魔神来襲-03
エリアルデ支局長宅の片付けに行ったその翌日のこと。
本日は安息日、つまり休日だ。ありとあらゆる雑事から解放され、ラブリーマイエンジェル・くーちゃんと一日中過ごせるという、まさに神が与え給うた最高の一日である。
すやすやと眠る愛らしいエンジェルと、「お前本当に女?」みたいな豪快な寝相で寝ているカーテナに先んじて布団を抜け出し、俺はキッチンに立った。
最近のマイブームは日本食の再現だ。
これまでに納豆、こんにゃく、海苔などの食材を独自に開発し、一部の料理を再現することに成功している。
現在発酵中の醤油、味醂、味噌がうまく行けば、大概の料理は再現可能になるだろう。
この異世界で美味しい味噌汁を飲むため、俺は研究を続けている。
鍋に米と水を入れ、圧力帯を『投影』した上で蓋を閉じ、火にかける。
その間に昨晩のうちにとっておいた出汁とコンソメを合わせ、スープを作る。
ご飯にコンソメスープというのはどうにもミスマッチな気がするが、それも味噌が出来上がるまでの我慢だ。
南部が海に接するリアナ公国では新鮮な魚を手に入れることができるので、魚は種類、量共に豊富だ。マグロやらアジのような大衆魚から、正直魚なのか怪しい何かまで魚介類として売られている。種類の豊富さは、もしかしたら日本を上回るかもしれない。
そんな中、俺が選んだのはアジだ。できかけの味醂と塩で処理して作った干物の味は、俺に故郷を思い出させるのに十分だ。
できればくーちゃんにも、この味を知っておいてほしい。願わくば継承して欲しい。この世界にはない系統の料理だが、日本食はきっと、どこの世界でも通用するはずだ。
あと少しで干物が焼きあがるというその時、コンコン、とドアを叩く音がした。
「はい」
干物を焼く火を弱めると、俺は玄関に向かった。
魚眼レンズなんてものは無い。あるのは扉を開けるか開けないかの選択肢のみ。一般的には開けない。もしそこに居るのがよからぬ思想を持つ者だった場合、取り返しがつかなくなるからだ。
ところが、このアパートの住民たるや、皆扉を簡単に開ける。
平和ボケ大国日本で過ごした俺はそういう習慣だからそうするというのもあるが、何よりも皆、並の強盗程度なら秒単位で瞬殺できるからだ。
そんなわけで、俺は扉を開けた。
「お、おはよう!」
灰色の衣を纏った、長身の美女。今は隣室の祖父・テンペスタさんと共に生活している龍族の女性、エアリアだった。
ただ、そんな彼女がどうして俺の家をこんな朝早くに訪れるのか分からない。何より分からないのは、エアリアの顔が真っ赤に染まっていることだ。
風邪でも引いているのか?
「ああ、おはよう。どうした?」
「え、と、その……、も、もし、よかったら……」
「?」
「い、い……いい匂いがするな!」
「いい匂い? ああ、コンソメスープとアジの干物の匂いかな」
この匂い、特にアジの干物の匂いが原因で大家と戦闘に発展したこともあるので、客観的にいい匂いだとは言えないだろうと思うが、そこは人それぞれだろう。
俺はいい匂いだと思っているし。
「よかったら、食べてくか?」
「え……いいの?」
「もちろん。俺の故郷の味だから、もしかしたら口に合わないかもしれないけど。どうぞ」
俺が扉を大きく開き、部屋に入るよう促すと、エアリアは小さな声で「お、おじゃまします……」などと呟きながら入ってきた。
靴を脱いで部屋に入る文化が無いリアナ公国だが、エアリアは玄関先の様子と俺の足下から事情を察して、靴を脱いだ。
「居間で座っててくれ。すぐに用意するから」
と、その時。
「主様、気のせいでしょうか、魚の匂いに混じって他の女の匂いが……」
あくびをしながらフラフラと姿を現したカーテナが、エアリアの姿を見て凍りついた。
つーか、何でお前は女性を匂いで判別できんだよ。怖いわ。
「あ、主様……私という妻がありながら……朝から別の女を連れ込むなんて……」
「いや、別にお前妻じゃねえし。愛剣なのは認めるが、愛妻では断じてない」
「愛剣も愛妻も似たようなものじゃないですか!! かくなる上は私と愛の営みをぉぉぉぉヘブッ!」
変態性丸出しで突進してきたカーテナを重力場に捉えて叩き落とすと、俺は改めてエアリアを室内に招いた。
「この子は、何なのだ?」
「カーテナっていう、俺の武器だ」
「武器……? 女の子にしか見えないが」
「今はそうだけど、本質は剣だよ。気を付けろよ、ものすごい変態だから」
現に今も、重力場による圧力をカーテナは快感に変換しているようだった。表情が蕩けきっていて、怖い。
そんな騒ぎがうるさかったのだろうか。ついさっきまですやすや眠っていたくーちゃんまでもが起きてきてしまった。
カーテナ、貴様は後で折檻だ。天使の微睡を邪魔した罪は重い。
「ハル……おはよぉ」
寝起きのくーちゃんはとても舌足らずだ。もう一度寝かせてあげても構わないが、どうせすぐにごはんなのだから、もう起きていても構わないだろう。
しかしカーテナ、だからといって貴様の罪が晴れることは無い。
「くーちゃん、顔洗っておいで。ハルごはん用意するからね」
「ん、わかった」
フラフラと揺れるような足取りで洗面所へと向かうくーちゃん。
可愛い。
「あの子は、何なのだ?」
「くーちゃんっていう、龍族の女の子だ」
「龍族……? あんなに幼いのに、人化の術を使えるのか?」
「あの子は、龍神の御子、だからね」
「龍神の御子……あの子が?」
「外では言わないでくれよ。面倒なことになるから」
「分かってる。……そうか、あの子が……」
エアリアは何かくーちゃんについて思い当たることがあるようだった。思い返してみれば、初めてくーちゃんと出会ったテンペスタさんも、俺が気絶している間くーちゃんの面倒を見ていたらしいエリアルデ支局長も、くーちゃんについて何か思うところがあるようだった。
まあ、龍族の神だからな。龍族にしかわからない何かがあるのだろう。
「ハルー! 顔洗った! …………お姉さん、だあれ?」
冷水で顔を洗ったことによって意識がはっきりしてきたのか、くーちゃんが見慣れない女性、つまりエアリアが居ることに気付いた。
エアリアはしゃがみこみ、くーちゃんに目線の高さを合わせて無垢なる天使の問いに答える。
「初めまして。私はエアリア。あなたのお名前は?」
「くーちゃんはタカス・クリスっていいます!」
「良い名前だ。くーちゃん、私と一緒に、向こうで遊ぼうか」
「遊んでくれるの!?」
目を輝かせるくーちゃん。
クールな女性は子供嫌いという偏見のような思い込みがあった俺だったが、どうやらエアリアは子供嫌いではないようだ。くーちゃんをあやすスキルが異常なまでに高いテンペスタさんの孫で、これまた子供嫌いっぽいのにくーちゃんがやたらとなついていたエリアルデ支局長の親戚なのだから、さもありなんといったところか。
楽しそうなくーちゃんの声と、相手をするエアリアの声と、そして時たま響くカーテナの嬌声をBGMに、俺はご飯をよそい、干物をもう1枚焼き、朝食の準備を進めた。
うまくいけば日本食の信奉者をもう一人増やせるかもしれない。
俺はいつになく気合を入れて、朝食を準備した。
魔神が影も形も出てきませんが、ちゃんと迫ってきてます。
異世界に飛ばされたら自分ならどうするかと考えた結果は、まず『日本食の確保』でしたので、今回はそれをテーマにしてみました。




