかけてきた。
「誰だ」
不穏な気配を感じ、俺は魔力障壁と物理障壁を展開した。
前回の反省を生かし、俺は封じる魔力量を少しだけ減らし、常時でもそこそこの魔術であれば使えるように調整してある。その魔力を障壁に混ぜ込み、強化した。
「私に敵対の意思はない。私は忠告に来た」
「忠告?」
確かに、黒い魔術師からは攻撃的な魔力の流れも、魔方陣も、一切感じ取れない。ただ自身の正体をひた隠しにするために魔力を使っているようだった。
「そう遠くない未来、君を巡って戦争が起こる。タカス・ハルト、君自身の大切なものを守りたいのならば、東へ行け」
「何言ってんだ、お前」
「今は理解できなくてもいい。ただ、私のこの言葉を、覚えておいてほしい」
それだけ言うと、黒い魔術師は姿を消した。
幾重にも張られた気配を遮断する魔術のせいで、俺はその足跡を追うことすらできなかった。感覚的には、目の前から突然消滅したにも等しい。
声は男女の別が分からないよう不自然な加工が施してあったし、この分では背格好も偽装かもしれない。
何だったんだ、一体。
♢♢♢
「くーちゃんただいま!」
「あ、ハルだー! ハルが帰ってきた!」
テテテと可愛らしい音を立てて走り寄るくーちゃんを、俺は抱き上げた。
「くーちゃん、ハルが帰ってきたら何て言うんだっけ?」
「おかえり!あ、間違えた、ただいま!」
「くーちゃん、間違えてるよ」
ん?と首を捻るくーちゃん。
「おかえり、ただいま、どっち?」
「ハルはただいまって言ったよ」
「じゃあおかえり!」
かわゆいのぉ。
頬をすりすりしたい衝動に駆られるが、俺は必死に耐える。
「あのね、今日ね、エリちゃんが来てるの!」
「エリちゃん?」
「バサーッてハルを運んできた人!」
エリアルデ支局長か!
くーちゃんを連れて居間に入ると、エリアルデ支局長がソファーにもたれかかってくつろいでいた。
「遅かったの」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
ハリカさんが俺に意味深な視線を向けたというだけで沸点を迎えた男性職員の皆様方。当然呪詛なんて生易しいものだけで終わるはずもなく、極力仕事を割り振られるという地味な嫌がらせを受けた。地味だが、結構効く。その結果がこの帰宅時刻だ。普段よりも、1時間遅い。
ハリカさんが拗ねてしまった最大の要因はエリアルデ支局長にあるのだから、俺が遅くなった原因の一端は間違いなくエリアルデ支局長にもある。
「ところで、どうしてうちに?」
「部屋の片付けの礼に酒を持ってきた。酒は飲まぬか?」
「たまに飲むぐらいですね」
「ならば良かろう。こいつはうまいぞ。妾の大好物じゃ」
机の中央に鎮座するやたらとデカいボトル。内部は紫色の液体で満たされている。側面に彫り込まれた魔方陣は、品質保持用の魔術だろう。
「さて、要件も済んだし、帰るとするかの」
「え~、エリちゃん帰っちゃうの?」
腕の中で、くーちゃんが不満そうな声を漏らした。
くーちゃんを苦しめるあらゆる問題を解消するために全魔力を使う覚悟を決めている俺だが、しかしこれは、くーちゃんや俺だけの問題ではない。
「こら、くーちゃん。エリアルデ支局長は忙しいんだ。あんまり迷惑かけちゃ駄目だよ」
「だってくーちゃん、まだお絵かきしてないんだもん……」
どうにかしてやりたいのはやまやまなのだが、そういう訳にもいかないだろう。
「あ、そうだ! エリちゃんも一緒にご飯を食べればいいんだ!」
パァっと表情を輝かせて、マイエンジェルは提案した。
……まあ、確かにそれならば……。
「エリアルデ支局長、お時間はありますか?」
「この後は中央で支局長会議が……」
「そうですか。ほら、くーちゃん、エリアルデ支局長はこの後お仕事があるんだって。また今度、お絵かきしようね?」
「む~」
ごねるくーちゃんだったが、こればかりは俺にはどうしようもないのだ。エリアルデ支局長にご予定があるというのならば、無理にお誘いすることもできない。残念だが、ここは何とかくーちゃんをなだめて……。
なんて思っていたら、突然エリアルデ支局長が、概ね泰然としている支局長にしては珍しく、慌てたように口を開いた。
「いや、そういえば何も無いぞ! 今日は暇過ぎて暇過ぎて何もすることが困っておったのじゃ! いやー、暇じゃなー、実に暇じゃなー」
暇なのか。だったら大丈夫だな。
「そうですか、では、晩御飯を家で食べていきませんか?」
「もちろんじゃ!」
「やったー!!」
はしゃぐくーちゃん。
君のその笑顔を見ることが出来るだけで、俺は幸せだ。
エリアルデの電撃によって、カーテナは奥の部屋で悶えています。




