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カーテナの育児日記-01

「カーテナ」

「……」

「カーテナ」

「……」


 カーテナは、朝っぱらからご機嫌斜めのご様子だった。何度呼びかけても無視されるし、『破断』を纏った殺人タックルを仕掛けてくることもない。いまだかつてない程、大人しい。


 正直薄気味悪い。


 俺が知り得る限り(色んな意味で)最強の変態であるところのカーテナが変態的行動に出ないというのは、それだけでもう一つの事件である。俺が魔力を解放するよりも一大事だ。


 反抗期という奴なのだろうか。

 そもそも刀に反抗期があるのか、一応これでも悠久の時を過ごしてきた古刀が反抗期ってどうなの、といった疑問が無いわけではないが、現状それぐらいしか、こうなった理由の心当たりがない。


「……行ってくる。くーちゃんをよろしく」


 何なんだ、一体。


♢♢♢


 主様が出て行って、ガチャンと音を立てて閉まった扉に向かって、私はベーッて舌を出してやった。

 全部主様が悪いのだ。

 昨日の戦いで、『破断』も『破戒』も『破魔』も、能力はいつだって使えるよう構えていたのに、私を使ってくれたのは最初だけ。魔力を解放した後は全部一人でやっちゃった。

 てっきり魔力硬化とか、神級魔術の『纏魔』とか、そういうのをやってくれると思ったのに。アホな皇帝やその臣下に強く印象づける必要があった『神よ、どうして私をお見捨てになったのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』はしょうがなかったにしても、トルネとか言う三流魔術師を下した『神の裁き』は『纏魔』で私を使ってくれてもよかったはずなのに……。

 あの高密度な魔力をこの身に纏って敵を切り裂くときの何とも言えない快感っ!

 基本的にドMな私が唯一好むS的快楽っ!

 それを、主様は……。


 もう知らないんだから!


 主様が出て行ってほんの一分もしないうちに、くーちゃんが目を覚ましてきた。


「あ……テナちゃん……おはよ……ふあぁぁ」


 小さな口で、大あくび。


「おはよう、くーちゃん。顔洗っておいで。顔洗ったら、主様が作ったご飯、一緒に食べよ」

「うん、わかった」


 どこかはっきりとしない、寝起き独特の舌足らずな口調で答えると、くーちゃんはペタペタ音を立てて洗面所へと向かっていった。


 今の私の本質は一本の刀だけど、魔力を自力で生成するためにはどうしてもエネルギーが必要だ。そういうわけで、私は食事をとる。とった食事は余すところなく全て魔力に変換する。訂正、金属分だけは、自分の刀身の修復に当てたりする。


「テナちゃん、くーちゃん顔洗ったよ!」


 冷たい水で顔を洗って目が覚めたのか、元気なくーちゃんが洗面所からテテテと走ってきて、ちょこんと座る。

 可愛い。


「偉いね~。よし、じゃあご飯だ!」


 最高級の絹にも勝る真っ白な頭髪を、くしゃくしゃっと撫でてやる。少し引っ掛かるような感触は、くーちゃんの生えかけの角だ。まだまだ幼いくーちゃんだけど、この角の長さで、その成長を実感できる。

 お、先月比0.3ミリ成長してる。


「くすぐったいよ、テナちゃん」


 どうも生えかけの角を触られるのはくすぐったいらしく、こうして頭を撫でるときに触れてしまうと、くーちゃんは身をよじって逃げてしまう。

 かわゆい。 


「手を合わせて」

「いただきます!」


 この『いただきます』の挨拶は、主様の故国の風習だそうだ。大概のことはリアナ公国の常識に会わせている主様だけど、こういった挨拶の類は譲れないらしい。

 譲れないものといえば、このアパートの内装もそうだ。一室を残して床は全て木張りで、基本的に裸足で生活することになっている。奇妙な風習だ。残りの一室はもう奇妙を通り越して珍妙で、なんと枯れ草を細かく張った『畳』なる板を何枚か敷き詰めているのだ。しかし不思議と、和む。昼寝するくーちゃん on 畳に勝る癒しがあるだろうかいやない。


「くーちゃん、ご飯食べたら、久しぶりにお外に出ようか?」

「うん! くーちゃん公園行きたい!」


 主様がどこからか仕入れてきた『米』なる穀物を食べながら、私がくーちゃんに外出に提案をすると、くーちゃんは『箸』とかいう食器を持った手を高々と上げた。

 かわゆい、じゅる、おっと涎が。


 くんくんはーはーしたいのに、あまりの可愛さに手を出すことは躊躇われる。まさに可愛さという防御。しかし同時に私の心を弄ぶように誘惑する『幻惑属性』まで有していると来た。

 

 誘惑と葛藤の狭間で、私は決めた。


 愛でよう。

 決して手は出さないで、視姦……ゲフンゲフン……眺めよう。


 そう心に誓った日から早一年、私の決意は――もう何度目になるかわからないが――揺らぎかけていた。


「テナちゃん? かぜひいたの?」

「じゅる……ううん、大丈夫だよ」

「でも、テナちゃん顔赤いし、はあはあって苦しそうだよ?」 


 心配そうに私を見るくーちゃん。

 ダメですぜ……。そんな破壊力のある上目遣いなんてされたら……アッシ……間違いを犯しちゃいますぜ……。


「だ、大丈夫だよ、くーちゃん。私はいいから、早く食べて公園行こうね」

「ほんとー? ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 見よ、この優しさを。可愛いだけではない。くーちゃんはこのように神の如き慈愛をも持ち合わせていらっしゃる。いや、まあ、真面目な話、神に近い存在なのだけれど。

 神龍の御子だし。


 たどたどしく箸を操るくーちゃんを、私は邪心と戦いながら眺める。

 つるつる滑る煮物相手に悪戦苦闘しつつ、最後にはようやくつまんだくーちゃん。


「テナちゃん、これなに?」


 やたらとつるつる滑る食材は、黒っぽい灰色に黒い斑点という、なかなかにおどろおどろしい見た目を持つスライム状の何かだった。それなりに弾力があるようで、箸につままれた今もぐにっと押しつぶされただけで、元の形は失っていないようだ。


 うん、何それ。私1000年は生きてるけど、そんな食材知らない。

 

 まあ、主様がくーちゃんも口にする料理に入れた物なのだから、食べられないわけではないだろうけど。


「……何だろうね。食べれるとは思うよ」

「ふ~ん」


 くーちゃんはスライム状の何かを頬張ると、もちゅもちゅと音を立てて咀嚼する。別に劇的においしいわけでも、壊滅的にまずいわけでもないようで、くーちゃんは終始微妙な表情のまま、その何かを呑みこんだ。


 私はその様子を見守る。


 主様から与えられた私の仕事は、主様が帰るまでくーちゃんの面倒を見ることだ。朝、こうしてくーちゃんと一緒に食事をとるところから、私の仕事は始まる。


 いつも通り、今日もくーちゃんとの平和な一日が始まる。

 じゅる、いけね涎が。


変態・カーテナがハァハァしながらくーちゃんを愛でる話です。

スライム状の何かはこんにゃくです。主様は日本食の研究製造に力を入れているご様子。

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