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魔神来襲-04

 ギルド・カタリナ支局の朝は早い。

 俺の朝は特に早い。


 メインの仕事が依頼の格付けである以上、開業よりだいぶ早い時間帯に出勤し、いち早く仕事に取りかかる必要があ

ったりする。

 代わりに帰りの片付けは免除されているので、健全な職場だと思う。


「おはようございます、ハルトさん」


 珍しいことに、出勤すると受付嬢のハリカさんが誰よりも早くギルドに居た。

 ギルドで1、2を争う人気受付嬢であるところのハリカさんは、エリアルデ支局長の計らいで受付業務に集中するために他の仕事を割り当てられていない。

 だから、こんな時間に出勤する理由なんて無いはずなのだが。


「おはようございます。今日は早いですね」

「ええ、ちょっとハルトさんに聞きたいことがありまして」

「俺に? 何でしょう」


 ハリカさんは目を瞑って一度深呼吸した。再び目を見開いたとき、ハリカさんの表情には真剣さが見て取れた。

 何事かと、俺も思わず居住まいを正す。


「ハルトさんって、エリアルデ支局長と付き合ってるんですか!?」


 ……は?


「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「じゃあ、その、是非、私と……」


 しどろもどろになるハリカさん。俺から目線を逸らし、身を小さくしている。顔は真っ赤だ。

 え、何?

 もしかして、これってそういう流れ?


「楽しそうな話じゃのう。妾も混ぜてくれ」


 しかし俺の期待は、突如背中にしなだれかかってきたエリアルデ支局長によって雲散霧消させられた。

 背中に押し付けられる柔らかい感触に、鼻孔をくすぐる女性の香りに、頬に触れる艶やかな黒髪に、俺はどうしようもなく反応して、心臓が高鳴る。


「あ……エ、エリアルデ支局長」

「ハリカよ。私と……何じゃ?」


 挑発するように、エリアルデ支局長は妖艶に言葉を紡ぐ。


「え……、いや、その……、私は別に」


 対するハリカさんはキャパシティを超えた状況に、完全に冷静さを失っているようだった。しどろもどろというよりも、ボロボロだった。


「遠慮せずともよい」

「えと……、その……………………バカーーーーーー!!」


 ハリカさんは突如として叫び声を上げると、支局のドアを半ば蹴破るようにして飛び出していった。

 脱兎のごとく。

 さらに付け加えるなら、恐ろしく速かった。多分、『投影』や魔術の加護が無い状態の俺よりは。


「……遠慮せんでも良いとは言うたが、まさかバカ呼ばわりされるとは思うておらなんだ」

「追い詰めすぎです」

「何じゃ、妾が悪いのか」

「悪いとまではいいませんけど」


 エリアルデ支局長は俺から身を離すと、何事もなかったかのように、いつものように、支局長の机に向かう。


「まあ、妾としたことが、少々熱くなってしまったことは認めよう」

「熱く?」

「分からずともよい。分からぬなら、いつか分からせるまでじゃ」


 何のことを言っているのだろうか。


 クールだったり、おんぶが好きだったり、黒龍だったり、片付けられなかったり。

 いつもの如く、謎めくエリアルデ支局長だった。


♢♢♢


「強い残存魔力が近くにあるね。アスカロン、感知できる?」

『ちょっと無理ですね。強い雷属性の魔力の方はいけそうですけど、もう一つの方は希薄過ぎます』

「希薄な魔力があるってことだけ分かれば十分だ。ここまで強いのに、薄い魔力を持つ存在は『彼』以外には居ない」

『ユウヤ様も、そうではないのですか?』

「まあ、確かにそうだけど。ただ僕は『彼』と違って魔術が下手糞だからね。こんな規模の魔力を使えば自爆してしまう」

『まあ、ユウヤ様、御謙遜なさらなくても』

「謙遜じゃなくて、事実だ。科学者は事実から目を背けちゃいけない。分かっているだろう、アスカロン?」

『失言でした。申し訳ありません』


 腰に差した剣と会話する頭のおかしな男性。

 そう表現するのが一番妥当だろう。


 和服にも似た旅装を纏って腰に剣を吊るその姿は、こことは異なる世界の国、日本において見られた『浪人』のようにも見える。


 アナギルド高原に、風が吹く。


 陣風が枯れた大地を撫でた後、どこから現れたのか、魔抗銀の鎧に身を包む騎士が、旅装の男を取り囲んでいた。


「ふむ。面白い移動魔術だ。東には無い理論だな」

『解析しますか?』

「いや、今はいい。それよりも人化してくれ」


 旅装の男が剣を抜く。

 その動きを見て、取り囲む騎士の怒号が炸裂した。

 

「動くな! 貴様は第一級警戒魔術師に認定された! 武器を捨てて投降しろ! 命令に従わない場合は武力の行使を辞さない!」


 剣が日の光を反射し、輝く。

 美しい銀色の光沢を持つその刃は緩やかに沿っていて、杢目肌もくめはだが妖しく刀身を飾る。この世界には存在しない系統の剣、日本刀。その付け根部分には、これまたこの世界には存在しないはずの漢字によって、『飛鳥』と刻まれている。


 刀が一際強い輝きを放ったかと思うと、次の瞬間、刀は見る見るうちに形を変え、堆積を増し、旅装の男の手から離れた。

 光が消えた時、そこに在ったのは刀ではなく、一人の少女だった。


「何よ、偉そうに。無礼者共め」


 赤い巻き毛に、茶色の瞳、紅の着物のような装束を纏った、全体的に赤い印象の少女は、騎士たちに対して吐き捨てるようにそう言った。


「ユウヤ様、こいつら殴ってもいい?」

「いいよ。ただし、殺すなよ。気絶までだ」

「はーい」


 元気よく手を挙げて返事をする少女だったが、会話の内容は甚だしく物騒だ。ここに至って騎士たちは、ロングソードを抜いた。


「対象に敵性を認める。かかれ!」


 リーダーと思しき騎士の号令で、統率された騎士たちが、恐らくは何度も反復練習したのであろうフォーメーションで、旅装の男と着物の少女に襲いかかった。


 魔術に対してある程度の耐性を持つ魔抗銀を含む合金で出来た剣が、騎士たちの魔力を帯びて迫る。


 少女の動きは機敏だった。

 あろうことか、生身で、黄金色の光を纏ったその腕で、一番近い位置に居た騎士のロングソードを払うと、がら空きになった胸元に、強烈な掌底を叩き込んだ。


「はっ!」


 ボゴッ、と鈍い音が鳴る。

 少女の細腕が、魔抗銀で出来た鎧を貫いた音だった。


 あまりの衝撃に騎士の意識は一瞬で刈り取られ、その場に伏し、動かなくなった。


 そらにそのまま次々と、襲いかかる騎士を素手で叩き潰していく。


「おー、さすがは『破断』。魔抗銀も形無しだな」


 そんな独り言を呟く旅装の男は、素手以前に、触れることさえせずに、騎士たちを叩き潰していく。


 男に近づいた騎士は、剣の射程圏内に男を入れる前に例外なく垂直に打ち伏せられ、バチン、という音と共に弾ける紫電が、次々と意識を奪う。


「何故だ!? 魔術を通さない魔抗銀が、何故!?」


 意識を失い臥せっていく仲間を前に、号令を出していたリーダー格の男がわめいた。


「魔術じゃないからね」


 気付けば、騎士たちはそのリーダー格の男を除いて、全員が地面に臥せっていた。

 ここまでわずか1分。

 わずか1分で、旅装の男と少女は、リアナ公国が誇る精鋭集団を叩き潰したのだった。


 旅装の男が、最後に残ったリーダー格の騎士を一睨みした。

 直後、魔抗銀の鎧に電流が走り、他の騎士同様、リーダー格の騎士の意識も刈り取っていった。

エリアルデ支局長のデレと魔神の襲来、どっちが早いでしょうか。

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