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科学者と魔術-02

 俺は教会の総本山に突入して大暴れした挙句、くーちゃんを攫った計画の黒幕と思しき人物を殺害し、同じように教会と事を構えていた数名の味方を引き連れて撤退を果たした。しかし相手はこの世界で最大勢力を誇る大宗教・メシア教。戦闘が終結したからといって「はいこれで手打ちです」とはならなかった。

 

 まずカミラ1世率いるアルキドア帝国勢。ライオネルとパーシヴァルという手練を送り込み、教会に奪われた魔魂石を奪還したのだが、カミラはメシア教から破門され、王位の正当性を根底から揺さぶられた。さらにいくつかの国からはそれを口実に軍勢が送り込まれたらしく、小競り合いになったという。

 しかしカミラは「最初に手を出したのは教会の方だった」という証拠を広く民衆に示し、支持の獲得に成功。国民のために新たにメシア正教会を設立して宗教権力を含めた全権力の集約に成功し、国としては安定しているようだ。


 次に俺。枢機卿の一人であったらしい『魔神』レオナルド・メリオールを倒し、さらにくーちゃんを『龍玉』なるふざけたものに変換して我が物顔で使っていた老人を殺した。この老人が、どうやらメシア教の最高指導者、教皇であったらしく、俺はつい先日、教会に弓を引いた大逆人として大々的に指名手配されてしまった。半ばデマのような称号だったはずの『神殺し』の二つ名が、『神の僕を殺した者』という意味合いになってしまっているらしく、本格的に生き辛くなってきている。

 エリアルデ支局長の権力で休職状態にしてもらっていたわけだが、似顔絵付きで指名手配されている以上、残念ながら退職が妥当だろう。

 

 教会の怒り方は半端ではなく、既にリアナ公国に対して、潜伏している俺を引き渡すよう求めているとの情報もカミラとエアリア経由で入ってきた。リアナ公国に俺の身柄をどうこうする程の力がないことは教会も承知しているだろうが、俺の立ち位置を更に悪くする分には有効だ。大家がアパート周辺数キロに渡って巨大な隠匿結界を張っているおかげで、俺に対する敵意を持つ人間は一切その領域内に立ち入れないようになっているから、これまで教会の刺客とかち合うことも無かったが、社会生活を送る上で活動圏が数キロというのはあまりにも狭い。命は奪われずとも、社会的には殺されかけているようなものだった。


『ギルドで働いている木っ端職員のハルト』と『教皇を殺害した主犯格:タカス・ハルト』はまだ繋がっていないが、教会には既に俺の生活圏を知られているし、噂を装って情報が流されるのも時間の問題だろう。

 ただでさえ休職中の身なのに、これ以上さらに迷惑をかけかねないとすれば、このあたりで先手を打って退職しておくのも一つの手だとは思うが、残念ながら他に仕事のあてもない。

 裏に潜れば金は得られても、くーちゃんの養育者という立場でそういうことに手を出すのは憚られる。

 完全に手詰まりである。


 …………。

 まずはくーちゃんを取り戻さないと、何も始まらないしね。

 一先ずそういう大人の事情は忘れて、くーちゃんを取り戻すために必要なものを手に入れないとね。

 

 と、そんなわけで、今回俺はエリアルデ支局長と共に北の果てにそびえるロラッタ山を目指しているわけだったが、龍化すれば教会に一発でバレてしまうので、ちょっとした変装をして徒歩で北を目指すことに相成った。


「そろそろリアナ高原ですね」

「よくこの辺りで二人して魔獣を狩ったことを思い出すの」


 1年程前から魔獣を寄せるための撒き餌を定期的に魔境の奥地に散布するようになったことと、リアナ公国の騎士団が装備のレベルと練度を引き上げたことで、ほとんど俺たちが魔獣狩りをこなすことはなくなっていた。

 かつて惨敗を喫して以来、騎士団は魔獣との戦闘法を研究し、必要な装備や新しい武器、戦術を開発し、魔術師団と連携することで、対魔獣のプロフェッショナルとでも言うべき練度に達しているそうだ。

 

 ……ギルドから掠め取っていた報酬が無くなって、俺的には懐が寂しい限りである。


「なんか、懐かしいですね。蜘蛛が嫌いだからって、いつも俺がツチグモ相手取ってたような覚えがありますよ」

「おなごは総じて嫌いじゃろ」

「おなごって……」

「何じゃ、文句があるなら打つぞ」

「ごめんなさい」


 そんなくだらない会話を交わしていた時のことだった。

 高原の東側から西側の方向へ、青々と茂る草木が、次々と枯れ始めた。


 歩を止め、周囲の様子を伺う俺と支局長。


「もしかしなくても、マズイ奴ですよね、これ」

「魔術ではないらしいが……思い当たる節はないか、ハルよ」

「ありませんね。ただ、魔境の方から強い魔力を感じます。十中八九、アレが関わってると思いますよ」


 俺はカーテナを抜刀し、エリアルデ支局長は懐から金属球を取り出した。雷雲を召喚しないのは、目立ちすぎることを抑えるためだ。


 やがて、ソレは姿を現した。


 黒く蛇のように長い身体。長大な爪と備えた前足。鋭い牙がびっしりとすり鉢のように並ぶ顎。頭と思しき部分の両サイドに4つずつ、合わせて8つ並ぶ、毒々しい紫色の光を放つ目。

 俺やエリアルデ支局長の龍化した姿を西洋の竜と形容するなら、その見た目はまさしく東洋の龍といったところだが、神々しい龍というよりは、禍々しい悪魔と言う方が適切だろう。

 そして何より、でかい。


 そんな化物が、翼もないのにどういう理屈で飛んでいるのか、身体をくねらせながら浮かび、周囲の植物を根こそぎ枯らしながら、こちらへと飛んできている。

 流石に看過するわけにはいかない。

 俺たちに向かっているのなら迎え撃つしかないし、素通りして西に抜けるつもりだとしても、西には人口が密集する都市がいくつもある。


 龍化の術。

 全身に龍鱗を展開し、翼を展開し、龍の膂力を全身に与える。

 一対の丸みを帯びた角は、かつて娘を守るために全てを捧げた母親からの贈り物だ。


「インベルの力か。ほとほと、不思議な縁よ」


 そう言うと支局長も角と翼を解放し、戦闘態勢を整えた。

 普段は雷撃魔術があるから、相手が空中を漂っていようと地を這っていようと、龍族の力を使うまでもなく力技で叩き潰せるエリアルデ支局長だが、今回はそうもいかない。


「行くぞ、ハル」


 支局長の合図で、俺は飛んだ。


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