龍神の聖母-26
「……っ……ふぅぅぅ」
全力の一撃で身体に入りすぎた力を呼気と共に抜く。
倒れたジェラルドは、起き上がってこなかった。
どころか、オリハルコンの装甲が次々と消滅していき、最後には胸から腹にかけて一文字の切り傷を受けた魔術師だけが残った。
残るは、4人の魔術師。
俺とジェラルドの戦闘は『魔神』の力まで惜しみなく使ったものだった。相当の使い手と思しき魔術師達も、おいそれとは手を出すことは出来ず、ライオネル参戦前も隙を狙って魔術を叩き込んでくるだけだった。ジェラルドという敵に全力を注ぎ込んでいた時はそれだけでも十分脅威だったのだが、最早その脅威はない。
『魔神』の力を以てすれば、ただの魔術師ならば等しく雑兵に過ぎない。
しかし既に、手を出すまでもなく、魔術師達は制圧されかけていた。
元筆頭宮廷魔術師、ライオネル・メリオールただ一人の手によって。
「神学の権威であるはずの教会が、ここまで愚かだとは思いませんでしたよ。まさか我々が、国民の命を消費してまで作り上げた強力無比な兵器が奪われた時の対策を講じていないと思ったのですか?」
魔術師達の身体の表面を赤黒い紋様が侵食している。既に認識阻害術式は完全に破られ、最初から術式を使っていなかった白髪の女魔術師以外もその顔を白日の下に晒している。
何が起きているのか。
詳しいところまでは分からないが、概ね想像がつく。
赤黒い紋様はは全て魔術師達が胸から吊り下げた同色のペンダント、正確に言えば、あしらわれた赤黒い石、『魔魂石』から伸びていた。それは膨大な人命を犠牲に作られる魔力の結晶体であり、それ自体が神級魔術の発動すら可能とする魔力キャパシティを持つ、いわば魔術制御回路と魔力の外付けデバイスだ。
そしてライオネルは、その開発者。
開発に際し、全ての魔魂石に何らかの細工を施していたのだろう。万が一にも敵に奪われた時、その機能を停止させることができるように。
魔術師たちも魔力の放出によって抵抗を続けようとしていたが、既に勝負は着いていた。
訓練されているとはいえ、たかだか一人分の魔力で数百人分の膨大な魔力を相手取っているのだ。実際はそこまで単純なものではないだろうが、圧倒的なエネルギーの差があることに変わりはない。
やがて紋様が魔術師を覆い尽くし、さながら赤い網のようにその動きを完全に封じた。なるほど、これは俺にはどうあがいてもできなかった類の術式だ。
「タカス・ハルト、制圧は終了しました。これより私は陛下の命により、奪われた魔魂石の回収に当たります。ご協力、痛み入ります」
「……俺は複雑な気分だよ。かつての敵と背中合わせの共闘とはな」
「私とて驚いていることに変わりありません。監視役兼戦闘員としてパーシヴァル殿を付けられたことは当然の処遇かと思いますが、まさかこれほど重要な作戦を陛下が私のような人間に任せるとは、夢に思いませんでした」
「カミラも変わったんだな」
かつての戦闘中、ライオネルが私腹を肥やすだけの単なる小悪党とは一線を画する人物であることはうすうす感じていた。しかしそれを見抜き、あまつさえ重要な作戦の要に配置するなどという良く言えば思い切りの良い、悪く言えば無謀な采配は、同じ立場にあったとしても、俺にはできないだろう。
かつてのおてんば娘が、今は皇帝だ。おてんば娘改めアルキドア帝国皇帝のお陰で助かったことが事実である以上、全てを終えたら何らかの形で借りを返さなければならない。知己が率いる国相手といえど、借りを作りっぱなしにしておくのは後味が悪いし、後が怖い。
「さて……」
リーダー格らしい白髪の女魔術師の傍らに立ち、俺はカーテナの切っ先を向けた。
「俺に対抗できる『魔神』は二人共倒れ、魔魂石は全て封じられた。これ以上は、足掻くだけ無駄だ。くーちゃんを、『龍神の御子』を返してもらおう」
「…………」
「主を裏切らない忠誠心は嫌いじゃないし、だんまりも結構だが、意味が無いぞ。人間相手に使うのは気が進まないが、俺は『テイム』や『エンスレイブ』を使える。くーちゃんのためなら、俺は悪魔にでも鬼にでもなるつもりだ。互いの利益のために、知っていることを全て話すことを推奨する。隷属させられて洗いざらい吐かされた後、主に牙を向けさせられたくはないだろう?」
「……くっ」
俺は理性を持つ生命に『テイム』のような自由意志を奪う術をかけるような真似は大嫌いだ。だが、くーちゃんの安全と引き換えならば話は別だ。くーちゃん1人のために俺は万の軍勢を皆殺しにする覚悟をしている。今更1人2人『テイム』をかけるぐらいでためらったりはしない。
「タカス・ハルト、急いだほうがいいかもしれません」
そう言ったのは、ライオネル。
「奪われた魔魂石の数に比べて、この者達が持っていた魔魂石の数が少なすぎます。あの石が集積する魔力量は膨大です。戦力温存のためにどこかに備蓄している可能性も否めませんが、何らかの術式や兵器に利用されては厄介です」
「魔魂石は波長を揃えたら連鎖反応を起こすんだろう。それを利用して停止の術式を起動したりはできないのか?」
「不可能です。どういうわけか、魔力の波動を強く抑えこむ領域にあるらしく、術式が起動しません」
「何らかの結界内にあるってわけか。きな臭いどころの話じゃないな」
俺が改めて白髪の女魔術師から情報を絞ろうと思ったところで、異変は起きた。
足元に突如、白い魔法陣が出現したのだ。
俺だけではない。
倒れた魔術師達、ジェラルド、ライオネルの足元にも同じものが出現している。
陣を拒み、破壊することは容易い。しかし俺は、陣を構成する式の中に、ハリカさんやエリアルデ支局長が扱うものと同様の転移の陣に特徴的な記述を見出したところで、陣にカーテナを突き立てることをやめた。
エリアルデ支局長の空間移動術式の恩恵に与りまくってた俺だ。指定した場所の正確な位置までは分からないまでも、何となく遠方か近場か程度なら陣を見れば判別できる。
陣が指定している転移先は、ここからそう遠くないところであることは明らかだった。というか、先ほどレオナルドを飛ばした時とほぼ同様の記述が見受けられる。つまり、目的不明ではあるが、敵の根城にご案内というわけだ。
ならば、誘いに乗ってやる。
虎子を得るために虎穴に乗り込むのは、もはや俺のライフワークだ。
景色が歪んだ。




