龍神の聖母-27
短いです。
景色が歪み、再び形を成す。
白い。とにかく白い。魔力を吸って発光する材質で作られた壁と、天井から吊り下げられた数多くの照明器具により、白色の建材の色がこれでもかと言うほど強調されている。
天井は室内にしては異様に高く、部屋のサイズは俺が今まで見てきたものの中で最大級と言っていい。
東京ドーム、武道館。比類すべきはそうした巨大建造物だ。圧倒的なまでの『白』のせいで距離感を狂わされるが、アルキドア帝国の帝都にあるカミラの居城、その玉座の間を遥かに上回る規模だ。
「どうだ、素晴らしいだろう」
声がする方に向き直ると、赤を基調とした豪奢な衣服に身を包んだ老人が佇んでいた。
「魔抗銀を配合した石材と精緻極まる大規模認識阻害術式によって守られた、メシア教の本当の総本山だ」
「引きこもりが部屋の自慢か。さぞ居心地が良いんだろうな」
「言い得て妙だが、もう引きこもる必要もない。目的は8割方完遂した。後はお前の命を取れれば、それで終いよ」
灰色の頭髪を後ろに撫で付けた老人の瞳に浮かんでいるのは、愉悦と狂喜の色だった。
俺は、言い様のない寒気のような感覚を覚えた。『予知』に似ていたが、明確なビジョンを伴わず、ただ予感だけがある。
『龍化』は既に人の形を保てる限界ギリギリまで進み、『魔神』の力も解放済み。その上で更に身体能力強化魔術を使っている。正真正銘の全力だ。例え一国を相手取ろうと、単純なぶつかり合いならば今の俺は負けないだろう。その気になれば、目の前の老人如き、瞬きしている間に血霧に変えられる。
圧倒的優位に立っているはず。現存する『魔神』は全員倒れ、俺に対抗し得る存在等それこそ大家の『龍神』ぐらいのはずだ。
負ける要素等皆目見つからない。にも関わらず背中を貫いていくこの悪寒は、一体何だ。
先手を打つべきか迷っていると、老人は唐突に俺に問いかけてきた。
「君は『龍玉』というものを知っているかね?」
「……龍族に伝わる宝玉だ」
「ご名答。その性質は多岐に渡るが、最も知られている特徴は魔力感応性の高さだろう。だが、龍玉の本質はそんな小さなものではない」
老人は説法をするような調子で俺に語りかけてくる。
服装から見て高位の聖職者であろうことは分かるが、一体何者だ。
「龍玉の性質の中で最も重要なのは、それ自体が素体となった龍の魔力系そのものであり、適切な条件下で半ば無尽蔵の魔力を保持できる点だ。魔魂石と良く似ているが、あれは使い切ればそれまでだ。しかし龍玉は、魔力に満ちた環境下であれば、周囲の魔力を素体となった龍の性質に応じた魔力に変換しつつ吸収し、しかもキャパシティは魔魂石の比ではない。もっとも、現存する龍玉は劣化に伴いそのような性質は失われているがね」
「……講釈はいい。お前にも興味はない。俺は、俺の娘を取り返しに来ただけだ」
「君の娘、か。あれはそんな言葉で片付けられるような存在ではないと思うが」
なら、何だというのだ。くーちゃんを、一体何だと思っている。
バケモノか。
神か。
違う。
絵を描くことが好きで。
カーテナやテンペスタさんにいつも遊んでもらっていて。
朝に弱くて。
俺によって和食好きに舌を改造されていて。
怖い思いをしたら泣き。
楽しければ大輪の如き笑顔を咲かせ。
いつも無邪気に我が家を照らす、太陽のような子供だ。将来『龍神』となる運命を課せられただけの、ただの育ち盛りの子供だ。
平穏な生活を送りたいだけの俺たちに手を出してくるのは、いつも上っ面の情報と自分の利益しか見えていない奴らばかりだ。
「くーちゃんは俺の娘だ。それ以上でもそれ以下でもない。もう、クズ共の下らん野望やら大義やらのために振り回されるのには、」
『魔神』の魔力をカーテナに込め、『投影』によって空間を跳躍した。
「もうウンザリだ」
黒い刀を、俺は老人の頭上から振り下ろした。




