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カーテナの育児日記-03

 くーちゃんをおんぶして、10分経ったか経っていないか、その辺りのこと。


「よーねぇちゃん、綺麗だねぇ。俺たちと遊ばね?」

「ちょっとアッシュさん、抜け駆けはずるいっすよ」

「いいじゃんいいじゃんこんな綺麗な姉ちゃん居んのに遠慮なんて出来ねぇよ」


 お頭の緩そうな男3人組が、私とくーちゃんを取り囲むようにして絡んできたのだ。


「テナちゃん……?」


 背中のくーちゃんが囲まれていることに気付き、不安げな声を漏らした。

 私は迷う。

 この男達を武力で排除することは簡単だ。くーちゃんを一度下ろし、『破断』を纏って、殴る。それで十分だ。

 しかし、くーちゃんの目の前で、純真無垢なくーちゃんの目の前で、そんな力に訴えた真似をしていいものだろうか。

 ナンパされたぐらいで神をも殺す武力を使うことを肯定する真似を、してもいいものだろうか。


「すいません、私、この子と草原で遊ぶので」


 事を荒立ててはいけない。くーちゃんの教育に悪い。

 そう判断した私は、言論による平和的解決を選んだ。


 しかし……。


「あ? 何だよガキなんてどうでもいいじゃん」

「俺達と遊ぼうぜぇ、ちゃんと気持ち良くしてやるからよぉ」


 男達は下種な発言を繰り返すのみ。


「ねぇ、テナちゃん……」


 怖くなってきたのか、くーちゃんは私の背中にぎゅっと張り付いている。


「すいません、私、この子と草原で遊ぶので」


 一字一句違わず、私はさっきと同じ台詞を繰り返す。


「なんだよつれねぇなぁ。俺達が下手に出てるからって調子乗ってんじゃねぇの?」

「そんなガキのことなんか放っておきゃいいじゃん」

「分かってる? お前に拒否権なんてねぇのよ」


 早くも沸点に達しかけているのか、男達の口調がより荒くなっていく。表情は知性の欠片も感じられない獣のそれと同じだ。

 

「つーかもういいや。おい、ガキ引き離せ。連れてくぞ」


 私の正面の男がそんなことを言った直後。


「イヤ!! テナちゃん、テナちゃん!!」


 くーちゃんを私から引き離そうと男達が、私の腕をつかんだ。私の首に回されていたくーちゃんの腕に力がこもり、引き離されまいとしがみつく。

 

 くーちゃんが強い恐怖を感じている。

 その様子が、手に取るように分かった。


 もう限界だ。


♢♢♢


 さすがにこれはまずい。

 そう判断した俺が男達を制圧するために重力場のイメージを練り始めた時のこと。

 俺が『投影』するよりも早く、黄金色の光が一閃した。


「あ?」


 男の一人が、自身の腕を見て呆けている。

 肘と手首のちょうど真ん中あたりから先が無い、どくどくと液体を撒き散らすその腕を。


「あ、ああ! 何だよこれぇぇぇぇぇェェェェェ!!」


 遅れて痛みが全身を貫いたのだろう。

 男が絶叫する。


「くーちゃん、目をつむってて。絶対に開けちゃダメだからね」


 カーテナがくーちゃんにそう呼びかけるが、そうするまでもなく、くーちゃんは突然響いた絶叫に身を強ばらせて震えている。


 『破断』を纏うカーテナの腕が、また黄金色に輝く。


 止むを得ない。


 俺は重力場のイメージの代わりに光を完全に遮断するフィールドと、空気の振動を完全に遮断するフィールドのイメージを練ると、くーちゃんの回りに展開した。

 これで、くーちゃんがこれから起こる惨劇を知覚することはない。場当たり的な対処だが、状況が状況だ。

 

 カーテナがさらに二度腕を振るうと、残った2人の腕も弾け飛んだ。


 轟く絶叫を後目に、カーテナはくーちゃんの魔力を『纏魔』すると、公園の道を元来た方向にすさまじい速度で走っていった。


 そう、それでいい。


 今は安全圏に退避し、ショックを受けたくーちゃんのケアを最優先に考えるべきだ。


 後のことは、俺がやろう。


♢♢♢


「ごめんねくーちゃん、怖かったね」

「ひっぐ、ぐす、ひっく」


 知らない男に取り囲まれ、私から引き離されそうになり、挙げ句に鼓膜が破れんばかりの絶叫。

 まだ幼いくーちゃんが受けたショックは、いかほどのものなのだろうか。

 男達の腕を切断した後、私は全力でアパートにまで引き返した。草原で弁当を食べている場合ではない。


 腕を切断したぐらいならば、すぐに医療魔術師に見せれば元通りになってしまうだろうから、これから先はあの男達の報復に警戒しなければならない。本当のところを言えばあの場で殺した方が後腐れは無いのだけれど、くーちゃんを背負っている状態でそこまでやるわけにはいかなかった。目は閉じていても断末魔は聞こえる。

 くーちゃんに、『死』を教えるのはまだ早すぎる。


「ほら、泣かないの。くーちゃんは強い子でしょ?」

「ひぐ……だって……ぐず……テナちゃんが……ぐす……連れて……ひっく……いかれるって……」

「私は大丈夫だから、くーちゃん、私はどこにもいかないから、ね?」


 しゃくりあげて泣くくーちゃんを、私は抱きしめた。


 体の大きさこそ人間でいう6歳ほどではあるが、生後1年程度のくーちゃんの心は幼い。知能は見た目通りに発達していても、まだまだ心は未発達なのだ。


 今の私にできることは、こうしてくーちゃんの不安を和らげてやることだけだ。


 泣きやむまで、落ち着くまで、こうしていよう。


♢♢♢


「ただいま」


 仕事を終えて家に帰り着くも、誰も出迎えてくれない。

 何ともいえない寂しさがあるが、今日に関しては、少々のイレギュラーはしょうがない。


 居間に入ると、案の定、目許を泣き腫らしたくーちゃんと、その小さな体を抱いて眠るカーテナの姿があった。


 大方泣きじゃくるくーちゃんをあやしているうちに、疲れて2人共眠ってしまったのだろう。


「んふ……」


 気配を感じたのか、カーテナが目を覚ました。

 ごしごしと目をこすり、俺の姿を認識するや否や、プイ、とそっぽを向いた。


「何怒ってんだよ……」

「どうせ主様は私なんかいらないんですもんね。いいですよーだ」


 何をアホなことを……と思ったが、そう言えば、カーテナが無くとも防御はできるとか、そんなようなことを言った気がする。コイツはそれを根に持って……。


「カーテナ、俺は別にそういう意味で言ったんじゃ」

「今更そんなこと言ったって遅いんだから! いいもん。私くーちゃんさえいればいいもん」


 取り付く島もなかった。完全に拗ねていた。

 1000年の長きにわたって受け継がれてきた妖刀が、いいもん、ってお前……。


「ああ、くーちゃんといえば、昼間のあの男達は俺が処理しておいたぞ」

「…………え? 昼間の男って……まさか……主様……見て……!」

「ああ、まあ」


 木の陰に隠れて密かに見守っていたのだから、分かるはずがない。

 危ない状況になったら助けるつもりではいたが、カーテナが武力を行使して脱出してしまったため、結局カーテナ達には姿を見せていない。

 しょうがないので苦痛に呻く男達の腕を治療した後、死んだ方がマシだと思うような苦痛を与えて徹底的に『お願い』して、俺は業務に戻ったという訳だ。

 ……『お願い』に時間をかけすぎて2分ほど遅れてしまった俺は、エリアルデ支局長宅の清掃を申し渡された。何という職権乱用。


「そんな……私……えと……ゴメンナサイ!!」

「は? 何が?」

「だって……、私……くーちゃんに怪我させちゃったし、怖い思いさせちゃったし……」


 どうやら、くーちゃんが転んで怪我したことや、男に絡まれてくーちゃんが怖い思いをしたことに責任を感じているらしかった。

 この万年脳内お花畑の変態には珍しいことに、本当にごく珍しいことに、しおらしく反省しているようだった。


「いいよ、別に。お前はちゃんとくーちゃんを守ってくれただろ。直接的なショックは防げても、精神的なショックは障壁じゃ防げないからな。お前がちゃんと適切な行動を選んだおかげで、くーちゃんには刺激の強すぎる場面を見せないで済んだんだから」

「主様……」

「よくやった」


 俺はカーテナの金髪に手を載せると、いつもくーちゃんにしてあげるように、くしゃくしゃっと、頭を撫でた。

 常日頃から撫でろ撫でろとうるさいカーテナのこと。褒美はこれでいいだろう。


「……あふ……」


 本当によくやった。

 この弱肉強食の世界で力を振りかざして生きるのは簡単だ。多くの愚か者はそうして日々欲望を満たすために生きている。たまに手痛い反撃を受けると、後日徒党を組んで逆恨みで報復を行う者も、数多く居る。

 大切な何かを守るため、簒奪者に抵抗する。正しい行いのはずだ。しかしこの世界では、かえって裏目に出る。

 正しい者が馬鹿を見るこんな世界で、どうすれば生きていけるのか。

 答えは簡単だ。

 やられる前に殺る。やられた後に反撃する場合は、二度と刃向えないよう徹底的に。殺してしまうのが一番手っ取り早い。力量差がある場合は徹底的に痛めつけて叩き潰すという手段もあるが、確実性に欠ける手段ではある。

 結局どこか甘いところのある俺は、あの男達の命を奪うことはしなかったが、しかし、二度と刃向えないよう徹底的にトラウマを植え付けた。


 そんなこの世界の『原則』を教えるには、くーちゃんはまだ幼すぎる。

 今はまだ、のびのびと育てばいい。



 起き出して空腹を訴えた傷ついたマイエンジェル・くーちゃんを愛でつつ、俺は夜を過ごした。カーテナがおとなしいという怪奇現象は、結局寝る直前まで続いた。

 布団に入った後に、俺の布団に侵入してズボンを脱がそうとしさえしなければ今後の扱いも変わっていたかもしれなかったのに、この変態は……。

 最後にはいつも通り、カーテナの布団の周りに障壁を張って変態カーテナを閉じ込めて、俺は眠りに落ちた。


 異世界に来て5年目、そろそろ春も終わろうとする頃。古の妖刀にして変態にして、優秀なくーちゃんの母親代わりである金髪碧眼の女の子と同居している。

 どうしてこうなった。

以上、短編『カーテナの育児日記』でした。

結局シリアス気味にorz


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