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龍神の聖母-25

「クソッ!!」


 貞淑なる女性が口にしてはいけない類の暴言を吐きつつ、ハリカ・アウリカルクムは両拳を寝かされていたベッドに叩きつけた。スプリングがギシギシと軋み、腕に取り付けられた枷の鎖がジャラジャラと音を立てる。


 全身の至る所に仕込んでいた緊急時用の魔法陣や魔具は全て没収されており、腕を戒める魔抗銀製の枷によって魔術の使用はままならない。一応寝返りが打てる程度には枷から伸びる鎖は長かったので、寝具の端に引っ掛けてテコの原理で枷を破壊しようとしたわけだが、金属製の枷をどうこうするのは、いかに特殊な訓練を受けているとはいえ、女性の細腕には困難な事だった。


 一刻も早く脱出をしなければならない。

 そんな焦りがハリカの胸の内に燻っていた。


 レオナルド・メリオールが残した言葉について、ハリカは2つの可能性を考えていた。

 『君の動静が彼の行く末を決める』

 1つ、私の安否をダシにハルトさんや支局長を脅迫している可能性。

 2つ、私の身柄をダシにジェラルドを脅迫している可能性。

 どちらにせよ、ハリカは彼らの重荷になることは避けたいと思っていた。しかし、脱出に関しては今まさに『不可能』の三文字を突き付けられたばかり。


 舌を噛みきって自殺するか?

 そう考えると同時に、恐らく無駄だろうとかぶりを振る。生死そのものを隠して脅迫を継続することは十分可能だ。そうした仕事にハリカ自身が直接関わったことは無いが、そういう汚れ仕事の噂は常々伝え聞いていた。だからこそ分かる。


 役立たず。

 そんな言葉が脳裏をよぎった。


 家族を失い、ジェラルドの許で不器用な愛情を受けつつ育ったハリカ。血の繋がらない親子のような、師弟のような不可思議な関係の中、ジェラルドがハリカを無根拠に叱責したり、理不尽に突き放したことはただの一度もない。しかしそれでも、ハリカは怯えていた。

 戦災孤児として故郷を離れ、ジェラルドの許に身を寄せるまで、ハリカは常に『拒絶』に晒されてきた。戦争中、ただでさえ余裕のない家庭や教会、施設に、莫大な数の孤児を受け入れる余裕は無い。必然、たらい回しにされ、煙たがられ、親の庇護と愛を失った少女の心は『自分は要らない子』なのだという残酷な認識を持つに至った。

 自分は『有益』で『必要』な存在であると証明し続ける必要がある。

 そういう強迫観念にも似た衝動が、ハリカの根底には今でも確かに存在している。大人とになった今でも、まだ。


 何もできない。

 文字通りに、何一つ意味ある行動が許されていない。

 どうしようもなく腹が立つし、悔しい。


 時折地震のような揺れが牢を揺るがし、重低音が腹の底を揺らす。

 そのリズム、その頻度、その大きさから、ハリカの与り知らぬ所で何らかの戦闘が発生していることはまず間違いない。囚われていることがその戦闘に一定の影響を与えている可能性を否めない今、何が何でも脱出しなければならない。しかし何もできない。


 何もできない。

 役に立たない。

 役立たず。足手まとい。


 ハリカの頬を一筋の涙が伝い、その心は澱のような絶望に徐々に囚われ始めていた。

 抵抗を諦め、壁に背を預ける。鎖がカシャンと音を立て、背に石材の冷たさが滲みてくる。

 

「……ハルトさん、ごめんなさい」


 ポツリと囁くように、想い人の名前と、謝罪の言葉を呟いた。


 状況が動いたのは、その直後のことだった。


 一際大きな振動と共に、明確な爆発音が牢内に轟いた。砂煙が格子の向こうの回廊部分を吹き抜けていき、格子を通り抜けてその一部がハリカのもとにまで届いた。


 砂煙が落ち着き、少しずつ視界が回復し始めた頃。ハリカは格子の向こうに、誰かが居ることに気付いた。

 ハルトさんではない。ジェラルドでもない。

 味方か、敵か。

 

「ハリカ・アウリカルクム嬢とお見受けする」


 直接聞いたことがあるわけではないが、ハリカはその声に覚えがあった。

 アルキドア帝国皇帝直属騎士団、騎士団長、パーシヴァル。

 かつて現皇帝のカミラと共に、前皇帝を打ち倒した、高名な老騎士だ。


「上階にてタカス・ハルトとジェラルド・アウリカルクムが交戦している。ジェラルド・アウリカルクムは貴女の身柄と引き換えに戦闘を要求されていると見て相違なかろう。私の目的は、貴女の救出によってタカス・ハルトとジェラルド・アウリカルクムの不毛な戦闘に終止符を打つことだ」

「ハルトさんが、戦ってる……?」


 あり得ない。

 ハリカはアパートで見たハルトの惨状を思い返していた。

 あの人は、ほとんど死にかけていた。腕を切断され、信じられないぐらい大量の血液を失い、腹部から胸部にかけてズタズタにされていた。『神の薬』を平然と使用して見せた老女ですら顔色を変えた程の重傷だったのだ。あんな状態から復帰して戦闘を、しかもジェラルド・アウリカルクムというイレギュラーとの戦闘を演じているなどと、ハリカには到底信じられない。


「根拠がありません」


 老騎士を見据え、ハリカは敵か味方か、慎重に見定めようとする。


「これを」

 対するパーシヴァルはその反応をある程度予想していたのか、懐からガラス球を取り出すと、ハリカに投げ渡した。


「……!!」


 もちろん単なるガラス球ではない。ガラス球には黒い触手を背から伸ばしたハルトと、オリハルコン化し全身を硬化したジェラルドが徒手で戦う様子が映し出されていた。映像はハルトのやや後方からのものであり、ハリカには知るよしもなかったが、それはライオネル・メリオールの視点から見た映像そのものだった。


「映像には他に、敵性魔術師4名の姿があった。対してタカス・ハルトには1名の加勢しか居らず、劣勢と呼んで差し支えないだろう。アウリカルクム嬢、事態は一刻を争う。私と共に来てくれるか」


 ハリカは無言のまま、魔抗銀からなる枷を取り付けられた腕を、パーシヴァルに向けた。

 パーシヴァルは腰に帯びていたオリハルコンの長剣を抜刀し、目にも留まらぬ速度で振るったかと思えば、ハリカを閉じ込めていた鉄格子が寸断され、けたたましい音を立てて落下した。後に残ったのは円形の穴であり、パーシヴァルはその穴から牢内に入ると、再び長剣を振るった。今度はハリカの両腕に取り付いていた枷が2つの半円筒に分かたれ、しかしハリカにはかすり傷1つ残っていない。


 自由を取り戻したハリカは、まずギルド諜報部で用いられている魔力による信号を広域に送信した。


♢♢♢

 

 大切な人同士がぶつかり合う不毛な戦闘を終わらせる目的で送信された魔力信号は、オリハルコンを纏う『魔神』の元に達した。『魔神』は微な信号を、しかし正確に感じ取った。自らにとって唯一大切な者である信号の送信者が、解放ないしは救出されたことを知った『魔神』は、眼前に迫る避けられたはずの攻撃を回避することを、止めた。


そういえば、そろそろ国立の受験ですね。昨年まで同じ立場だった者として、受験生の栄光をお祈り致します。

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