放浪する嵐龍王-09
「!? 何だ?」
滅犠怒を相殺するために今の俺にできる最大最強の魔力障壁を展開した結果、俺は立っていられないほどの倦怠感と頭痛に襲われ、膝を突いて空を睨んでいた。
その視線の先にあった魔法陣が、突如として消滅した。
俺の魔力障壁を見て発動を取りやめたのか?
いや、そんなことをすれば、術者に莫大な負担がかかる。
滅犠怒ほどの超高等魔術ともなれば、返ってくる負担だけで死んだっておかしくはない。
そもそも、発動するだけで死ぬほどの魔力を持って行かれるはずだ。そんな魔術をいったい誰が、どうしてこんな片田舎で発動しようとしたのか。
疑問は尽きないが、今は情報が少なすぎる。
何より俺の頭が限界だ。脳を酷使しすぎた。
魔力障壁を解除して負担の軽減を図るが、大した効果は得られない。『投影』する瞬間に比べれば維持はそれほど難しくない。当たり前と言えば当たり前だ。
とうとう俺は、ドシャ、と音を立てて倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」
すぐさまエリアルデ支局長が俺を抱き起こしてくれたが、もはや自力で立ち上がる力すら残っていない。
「……ダメっぽいです……。有給……お願いします……」
「馬鹿者がっ、有給も何も今日は営業中止じゃ」
お姫様抱っこのスタイルで運ばれる俺は、エリアルデ支局長のなすがままだ。
「支局長命令じゃ! 本日のギルドの営業は中止とする! 後始末に取り掛かれ!回復魔術を使える者は倒れたハルのために陣を組み立てよ!」
エリアルデ支局長にお姫様抱っこされているという、いつもなら嫉妬の暴風雨が発生するような事態だが、流石に今回ばかりは事態の異常さを感じ取ったのか、誰も致死級呪詛を飛ばしてきたりはしなかった。エリアルデ支局長の命を受けたギルド職員達は、大人しく、仕事に取り掛かるために施設内へと入っていった。
ありがたい。今の俺なら低級呪詛でも弾ききれずにそのまま死ぬだろうからな。
「汝ほどの男がここまで弱るところを見られるとはの」
「……面目ないです」
「今更気にする必要はあるまい。滅犠怒が消えた理由は分からぬが、ともかく助かったのじゃから、今は回復に努めよ」
これでもそれなりに筋肉質な体をしているというのに、エリアルデ支局長は重さを感じていないのか、いともたやすく俺を運んでいく。
と、突然、エリアルデ支局長が足を止めた。
「見つけましたよ、ハルト」
地面に突然魔方陣が出現し、にじみ出るように見知らぬ男が姿を現したためだった。
「随分と弱っているようじゃありませんか。まあ、その方が私としては助かるのですが。しかし、どうにも興醒めしますね」
「何じゃ、貴様、何を言うておる」
「ギルド・カタリナ支局長のエリアルデですね。大変申し訳ないのですが、その男を渡していただけないでしょうか。上からの命令でして」
「上、じゃと? 貴様、何者じゃ」
「ああ、これはこれは、申し遅れました」
男は人差し指でメガネの位置を直すと、プライドに満ちた声音で、朗々と自身の立場を述べた。それが、まるで誇らしいことであるかのように。
「私、アルキドア帝国宮廷魔術師、トルネと申します。上司を連れ戻しに来ました」
「アルキドア帝国、じゃと!?」
エリアルデ支局長は俺の素性を知っている。かつて俺がアルキドア帝国の筆頭宮廷魔術師だったことも、『神殺し』と呼ばれる魔術師であることも。
俺がアルキドア帝国の皇帝に騙されたことも。
だからこそ、だろう。
エリアルデ支局長は、トルネと名乗った男に、殺気にも似た敵意を放出し始めた。
「いやあ、筆頭魔術師様が行方をくらまして早2年。結構苦労したんですよ。ですが、それも今日で終わりです。さあ、帰りましょう」
「……ふざけんな、クソッタレが」
俺を騙して魔神狩りという名の厄介払いの度に送り出し、いわくつきの妖刀を押し付けたアルキドア皇帝。死にかけたことは一度や二度ではない。それでも何とか魔境を抜けて東方世界に入ってみれば、そこにはアルキドア皇帝が言う『邪悪な魔族共の国』なんて無く、ただ独自の文化圏が広がっているだけだった。
そんな俺を恥も外聞もなく呼び戻そうというのだから、よほどのことがあるのだろう。
具体的には、そう、戦争が。
まっぴら御免だ。ふざけるな。
「やれやれ、しょうがないですね。では、少しばかり痛い目に遭ってもらいましょうか」
再び、地面に魔方陣が現れた。エリアルデ支局長が扱う魔術とは若干方式が異なるようだが、間違いなく空間転移の魔術だ。
呼び出すのは、増援か。
虚空に輪郭のみの透明なシルエットが浮かび、色づき、姿を現す。
女性にしては珍しい長身。切れ長の瞳。くっきりとして整った顔立ち。灰色の衣。木彫り細工のような繊細さと優美さを備える角。
「……エアリア……?」
二代目嵐龍王を名乗る龍族、尊敬する隣人テンペスタさんの孫が、虚ろな目を俺に向けていた。
この次まで真面目です。次の次は嘉手納さん大暴れです。




