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龍神の聖母-29

 神級魔術『神の雷』を発動。黄金色の魔法陣がかざした手を中心に展開され、魔力を吸い上げ、雷撃へと変換しつつ蓄えていく。

 魔法陣が溜め込める限界値に達したその瞬間、空気が割れ、特大の稲妻が放たれた。

 雷撃は音を上回る凄まじいまでの速度で老人に襲いかかったが、しかし白い魔力の防壁がそれを全ていなし、あらぬ方向にそれて壁に向かって膨大なエネルギーを放出するに留まった。

 壁材が赤熱し、砕け散った白い破片が舞い上がる。

 俺は続けて大規模な魔法陣を次々と展開していく。

 神級魔術『神の火』、通称『滅犠怒』。文字通りの意味での紫炎が眼前のあらゆるものを焼き尽くそうと猛り、老人をも飲み込んだが、次の瞬間白い魔力が炎を内側からバラバラに消し飛ばした。

 神級魔術『神の風』。本来は風速数百km/hに達する激烈な突風を発生させ、広範囲の敵を一掃する術式だが、その術式組成に少し改変を加え、風が渦巻くように作り変える。結果生じた竜巻、あるいは空気のミキサーが老人に襲いかかるが、神級魔術によって創られた異常な風すら白い魔力によって散らされ、竜巻は単なる暴風と化して室内を席巻した。それだけでもちょっとした中隊くらいなら蹂躙できるレベルのものだったが、俺も老人もその程度で影響を受けるようなレベルにはなく、何の意味もなさない。

 

 わざわざ魔力を大量消費してまで放った種類の異なる神級魔術は何一つ有効打とはならなかったが、それでも無駄にはならなかった。

 掴めたことは一つ。

 くーちゃんの白い魔力は俺の『虚無』のように、真っ向から魔力と衝突して打ち消し合うような類の性質は持ち合わせていないが、白い魔力の影響範囲内への異物の侵入を決して許さず、他の魔力に反発して弾くような性質を持ち合わせている。


 魔力を弾く。

 なるほど、厄介な性質だ。

 しかし例外もある。俺が最初、『虚無』魔力を込めたカーテナで打ち付けた時、『虚無』魔力の大半が消失した。それはつまり、『虚無』だけは弾ききることができず、激突の瞬間に相打ち消し合って消滅してしまうということを表している。

 どこからそれほどの魔力が湧き出てくるのか、防壁の厚みはかなりのものだが、しかし破れないことはない。

 

「神級魔術を、まるでそこいらの下級魔術のように連発するか……。いやはや、恐ろしきものだ、『時空の旅人』という者は」


 『時空の旅人』。

 その言葉が何を意味しているのか、俺は知らない。ただ、どうにも俺に無関係なことには思えない。

 俺と梅宮さんは、こことは違うところ、いわば異世界からこの世界に来ている。それを、時空を旅した、と言い換えることに、さほど不自然はない。


「……お前、俺の何を知っている」

「君のことは、上っ面のことしか知らぬよ。ただ我らは、かつて、時空を超えて遥かなる異界よりこの地に降り立った、ある男を知っている。何もかもが異なる文化、文明が栄える地より我らが住まうこの世界に降り立ち、その男は異界の技術を用いてこの世界に変革をもたらした。それが良きにつけ悪しきにつけ、世界はその男によって変わった。変えられた」


 異世界から移動してきた人間が、俺と梅宮さん以外にも居た……ということだろうか。


「この世界を席巻していた大規模な争いを力で鎮めたその者は、やがてメシアと呼ばれるようになった。メシアは一度は力で争いを鎮めたが、それが一時的なものに過ぎないことを知っていた。故に、宗教という形で規律を制定した。それが、今より千数百年前のこと」

「……それが、メシア教か」

「その通り。そして我々は、メシアの意志を継ぐ者。だからこそ君を殺さなければならない」

「俺を、殺す?」

「メシアは、1度世界に介入した後は、2度とは同じことを行わなかった。この世界のことは、この世界の者が決めるべき。代々枢機卿と教皇にのみ開示される、メシアのお言葉を記した書物にはそう記されている。ならば我らはメシアのご意志に従い、この世界を異界の者から守らなければならない」


 かつて異界より現れてこの世界に介入した者が居た。

 そいつがメシア教を生み出し、この世界に秩序をもたらそうとした。

 上っ面だけ見れば、高潔な人物に見えるだろう。世界の平和のために宗教を創始し、信者を獲得し、結果的に平和を築いてみせた。

 

「勝手な理屈だな。クソ以下だ」

「……何?」

 

 己が奉じる神を鼻で笑われた老人が、ここで初めて苛立ちのようなものを見せた。

 俺は構わず続ける。

 矛盾を指摘し、神を、俺と同じ人の身に貶すところから始めよう。


「この世界のことはこの世界の者で決めるべき、ねぇ。大方、『自分はこう思ってるからもうあなた方に二度と手を出しませんよ』って主張することで宗教の賛同者を募るために用意した記述だろ。そうほいほい力を誇示していたら、すぐに対抗勢力と戦うことになる。平和を維持するための宗教という建前上、そういうことにせざるを得なかったってのがちょうどいい落とし所だ」

「貴様、メシアを愚弄するか!」

「愚弄してるのはアンタらの方だ。メシアは人だ。俺と同じ、異世界より渡り歩いてきて、強い力を持っていたっていうなら、俺にはメシアが何を思ってそんな行動をしたのか、手に取るように分かる。お前らみたいな何かを盾にして人から何かを奪うことを正当化する連中を飼い慣らし、懐柔することで抱き込み、自分か自分の周りの世界に累が及ばないようにしたんだろうさ」

「……貴様……」


 低い声で唸るような声を上げ始めた老人を、俺は冷たく嘲る。


「俺もアルキドアでほとんど同じことをやってるからな。どれだけ強い力を持っていても、人1人にできることには限度がある。際限のない破壊はいくらでもできるが、自分の周りを守ることはこんなにも難しいんだ。何かを守るため、メシアと呼ばれた男はその名声を利用して宗教を作り、人の心を支配し、己が望む平和を作り上げた。そこに高潔な心はなく、俺と同じ、自分の世界だけでも守りたいっていうエゴだけがある」


 この世界のことはこの世界の住人が決めるべき。

 そんな風に思っていたのなら、最初から介入するべきでないのだ。規格外の力でそれを押さえ込んだ時点で、既にメシアと呼ばれた男のエゴが見え隠れしている。

 

 異世界よりこの世界に来たということは、きっと俺や梅宮さんと同じように、あらゆる一切を失ったということだ。だから、この世界でできた繋がりだけでも守ろうとする。

 陳腐な言葉だが、人は誰かの心に生きている。故に人は2度死ぬ。1度目の死は、肉体が滅びること。2度目の死は、人に忘れ去られること。

 俺はこの世界に来た時、それを強く自覚させられた。どこにも自分を認知する者が居ない世界においてできた新たな繋がりというのは、自分が生きていることの証に他ならないのだ。

 

「お前が奉じている神っていうのは、単なる人間だ。で、お前らはそいつが自分のエゴのために作った教典に踊らされてる哀れなマリオネットだ。教典の言葉1行のためにくーちゃんを攫ってそんな姿にして、挙句それで俺の命を奪おうってか」


 半ば本音、半ば挑発目的の言葉を紡ぎ、最後に決定的な言葉を投げかける。


「片腹痛いわ。メシアのエゴに踊らされる、己の頭で考えられない愚者の親玉が」

「黙れ!!」


 老人の激情に反応するように、白い魔力が奔流と化して俺に迫る。

 

 これを待っていた。


 俺はある術式を後に残して空間を飛び越え、老人の正面から斜め前方十数メートルの地点に転移して白い奔流を易々と避け、さらに老人の直上に黒い魔法陣を展開した。


 『虚無』の魔力を塊にして撃ち放つ術式に変更を加え、小さくて細い針のような形状に整形した『虚無』を雨あられと降らせる術式だ。

 魔法陣に触れた瞬間その魔法陣を食い破る『虚無』相手では、あらゆる魔術による防衛手段は一切使えない。老人の場合、できることはただ一つ。


「ぬ……」


 白い魔力を噴出して周囲に放ち、薄い障壁なら簡単に食い破ってくる『虚無』への対処に意識を向けざるを得ない。


 加えてさらにもう一撃、小規模な魔法陣を構築しそこから特大の『虚無』の塊を一発だけ撃ち放つ。

 降り注ぐ『虚無』の雨から身を守る中、さらに障壁を削り取らんと突き進む『虚無』の砲弾を相手にする。


 他者の魔力を変換し、魔力を運用するという龍玉だが、魔力が無尽蔵に湧くわけではない。

 さらに老人の魔力運用は、明らかに効率が悪い。人を超える『魔神』を相手取るのだから、常時防御を展開して身の安全を守りたいという魂胆は理解できないでもないが、一つ一つの攻撃に対して選択的に魔力を使うのと、常に魔力を放出するのでは消費魔力の桁が1つか2つ違う。

 特大の攻撃を放ち、魔力を無駄遣いした直後のこれだ。くーちゃんの魔力キャパシティや魔力保持量は大きいには違いないが、それでも無限というわけではない。

 くーちゃんには、かわいそうなことをしているが、それでも、今だけは耐えてもらうしかない。あの老人から龍玉を取り上げなければ、話が始まらないのだから。

 くーちゃんが味わうことになった苦痛は、きっちりこの老人にも味わってもらおう。


 鎧の一部を解いてカーテナに与え、『纏魔』により黒い刀身を象る。

 だが、これであの防壁を貫ききれるとは思っていない。


 最後の一撃は、これだ。


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