科学者と魔術-01
新章開始します。
非科学的。
そんなレッテルを貼られて「あり得ない」と一蹴されてきた事柄は数多くある。
幽霊、UFO、魔法、呪い、神、悪魔、悪霊、精霊。
一般に現代科学の範疇で説明できないものを非科学的として、排斥しようとする人々は数多く居る。
彼らは知っているのだろうか。科学というのは、仮説、すなわち決めつけから始まって、実際に検証していくことで積み上げていくものだということを。
光の速度は不変である。そう決めつけたのはアインシュタイン。
その決めつけから始めて展開された論理に基づいて各種の実験を重ね、実際に「おや、どうやらその決めつけは正しいようだぞ」となって万人に受け入れられたから、我々は「光の速度がこの宇宙で唯一絶対的なもの」などと言っているに過ぎない。
非科学的と称されるものは、実際に現代科学で否定できるものと、科学でその存在も不存在も証明されていないものに分けられる。僕は前者を笑い飛ばすのは構わないが、後者を笑い飛ばすのはそれこそ非科学的であると思っている。
幽霊が居たっていいじゃないか。魔術があったっていいじゃないか。
あると言い切れもしないし、ないと言い切ることができないものは、この世にごまんと存在する。そういうものに思いを馳せ、あの手この手でその存在、あるいは非存在を確かなものとすること。それこそが科学の本質だ。
なんて思ってはいたが、そんなことを大手を振って主張できる程社会は寛容ではない。きっと僕がそういう思想を抱いていると知っていたのは妻ぐらいだろう。
僕はいたって真面目な研究者として活動していた。妻は残念ながら待望の第一子を出産後、娘が物心着くより早くに亡くなってしまい、子にはアルビノという遺伝的な病を背負わせてしまい、何もかもが思い通りというわけではなかったけれど、概ね充足した人生を送っていたと言える。
研究者として僕は割りと優秀な方だったらしい。
世界初の双方向型ブレインマシンインターフェースの開発に携わり、開発を成功させることができた。
残念ながらその技術を狙う者達によって娘共々身柄を狙われた僕は、娘を助けるために己の脳の量子状態をスキャニングすることでコンピューター上への己のアップロードを行うことになった。原理的に複製不可能である脳量子データのスキャニングはすなわち、意識のコンピューターへの『移動』を意味した。スキャニングした時点で僕の脳は機能を失い、人としての僕は死んだ。さらに目的を果たした時点で僕は己の量子データを削除し、完全なる死を迎えるはずだった。
削除の後、再び目覚めた時は、悪い冗談か何かかと思った。
僕は死んだはずだ。
ここは何だ。死後の世界とやらなのか。
最初はそう考えた。
だが、すぐに気付いた。
いまだ法治の黎明期にあり、弱肉強食の原理が罷り通る世界。死後の世界にしては、あまりにも生々しく、また、生も死も溢れている。
これは現実なのだ、と。
驚くべきことに、この世界では科学の代わりに魔術が人の生活の根幹をなしていた。エネルギー保存や運動量の保存則、ニュートン力学にアインシュタインの相対性理論、そういった僕が正しいと信じていた数々の科学理論がこの世界では意味を成さない。厳密に言えば、それらの式は成立していたのだが、それらの式の範疇で『魔術』という現象を説明することができなかった。
非科学的と笑った者達へ。
この世には、ときに思いがけもない真実が埋没しているということを、君達は知ったほうが良い。
♢♢♢
「術式そのものは開発できたが、大きな問題点があることはお前なら分かるな?」
「……魔力消費量が、あまりにも大きすぎる」
「その通り。単純に計算して、平常時のお前3000人分。ロラッタ山や魔境でできる限りの魔力の収集を行い、毎日我々が大半の魔力を放出して蓄積したとして、それでも必要量に達するまでに半年かかる計算だ」
魔術とはシステムだ。事象を捻じ曲げるための触媒である魔法陣に、膨大なエネルギーを供与することで現象を引き起こす。
当然引き起こす現象の規模が大きければ大きいほど、必要となるエネルギー、すなわち魔力の要求量も多くなる。
たとえば神級魔術『神の雷』は、万の軍勢を一度に薙ぎ払う程の出力を誇る超ド級の攻撃魔術だ。要求魔力はそこらの魔術とは比べ物にならないほど大きい。
術式の魔力要求量を決める要因として、『術式の規模』が占める割合は大きい。
しかしもう一つ、魔力要求量に影響する要素がある。
それが、起こす事象の複雑さだ。
神級魔術『神の薬』は、たとえ腕を失おうと全身をガンに冒されていようとと、肉体に生きる力が少しでも残っている限りあらゆる傷や病を修復する術式だ。規模はせいぜい人間2~3人分という小規模なものだが、要求する魔力量はあらゆる高等魔術を上回っている。
魔術に必要な魔力を決めるのは、規模と複雑さ。
今回大家達が開発したくーちゃんを元に戻す龍玉反転術式は、論理の上では正しいが、必要となる魔力量が膨大過ぎた。肉体を修復するための複雑極まる術式組成に加え、『龍神の御子』という極めて強大な存在に干渉するための規模を持つのだから、当然と言えば当然だが、かつてアルキドアで研究していた機械人形と同じく、机上の空論と言っても差し支えないほどのものだった。
大家が計算した期間も頷けるというものだ。
「ひとまず、魔力を一所に蓄積する術が必要、というわけじゃ」
「これほどの規模だ。既成品の魔石如きでは話にならん」
「じゃあ、一体どうするんです」
俺の疑問に応えたのは、テンペスタさんだった。
「これを使う」
テンペスタさんが懐から取り出したのは、5センチくらいの小さな石のようなものだった。
色は白っぽいが、大理石のような透明感がある。
「ロラッタ山の魔力を蓄える性質を持つ鉱石を限界まで精錬したものだ。このサイズで、旦那半人前ぐらいの魔力を蓄えられる」
「そんな性能の魔石が……」
人の命から作られる禁断の魔具、魔魂石にすら迫る性能だ。
「まあ、旦那が知らないのも無理はねぇ。これは本来、龍族だけが持つ特殊な技術だからな」
「ロラッタ山の中腹にある龍族の里に代々伝わる技術でな。子が成熟して独り立ちした時、長子には代々伝わる龍玉を、その弟妹にはこの鉱石が与えられる。名を、『魔輝石』という」
エリアルデ支局長はパイプをくゆらせて紫煙を吐き出した。煙のようなキツイ刺激臭はほとんどなく、薬草のようなどこか無機質な匂いがした。
「妾もテンペスタもインベルも生まれはロラッタの里じゃから、妾は龍玉を、テンペスタはこの通り魔輝石を持っておる」
もっとも、精錬法は知らんがの。
そう言ってもう一塊、煙を吐き出した。
龍族の里。かつてインベルによってロラッタ山に導かれ、『犠牲』の術式によって今の身体になった時、俺は『天眼』で美しい集落を垣間見た。
あれは、龍族の里だったのか。
話の筋は大体読めた。
膨大な魔力を一所にまとめるための道具として『魔輝石』を使いたい。しかし精錬方法が分からないから、何とかそれを手に入れる必要がある。そういうことだろう。
「俺がロラッタ山に行って、精錬法を手に入れてこればいいんですね?」
「そういうことだ。話は私がつけておく。エリアルデ、お前はハルトと共にロラッタの里へ行け。術式構築の詰めは私とテンペスタで済ませておく」
「はい」
「あ、でも、支局長。仕事はどうしますか?」
「支局長代理を立てておいた。汝は大怪我で休職中ということになっておる。気にするでない」
流石支局長。権力をフル活用だ。
すべきことは定まった。
後は、動き出すだけだ。




