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放浪する嵐龍王-15

 目を閉じてもなお入り込んでくる圧倒的な『白』が、徐々に薄れて消えていく。

 戦略級魔術『神の裁き』。

 この魔術は、決して命を奪わない。

 屈強な龍族を戦闘不能に追い込む威力を持つが。

 瀕死の重傷を負った怪我人の命は奪えない。

 魔力を持たない者に対しては、そもそも一切影響を与えない。

 

「あ………ぅ…………」


 光が消え失せた後には何事もなかったかのように、普段通りの光景が広がっている。

 ただトルネだけが苦痛に呻き、地に伏せっていた。

 俺は結界を解くと、トルネのすぐ傍にしゃがみこんだ。

 会話ができる程度に、回復魔術をかけていく。

 遅れて、エリアルデ局長とテンペスタさんが俺の傍らに立った。


「今のが、旦那の真の力って奴かい?」

「ええ。今まで黙っててすいません」

「いや、いいんだけどよ。目の前に実物が居るってのに、まだ信じられねえな。旦那の、その魔力量はよ」

「汝がどうのように人並みの魔力で神殺しをやってのけたのか、正直訝しんでおったが、これでむしろ得心がいった。今までは、封じておったのじゃの」

「アルキドアの連中に捕捉されると面倒なんで、東方の技術を使って抑え込んでいたんです。『投影』さえあれば大抵のことに対処できますし」

「今までのでまだ本気ではなかった、というのじゃな。末恐ろしい若者よ。まあ、そうでもなければ、龍神の子であるクリスの親は務まらぬじゃろうが」

「本当に、黙っててすいませんでした。せめてお二人には話しておくべきでした」

「正直なところ、隠し事をされておったことに腹が立たぬわけではない。じゃが、構わぬよ。妾も龍族であることを、テンペスタの姉であることを、汝に隠しておったのじゃからな」


 本当の力を見せても、二人は俺を畏れることも、罵ることもしなかった。かつてこの世界で目を覚まし、それから半年も経たないうちに兵器扱いされて、挙句の果てに俺の力を畏れた皇帝に魔神殺しの無理難題を押し付けられて放逐されたこの俺が、ようやく理解者とも言える人と出会えたのだ。涙が滲む。


 しかし、今は泣いている暇は無い。

 俺は感情を心の深いところに押しやると、瀕死の宮廷魔術師・トルネを見遣った。


「うぅ……な……?」

「全て話せ。俺を追う理由、AAA級や龍族のテイムを可能にした術式や魔具、属性外の強力な魔術を使える理由、全部だ」

「誰が……」

「言わない場合は、お前に『エンスレイブ』をかける。言う言わないに関わらず、俺は情報を手に入れられる。ハッタリじゃないことぐらい、今の俺の魔力量を量れば分かるよな? 奴隷になるか、ならないのか、お前が決めろ」

「……」


 『テイム』の上位魔術、『エンスレイブ』。テイムのようにある程度の自由意志を残したまま従えるのではなく、対象を完全なる意志無き奴隷に作り替える邪悪な魔術。発動には莫大な魔力を必要とする。それこそ、テイムの比ではない。


「……戦争の、ため……」


 トルネの口から漏れた言葉は、やはり俺の予想通りのものだった。 


「どの国とだ?」

「リアナ……公国……」


 まあ、順当だろう。アルキドア帝国と国境を接する国々の中で最も思想に違いがあり、かつ最も大きな勢力圏を持つのはリアナ公国だ。

 まさに目の上のたんこぶ。受験の時には俺を死ぬほど苦しめやがった『世界史』に登場する近世ヨーロッパあたりの王国が、まさに今のアルキドア帝国とリアナ公国の状況に近い。

 ただし、国と国の実力があまりに拮抗しすぎているため、これまで小競り合いレベルの軍事衝突はあっても、全面戦争にまで至ったことは無かったはずだ。

 そういう状況だったからこそ、俺はリアナ公国の端の方でギルドの木端職員をしているのだから。


「目的は? 俺が居るからか? それとも単なる国家間の対立か?」

「……違い、ます」

「じゃあ、何だ」

「……魔魂石の、原料確保と……龍神の御子の……確保……」


 龍神の、御子?

 それは……まさか……!


「……龍神の御子がこの国に居ると、アルキドア帝国は考えているのか?」

「ほぼ確実だと……」


 まずいな。

 これで俺は、何が何でも戦争を回避するために動かなければならなくなった。

 何か、何か考えなければ。

 

「魔魂石って言ったな。それは何だ?」


 最初に俺が思い至ったのは、アルキドア帝国がリアナ公国に戦争を仕掛ける目的の一つだという、『魔魂石の原料確保』、だ。

 『魔魂石』という単語自体初めて聞く。恐らくはアルキドア帝国がごく最近になって開発した何らかの魔具のことだろう。

 その原料を何らかの方法で調達できれば、戦争を起こす理由の半分は無くなる。


「内部に、膨大な魔力と……魔方陣を内蔵した……魔術のブースター」

「……お前がエアリアをテイムできたのも、あの多彩な魔術も、全部それのおかげか?」

「その通り……です」


 謎は解けた。

 AAA級魔獣の複数体同時テイムや、誇り高き龍族のテイムすら可能にする、『魔魂石』という魔具。どうやら出力だけでなく、汎用性にも優れているようで、俺はトルネが明らかに自身の属性と合致しない魔術を複数且つ多数使用する様子をこの目で見ている。あれは、『魔魂石』という魔具の恩恵だったわけだ。

 エリアルデ支局長と共に討伐したAAA級魔獣に残された魔力の痕跡から、複数人の魔力を安定した状態で保存できる道具なのだろう、と俺は予想した。


「その原料っていうのは、何だ?」

「…………人間」

「……は?」

「魔魂石は、人間から……作られ……ます」

「何言ってんだ、お前。人間って、まさか、アルキドア帝国の狙いは……!」


「リアナの人間を……、魔魂石の……原料にすること……」


 全身の血液が沸騰したかのように身体が熱くなった。

 怒りに呼応して漏れ出した魔力が白い光を放つ。


 アルキドア皇帝が俺を厄介払いしたことについて、今更とやかく言うつもりは無い。あの神殺しの旅が無ければ俺はくーちゃんと出会えなかったのだから。

 俺は今後、アルキドア帝国に一切関わらないつもりでいたぐらいだ。兵器扱いされるのも、神殺しと祭りあげられるのも、正直鬱陶しいだけだ。


 しかし今回ばかりはそうも言ってられない。

 隣国の人間を魔具の原料として確保するために、戦争を引き起こそうとするアルキドア帝国。

 さらに、神龍の御子、つまり、くーちゃんを確保しようとしているという。

 今でこそ俺のかわゆいエンジェルなくーちゃんだが、彼女は龍の神の力を引き継ぐ、正真正銘の天才、或いは天災だ。

 そんなくーちゃんをアルキドア帝国が確保しようとする理由と言えば、軍事利用以外にあるまい。


 させるわけにはいかない。

 日々を生きる何の罪もない人々を戦火に巻き込み、あまつさえ魔具の原料にするなどという非道を。

 何よりも、俺とくーちゃんの平和な生活を脅かすクソッタレた愚行を。


「エリアルデ支局長、テンペスタさん、最後に、一個だけ手伝ってくれませんか?」

「アルキドアに、殴り込みか?」

「ええ。戦争を仕掛けるわけじゃないですけど、徹底的に脅してやります」

「いいねえ。人の孫に好き勝手してくれた落とし前は、親玉にこそつけてもらわないとな」


 テンペスタさんが、エアリアさんとほぼ同じ、緑色の魔力光を帯びた。相当キているようで、半分人化が解けかかって、かなり凶暴な容姿になっている。


「テンペスタよ、少し落ち着け。汝は、それで良いのか?」

「何がです?」

「今アルキドアに汝とクリスが揃って行けば、今よりも遥かに良い生活があるのではないか?」


 そんなこと、考えるまでもない。


「あのクソ皇帝の下に付くなんて二度と御免です。それに」

「それに?」


 浮かぶのはくーちゃんの笑顔。ギルドの同僚。常連の客。……あと大家のババアも。

 テンペスタさんの隣の部屋に住み、エリアルデ支局長の下で働き、家に帰ってはくーちゃんに癒され、変態カーテナを折檻する今の生活を。


「今の生活を、俺はそこそこ気に入っているんで」


 エリアルデ支局長は表情を緩めた。魅惑的な表情に、俺の心臓が大きく脈打つ。


「そうか。ならば、妾は部下のためにひと肌脱ぐのもやぶさかではない」


 そう言うと、エリアルデ支局長は翼を、鱗を、爪を、牙を、次々と解放し始めた。さらに体のサイズが変わり、形も人間とかけ離れた形に変化していく。


 それらの変化がひとしきり終わった後、俺の前に居たのは、黒い長髪をかんざしで束ねる美貌の支局長ではなく、漆黒の鱗を持つ優美な龍だった。紅い瞳だけは、人の姿でも本来の姿でも共通している。


「久しぶりに見たな、姉貴のその姿も」


 テンペスタさんはそう言うと、エリアルデ支局長同様に人化を解き、本来の姿に戻っていった。

 灰色の鱗を持つ、雄々しい龍。

 それが、テンペスタさんの本来の姿だった。


「すまねえが、旦那。エアリアに適当な障壁を張っておいてやってくれねえか。今から出発するんじゃ、アパートに運びこむこともできねえしよ」

「もちろんです」


 俺は気を失って今だ目を覚まさないエアリアに、例えAAA級魔獣の本気の攻撃を受けたとしてもビクともしない強度を誇る障壁を張った。


「支局で寝かしておけばよかろう。明日までも職員は来ぬからの」


 そう言うと、龍化したエリアルデ支局長はいつもの転移魔方陣でエアリアを転移させた。


「ハル、妾の背に乗れ。汝ならば、構わん」

「お、姉貴、それってつまり」

「黙れテンペスタ、それ以上口にすれば雷を落とすぞ」

「へいへい」

「……何です?」

「汝は知らんでよい。さあ、乗れ」


 どこか釈然としなかったが、俺はエリアルデ支局長に言われるがまま、その背中に飛び乗った。


「俺はこいつを運んでいく。旦那、姉貴の飛行は乱暴だからよ。振り飛ばされんなよ」


 テンペスタさんは前足で意識はあるが倒れてうごけないトルネを掴むと、大きな翼を広げ、その巨体を浮かべた。

 いつ握り潰されてもおかしくない状況にトルネは怯えていることだろうが、彼の孫に手を出した不埒者がその程度の処遇で済むのだから、むしろ感謝すべきだ。


「テンペスタめ……。汝よ、しっかり捕まっておけ。妾の飛行は乱暴らしいからの」


 俺の両サイドで、真っ黒な翼が轟音を立てて空気を叩く。

 

 やがて、ギルド支局が豆粒のようなサイズに見える高度に到達すると、何らかの魔術を使ったのか、エリアルデ支局長とテンペスタさんは沈みゆく太陽の真っ赤な光を受けながら、恐ろしい勢いで空を滑り始めた。

次で「放浪する嵐龍王」は終わりです。

シリアスが過ぎたので、しばらくはほのぼのする予定です。

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