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科学者と魔術-05

生活に大変化がありましたので長らく更新できませんでした。久々の更新ですが、拙作を今後共よろしくお願いします。

 手のひらサイズにまで縮小してしまった悪龍のすぐ近くに着地して、俺は龍化を完全に解いた。

 そこにあるのは確かに小さな黒い龍の像ただ1個だったが、当然それもまともな物ではなかった。

 内部から強烈な魔力の波動を感じる。まさか、これ程までに高密度に魔力を集積できる物品が存在するとは。


 興味は大いにある。何しろ俺たちは、魔力を集積できる物品を求めてロラッタ山へと向かっているのだから。しかし実質的な脅威を失ったこれにいつまでも拘泥しているわけにもいかない。

 魔境の奥から歩を進めてきている、着物のような衣服を纏い笠を被った正体不明の人物が、俺たちの敵ではない保証などどこにもないのだから。

 

「『天眼』で補足しました。東方の服装に見えますが……」

「知己か?」

「いえ」

「魔境を越えてくるような輩と事を構えるのは厄介じゃが、放置していくのも寝覚が悪い。……ふん、汝の悪い癖がうつったかの」

「え?」

「なんでもないわ。騎士団が来ても困る。出向くぞ、ハル」


 そう言うと、エリアルデ支局長は翼を展開して、猛スピードで魔境の方へと飛び去っていった。慌てて俺も追い掛ける。

 

 魔境には膨大な数の魔獣が生息している。人間が便宜的につけたランクを適用できるような奴と遭遇する程度ならあまり問題はない。ランクが知れているということは、『過去遭遇した誰かが生きて帰ることができた』程度の魔獣なのだから、その力も程度が知れている。故に問題は、ランクが知られていない、未知の魔獣の方だ。魔術を使ってくる奴や知能が高く狡猾な奴、恐るべき巨体を誇る奴、信じられない程俊敏な奴、膂力が異常に強い奴等、厄介極まりない魔獣がこの魔境にはいくらでもいる。だから、『魔境を超えて来る者』というのはその時点で恐るべき力の持ち主であると判断できるのだ。


 しかし俺とて魔境を超える、というか魔境を往復した人間だ。エリアルデ支局長も、どうやら過去、東方の国に居た時期があるらしい。ということは必然的に、魔境を超えているということになる。

 ならば、恐れることはない。


 笠の人物から10メートル程距離をとったところで着地する。笠の人物も俺たちの接近を察知していたようで、立ち止まっていた。


『東方からの旅人とお見受けする。貴方の目的を聞きたい。即座に敵対するつもりはないが、返答次第ではここで我々と一戦交えることになるだろう』


 俺は東方で広く使われている標準言語で笠の人物に話しかけた。

 果たして返答はあった。


『私の目的は、我らが連合国より特使として先行した、ウメミヤ・ユウヤと合流することだ。西方各国に対し敵対的行動を取る予定は、現時点ではない』


 流暢な標準言語だ。声から判断する限り、女性か。

 梅宮さんの関係者ということは、東方八カ国連合の関係者ということでもある。


『黒い龍を止めたのは貴方だな。あれは何だ』

『行路に居座る魔獣を排除するために私が放ったゴーレムだ。魔境を超えてしまっていたらしいな。戦っていたのは、貴殿らか。済まないことをした』


 そこまで話をした段階で、俺は龍翼と龍鱗を全て引っ込めた。

 『予知』は働かないし、今のところこの人物から悪意のようなものは感じない。

 何より梅宮さんの関係者というのならば、俺と敵対する立場ではない。


「何じゃ、あ奴の関係者か」


 エリアルデ支局長も僕に続けて展開していた龍鱗や翼を引っ込め、臨戦態勢を解除した。


「……あれ、支局長、この言葉分かるんですか?」

「かつて妾も東方に身を寄せておった時期があるからの。まあ、忘れかけじゃから自由に話すというわけにはいかんが、聞き取るぐらいならば」

「では、こちらの言葉に合わせよう。郷に入っては郷に従えとも言うしな」


 流暢な西方標準語を話し出した笠の人物は、顔に暗い影を落としていた笠を後頭部に捲り上げて、頭を大きく二度三度と振った。笠の内側に束ねられていたらしい艶やかで長い黒い髪が顕になった。赤い瞳に黒い髪。奇しくもエリアルデ支局長と同じだ。思っていたよりも若い。年の頃はハリカさんあたりと同じくらいか。

 燃えるような赤い双眸には、警戒と共に、どこか安堵にも似た色がのっているように見えた。長い間魔境を旅していたのなら、人と行き逢うこともない。俺もかつて初めて魔境を抜けて人間と出会った時は、心が安らいだものだ。


「私はアビコ=ツー=ユージン。貴殿らは?」

「タカス・ハルト。かつて東方で世話になったことがある。一時期梅宮さんに師事してた」

「龍族のエリアルデじゃ。妾もかつて東方に身を寄せておった」

「……驚いた。まさかこの西の地で、初めて顔を合した者達が、まさか故郷を知る者達とは。しかも、貴殿に至ってはウメミヤ・ユウヤの弟子、同門か。まさしく」


 ピンと来て、俺はアビコが次ごうとした二の句を予想して口にした。


「アイエンキエン」


 合縁奇縁。意味も音も完全に日本語のそれと同じなのに、東方では広く知られた言葉。


「そう、そうだ、アイエンキエンだ」


 アビコは嬉しそうに表情を緩めた。

 故郷のことを共有できる者が居るというのは、やはり安心する。魔境を超え、梅宮さんに会った俺が、そしておそらくは俺と会った梅宮さんがそうだったのだから。

 そして梅宮さんの弟子だというのならば、この人は信用しても問題ないだろう。あの人は東方でかなり上の立場に居た。師事できる人間の層も限られるし、危険人物とは思えない。 


「ウメミヤ・ユウヤの知己であるなら、貴殿らは彼の者の滞在先を知っているということか?」

「知ってはおる。が、妾と此奴は急ぎの用で北へ向かっておった。そこへ(ナレ)の黒い龍と行き逢うた訳じゃ。すまんがあまり汝を小僧の所に案内しておる余裕はない」

「それは失礼した。場所だけでも教えてくれるとありがたいのだが……」

「ここから真西へさらに進め。テルンという町がある。アルベルトという変わり者の医者の許に小僧は居る」

「医者? ウメミヤ・ユウヤに何かあったのか?」

「特殊な魔術を行使した結果、もう長い間眠り続けておる」


 目を見開いたアビコは、小さな声で何か言った。


『…………また無茶を、もう使うなって言ったのに』

「え?」

「いや、何でもない。居所を教えてくれたこと、感謝する。縁があればまた逢うこともあるだろう。生憎持ちあわせもない。すまんが、礼はその時に、また」


 アビコはそう言うと、懐から黒い像のようなものを取り出した。アビコが魔力を注ぎこむと、それはみるみるうちに巨大化していった。

 先ほどのものと同じ意匠の龍だ。ただしサイズはかなり小さめだ。

 アビコがその背に飛び乗ると、龍は高度を上げゆっくりと飛び去っていった。


「ふむ、見事じゃ。あの小娘、なかなかの腕前じゃな。では行くか、ハルよ」

「はい。にしても、不思議ですね」

「何がじゃ?」

「まさしくアイエンキエンですよ。とりあえず戦いにならなくて一安心です」

「何もかも放っておけば、そうなる可能性すら無かったのじゃがな」

「まあ、そうですけど」


 それができる性格なら、今まで起きたことの大半は起きていなかった。それが無理だということは、もう骨身に染みて分かってる。ただそれは、冷たい態度を装っているエリアルデ支局長も同じだが。

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