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龍神の聖母-30

「ゲート、オープン」


 構築した魔法陣は、卓絶した効力を持つ神級魔術……ではない。

 術式の名称は『結合コネクト』。

 空間と空間を無理やりつなげる術式だが、空間移動術式とは異なり、接続しきるまでに距離に応じたタイムラグが存在する。そもそも接続した空間は不安定過ぎるために空間移動には使えない。エリアルデ支局長が操る空間移動術式等に比べたら中途半端な術式だ。

 しかし今だけは、そんな半端な術式が、いかなる神級魔術に勝る効果を発揮する。

 

 魔法陣を介して開かれたゲートから、白い奔流のような魔力が流れだす。


「!!」


 『虚無』の連撃の対応に追われていた老人もその白い魔力の正体に気付いたようだったが、もう遅い。

 つい数秒前、挑発に乗った老人が激情に駆られるままに放ったくーちゃんの魔力をそのままゲートを開いて別の場所、具体的にはロラッタ山の上空に飛ばし、さらに何重もの常時魔力を要求するタイプの障壁で包んだ『結合コネクト』の魔法陣を、魔力の奔流に先立って飛ばしておいた。術式によって繋がれた空間を介して俺から魔力の供与ができるうちは障壁魔術は起動し続けるが、それすらも不可能な距離にまで離れた時、障壁魔術は解かれ、内部の魔法陣が起動する。

 要するに、魔術の時限爆弾だ。

 そのタイミングに合わせてこちらにゲートの出口を誘導すれば、時間差を置いて、カウンターを返すことができる。


「ぐ……おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 押し流すような怒涛に、老人は片手をかざして魔力をぶつけ、相殺しようとする。しかし反対側の『虚無』の砲弾を無視することもできず、挟まれる形で抵抗を続ける。


 同質の魔力同士がぶつかり合えば、勝つのはより出力が大きい方だ。

 俺が入念に障壁を削りとったことで、老人の出力はかなり落ちている。

 龍玉とは、老人の言葉の通りならば、あくまでも魔力の変換器。

 おそらくは奪った魔魂石などの魔力を通すことでこれまでの『魔神』にも匹敵する魔力を得ていたのだろうが、あれほどの勢いで魔力を消費すれば、枯渇するのも時間の問題だ。


 くーちゃんの魔力制御系にかけられた負荷の大きさを考えると、不安は残る。が、一般的な魔術では不可逆の損傷が生じたとしても、それを治す手段に、俺は心あたりがある。


 すまない、くーちゃん。後少しだけ、耐えてくれ。


「カーテナ、最大出力で魔力を流すぞ! 気張れ!」

『はい!』


 ツヤの無い、何もかもを呑み込む黒い刀身の輪郭が一回り大きくなり、炎が揺らめくようにその輪郭がぶれる。

 俺にとってもカーテナにとっても、これが限界点だ。


 右方の白い奔流、左方の『虚無』の砲弾、上方の『虚無』の雨に、全力で抵抗を続ける老人を見据え、座標書き換えによる擬似テレポートで一瞬のうちに距離を詰める。


 一閃。

 黒い太刀筋に沿って、薄くなった白い魔力の防壁が破れる。


 もう迷わない。

 俺は殺す。

 俺は俺のエゴのため、俺が心の底から守りたいと願う者のために、ここでお前を殺す。カーテナで、お前と共に後の禍根をここで断つ。

 

 開いた防壁の隙間から差し込むように、俺は黒刀を真っ直ぐ突き入れた。


 心臓を貫く確かな手応えが、カーテナ越しに返ってくる。

 

「……馬鹿……な……」

「…………」


 無言のうちに、俺はカーテナを引き抜いた。

 老人の左胸に開いた穴から、鮮血が溢れだす。 


 所有者の意志が乱れたためか、龍玉から出力される白い魔力が揺らぐ。

 その隙を突いて、まず左方から『虚無』の砲弾が防壁を食い破り、さらには老人の左腕を食らった。

 老人の身体が傾いだことで、『虚無』がそれ以上老人の肉体を食らうことはなくそのまま右方へと抜けていき、右方より老人に迫っていた白い奔流を粗方喰らい尽くしたことろでようやく『虚無』の砲弾は消滅した。


 ぐちゃ、と、湿った音と共に倒れ伏す老人の姿を、俺は見下ろす。

 左腕を失い、心臓に穴が開き、流れだした血液が白い大理石を赤く染め上げていく。

 

 死とは何か。心臓が停止した、という意味ではもちろん無い。その程度であれば、『神の薬』で修復が利く。

 そもそも生命とは、エントロピーの増大に逆らい、細胞という単位で自然状態では本来存在しない『秩序』を保っている状態を指す。あらゆる生体の機能が停止し、エントロピーの増大という自然界の掟に逆らえなくなった時、生命は死ぬ。この世界においては、そうした状態は『魔力の喪失』という現象を観測することで、間接的に調べることができる。

 そういう意味で、老人の肉体は今、完全に魔力を失い、死に向かい始めていた。こうなればもう、『神の薬』でも手が負えない。唯一の例外は、大家にのみ扱えるという『龍神』の術式だけだ。

 

 俺は『虚無』の鎧を解き、『魔神』化を解除、さらに全身の龍化も解除して、人型に戻った。角が消失し、全身を覆っていた白い龍鱗が消え、人間の皮膚に戻る。筋力が低下したことで倦怠感を覚えたが、立てないほどではない。


「カーテナ、ありがとう、もういいぞ」


 一振りの日本刀は形を変え、人間の少女同様の形を取る。

 その変化は俺の龍化とよく似ていることに、今更ながら気付いた。


「……お疲れ様でした、主様」

「また殺させてしまった。悪かったな、カーテナ」

「構いません。主様とくーちゃんの敵に慈悲は必要ありません」


 言い切るカーテナの目線は、今しがた斬った老人の死体に向けられている。

 己を害する生存上の敵とみなした男を、俺は実力で排除したのだ。

 

 人を殺すということは、その人のこれから先の全てを奪うのみならず、その人に関わる全ての人の今後に消えない爪痕を残すことでもある。

 人を殺してはいけないなどという甘ったれたことを今更嘯くつもりはない。この世界でそんなことを言っていたら、大切なものを失ってしまうことになりかねない。強盗に入ったら住民に抵抗されて仲間を殺されたから報復に住民を殺した強盗団。子供を拉致しようとして親に抵抗されて怪我をしたからその親を殺した誘拐犯。理不尽がまかり通り、力なきものが割を食う世界。それがこの世界だ。


 その意味で、俺はこの世界の基準においては、正しいことをした。

 己のエゴのため、己のために、反抗する者を力でねじ伏せ、殺す。俺はくーちゃんを守るために、この老人を殺す道を選んだ。

 だが、そこに何の愉悦があろうか。

 あるのはただただ、虚無だった。


「……帰ろう。くーちゃんを、元の姿に戻してやらないとな」

「はい、主様」


 老人の首には、金属質の格子に包まれた白い玉のようなものが下げられていた。そこから、強い魔力を感じた。

 直径にして10センチ程の白い半透明な球体。

 元の姿など見る影もないが、間違いない。

 これは、くーちゃんの魔力だ。

 


「……こんな……酷い……」

「治す方法に心当たりはある。ただすぐにというわけにはいかない。十分に魔力を回復させてからでないと、失敗する可能性がある。一度家に戻らないとな」

「援軍に来てくれたアルキドアの方々は?」

「もちろん回収してからだ。それと、ジェラルドが敵として参戦してた以上、どこかにハリカさんが捕らえられている可能性がある。そっちも何とかしないとな」


 『天眼』を発動し、天から俯瞰するような視界を構築する。途中建材に用いられているという魔抗銀や認識阻害術式のせいか、酷く視界が歪められることがあったが、それも戦闘の結果壁に穿たれた大穴を介して術式を外部に広げることで解決できた。

 結果分かったのは、自分が今居るこの白い空間が聖堂の地下奥深く、数百メートルの位置にあり、他の人々はまとめてもう少し上にある別の区画に放り込まれているらしいということだった。


「……まるでシェルターみたいだな」

「しぇるたあ、ですか?」

「戦争とか大災害とかの難を逃れるために地下に建設する避難場所のことだ。ここと同様の空間が上に数十箇所はある」

「教会は一体、何をしようとしてたんでしょうか」

「何の意味もなくこんな大規模な施設を建造するとは思えないが……」


 認識阻害術式、魔抗銀が配合された建材、地下深くの空間。

 まるで、何かから発見されることを恐れるかのような、畏怖や恐怖に類する感情を設計から感じる。

 まあ、教会が何を思ってこの施設を用意したのか気にならないわけではないが、正直今は優先度が低い。調べるべきことならば、後で腰を据えて存分に調べればいい。


 ともかく今は、帰ることが先決だ。

 戦いは終わったが、まだやるべきことは山積している。

 最優先はくーちゃんを元の姿に戻すこと。

 そのためには、まず俺自身が体力を戻して万全の体調に戻す事こそが必要だ。


 俺はカーテナと共に『投影』で己の座標を書き換え、白い空間を後にした。


♢♢♢


 途中ジェラルドやハリカさん、パーシヴァル、ライオネルを回収して地上に戻った俺は、再び龍の姿を顕して空を飛び、4人をそれぞれの帰る場所へと運んだ。

 

 自宅の前に降り立つと、この短時間で常識離れした回復力を以て動ける程度にまで復調していたテンペスタさんには幽霊でも見るような目で見られたが、エリアルデ支局長と大家は何となく察していたのか、ただ「おかえり」と声をかけられただけだった。

 今の俺にとって、この人達は一体何なのか。兄なのか尊敬すべき恩人なのか、姉なのか上司なのか、ご先祖なのか大家なのか。


 ……まあそれは、後でゆっくり考えればいいだろう。


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