カーテナの育児日記-02
人化する際、刀身は私の身体に、鞘は私の服になるのだけれど、この鞘が変化した装束が、存外にダサい。 無駄にゴテゴテしていて、色遣いも派手だ。
そりゃまあ、1000年前のセンスだから、しょうがない部分はあるのだけれど。
そういうわけで、今の私の服装は白いワンピースだ。くーちゃんとお揃いの、真っ白な。
「テナちゃーん! はやくはやく!」
久しぶりの公園が嬉しくてしょうがないのだろう。くーちゃんは少し走っては私を呼び、私が追いついてはまた走る。
私とくーちゃんと主様の愛の巣から歩いて一時間のところにある国立カタリナ公園は、最新の魔工技術を用いて大量生産されたレンガのような床材を敷き詰めた道路と、その両サイドに広がる森、道路を進んだ先にある広大な草原から成る、この近辺では最大規模の公園だ。
障壁が常時展開されていて、ここには魔獣も現れない。
平和。
力こそ全てのこの世界で、心底『平和』というものを実感できるところは、他にそうないだろう。
「あんまり走ったら転んじゃうよ」
「くーちゃん転ばないもん……あっ」
「あっ」
言わんこっちゃない。
過保護極まる主様が、くーちゃんに常時展開型の超高位物理障壁と魔力障壁を張っている。くーちゃん自身が持つ莫大な魔力と関連づけてあり、まともな物理的攻撃はほとんど遮断。魔術も神級魔術でようやく少し影響が出るぐらいだ。
どんだけくーちゃん大事なのよ、主様。
したがって、転んだぐらいでは傷一つ付かないように思えるが、そこは私を調教……ゲフンゲフン……教育した主様、日常生活での細かな痛みはじょーそー教育に必須とかで、悪意なき小さな痛みは物理障壁を素通りするようになっている。
赤い瞳にブワッと涙をたたえ始めるくーちゃん。
「くーちゃん!」
「ふぇ……」
「くーちゃん大丈夫? 怪我見せて」
私は倒れたくーちゃんを抱き上げて、道路横に設置されているベンチに腰掛けさせた。
擦りむいたのは左の膝。真っ白な皮膚から、対照的に真っ赤な血が流れている。この程度の傷なら、と思うが、それは戦闘に身を投じる私達だけの感覚で、子供からすれば、この程度の怪我でも一大事だ。
「ぅぐ……ひっく……」
泣かないように、必死に堪えているくーちゃんの顔を見れば、いっぱいいっぱいなのは一目瞭然。
「くーちゃん、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね。膿まないように消毒するからね」
痛みに耐えているのか、口を引き結んだまま黙って頷くくーちゃん。
私はポーチから主様が作ったくーちゃん用救急セットを取り出した。
主様特製の消毒液で傷口を拭く。やはり滲みるのか、くーちゃんはピクッと震えたが、それでも耐えきった。
消毒液を粗方拭き取ると、今度は絆創膏を貼ってやる。テープにガーゼという一般的なものではなく、これもやはり主様特製で、話によると傷口と一体化するらしい。
「はい、おしまい。頑張ったね」
「……ん……」
「おんぶしてあげる。草原でちょっと休憩したら、お弁当食べようね」
「うん」
背を向けてしゃがむと、くーちゃんはすぐに私に体を預けてきた。
…………クンクン。
…………スーハー。
…………ハァハァ。
「テナちゃん?」
「クンカクンカスーハースーハー」
「テナちゃん、くーちゃん重いの?」
「……ハッ。違うよくーちゃん別にくーちゃんは重たくないよ安心して私に張り付いてて!」
危なかった。
危うく公園のど真ん中でトリップしてしまうところだった。
図らずもくーちゃんと接触したことで理性のタガが緩んだため、と私は分析した。
あれ? もしかしておんぶしてる間、私ずっと生殺し?
「くーちゃん重たくてテナちゃん疲れちゃったら、くーちゃん降りるからね」
「大丈夫だよ、くーちゃん」
かわいいのぉ。
天使だのぉ。
転んで怪我して、それでも健気な気遣いを見せるくーちゃんに萌えながら、私は舗装された道を歩く。
「ふにゅ……」
眠たいのか、くーちゃんはうつらうつらと頭を上下させているらしい。時折私の髪の中に顔を突っ込んで、その度にくすぐったいのか、声をあげて頭を離す。そしてまた、うつらうつら。
かわいいのぉ。
♢♢♢
「何だ、ちゃんと面倒見てるじゃないか」
俺はカーテナとくーちゃんの様子を、カタリナ国立公園の森に身を隠しながら見ていた。
くーちゃんの障壁に仕掛けてある感知術式が俺に異常を知らせたのがおよそ5分前。
それからすぐに俺はエリアルデ支局長に土下座して30分ばかりの休憩を頂き、『投影』による疑似テレポートを駆使して、徒歩であれば2時間近くかかるこの公園まで、1分弱で来た。
もしくーちゃんの身に何かあったのだとしたら魔力解放の上で『神の雷』と『投影』による全身全霊『ミョルニル』をかまして周囲一帯の土地ごと不埒者を塵というかプラズマに変え念のために『神よ、どうして私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』で不埒者由来の原子やら素粒子やらを一掃して最後に最近開発した疑似太陽生成術式『レーヴァテイン』を発展させた超新星爆発及びブラックホール生成を行って空間を歪曲させる術式『ラグナロク』で空間ごと始末しようと考えていたが、どうやらその必要はないようだった。
普通に転んだだけ。
しかも、その後の処置はカーテナが完璧にこなしていた。あれならば数日で感知することだろう。龍族のくーちゃんは怪我の治りも早いし。
……本当は今すぐに魔力解放して神級治癒魔術『神の薬』をかけてあげたいところだけど、じっと我慢だ。
痛みを知らないまま、成長してはいけない。痛みを知っているからこそ、他者を思いやることができる。
カーテナはよくやってくれているし、くーちゃんは可愛いし、何の問題もないじゃないか。
そう思い、支局に帰ろうとした時のことだった。
「よーねぇちゃん、綺麗だねぇ。俺たちと遊ばね?」
くーちゃんを背負うカーテナに、軽薄そうな男が声をかけたのは。
異世界でもナンパ男は居ます。




