くーちゃんとの生活-02
この世界で最大勢力を誇るアルキドア帝国で筆頭宮廷魔術師を務めていた頃は、それはそれは羽振りが良かったものだ。
給料がとにかくものすごかった。
こちらの通貨であるゴルドと俺がもと居た世界で使っていた日本円はほぼ似たような通貨価値を持っているようで、それに即して換算すると、俺は月収で500万円相当のゴルドを貰っていた。
しかし、皇帝に厄介払いされて隠遁生活を続ける今の俺は、当時のような給料を受け取ることも、当時作った莫大な貯蓄を引き出すこともできない。
金がなければ生活できない。俺はともかく、くーちゃんが飢えるようなことは決してあってはならない。
くーちゃんと生活を続けるために、俺は小さなギルドで力を隠しながら働く道を選んだ。
「おはようございます」
「おお、ハルトか。おはよう」
営業時間前のギルド支局のドアを開けると、着物に似た黒い装束を纏う、黒髪紅眼を持つ妙齢の美女、エリアルデ支局長が、書類の山相手にペンを振るっていた。
「丁度良かった。今日はどうにも依頼が多くてな」
「そう、みたいですね」
出勤早々重労働の予感をビシビシ感じる。
山の高さは、少なく見積もって普段の三倍はある。
「魔境からぞろぞろと魔獣どもが出てきておるらしくての、あまりの討伐依頼の多さに目が回りそうじゃ。ほれ、早よう手伝え」
「はい」
書類の山から半分取ってデスクに置く。これだけで普段の倍近くはありそうだ。。
多少、いや、大いにげんなりしながら、俺は書類に目を通し、依頼のランクを定める作業を始めた。
ビッグボア、F。
大王コウモリ、E。
……
……
ヒルコブラ、C。
軍隊アリ、E。
……
……
ジャバウォック、AA。
……。
「ジャバウォック!?」
つい流れで評価済み依頼のボックスに放り込みそうになった書類を慌てて戻す。
「どういうことですか、エリアルデ支局長」
「おお、またあったか。Aランク以上の依頼はそっちのボックスに放り込んでおけ。後で処理する」
「あ、はい」
支局長が指差した先には、普段は無い即席の箱が鎮座していた。既に数枚の依頼書が入っているその上に、俺はジャバウォックの討伐依頼書を重ねた。
「……って、そうじゃなくて、どうしてAAランクの魔獣の討伐依頼が混ざってるんです? これだけじゃない。ガルム、ヨルムンガンド、ツチグモ……、全部超A級の魔獣ばかりじゃないですか」
「後で説明してやるから、汝は先に他の書類を片付けておれ。営業時間に間に合わなかったら減給にするぞ」
「働きますからそれだけは勘弁してくださいお願いしますくーちゃんがよく食べるから最近食費もカツカツなんです減らされたら家賃払えなくなっちゃう許してください何でもしますから」
「解ったから、涙目で擦り寄るな、気色悪い。他の奴らが来たら代わってもらえ。その間に奥で事情を話してやる」
そう言われては引き下がるしかなかった。しかしどうにも釈然としない思いを抱えながら、俺は書類を片付けていった。
♢♢♢
「結論から言うと、これ程の数の魔獣共が魔境から出てきた理由も、超Aランクの魔獣共が現れた理由も、よく分かっておらん。じゃが」
バニラのような香りがする煙管を吹かすと、エリアルデ支局長は袖元から小さな石を机の上に転がした。
石は血のように鮮やかな朱色に染まっており、心臓が拍動するように一定周期で色合いが微妙に変化していた。
石の名は龍玉。本来の色合いは空色。
成体となった龍族が与えられると言われる、魔力を検知する魔石だ。強い魔力を捉えると徐々に色合いが赤みを帯びていく性質を持っている。
どうしてそんな代物をエリアルデ支局長が持っているのかは、俺には分からない。
「見ての通り、龍玉が強い反応を示しておる。魔境のどこかで何者かが強烈な魔力を継続的に放出しておるのじゃろうな」
「……そんなことをしたら、魔力に当てられた魔獣達が……」
「じゃから、これほどまでの数の魔獣が魔境を飛び出してきておるのじゃろう。ここいらの童共じゃこの数の魔獣は捌ききれんじゃろうからの。面倒くさいが、妾と汝で処理するしかあるまいて」
「……ということは、今夜」
「そういうことじゃ。久しぶりに運動も良かろう、神殺しの魔導士殿」
今回はシリアス気味です。